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碧色の泉  作者: 比世
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第一話

少女の仄かな恋と、祈り。


(『紺青のグレンセラ』の外伝になります。一応単体でもお読みいただけます。本編を先にお読み頂くと、より楽しめます。)


 フリーシアの王都、ユーフォルビア。


 此処にひとりの少女が降り立った。淡い水色のワンピースに身を包むその姿は、丘に咲くネモフィラのよう。亜麻色の麦帽子には刺繍されたリボンが結ばれている。

「ここが、ユーフォルビア女学院……」


 彼女の名はセーラ・ネヴィル。母と二人で住むレシュノルティアから遥々この地にやって来た。


 遠くに見える、静寂に包まれた古城のような佇まい。セーラは圧倒されながら、じっくりと見渡す。広がる野原。群生する白い花。きっと、あれはオルレアの花。わたしの特別な場所になる。何となくそんな気がした。


「――ねぇ、お嬢さん(シニョリーナ)

「へ?」

 突然出現した声に驚くセーラ。

「君だよ、君」

 見上げると、輪飲(ワイン)色の美しい髪に、澄み切った綺麗な瞳。

「わ、わたしに……話しかけて、ます?」

「そうさ」

 とんでもない美青年が、わたしに語りかけているらしい。

「二人きりで、過ごさないかい?……薔薇の下で、さ」


 眩しさの圧に困惑していると、足音が迫ってきた。

「――なあにをやっているの! ()()()()()()!」

 頭を抑え、顔を顰める青年。

「いっった! 何だよ……」

 後ろからこれまた美しい人の姿が。

「他所様のご令嬢を口説くなんて、なんてはしたないの! おやめなさい!」

「邪魔すんなよアリーチェ!」

「うっさいわね!」

「いででで」

 耳を引っ張りながら、此方に微笑みかけている。

「ごめんなさいね、このバカ弟が」

「いえ……あ、あの、弟さん、なんですね」

「そうなの、ほんと、困ったことにねぇ。まあでも、そんなに似てないでしょ?」

「は、はあ……」

 いや、とんでもなく似ている。おふたりとも、すごく御顔が整ってらっしゃる。美しすぎる。雰囲気や容姿を見るに、もしかしたら双子なのかも、そうセーラは思った。

「……ところで、あなた、ユーフォルビアの新しい生徒さん?」

「あっ、はい、そうです!」

「そうなのね! わたしも此処で学んでいるのよ。歓迎するわ」

 表情がころころ変わってとてもお可愛らしい方、とセーラは思った。

「お名前聞いてもいいかしら?」

「セーラ・ネヴィルと申します」

「……ネヴィル? 何か聞いたことがあるような……あっ、もしかして、レシュノルティアの?」

「えっ、何でご存知」

「やっぱりね! あたしはアリーチェよ。ヴァラノ家の」

「……ヴァラノ様の!」

「お父様から聞いていたけれど、ここで会うとはね!」

 ヴァラノ家はわたしの故郷レシュノルティア王国の隣、アメティスタ王国の大商家。母方の親戚との縁故があり、この女学院に推薦状を書いてくださったのもヴァラノの当主様だと伺っている。

「ちょっと待って、俺だけ置いてかれてるんだけど……」

「貴方はお黙り」

 アリーチェ様がわたしの手を取る。

「ね、案内するわ。ここ、結構造りが複雑なのよ。行きましょ、セーラ」

「は、はい!」

「おいアリーチェ! ……はあ、完っ全に取られたな」


 わたしの部屋。窓からの景色が綺麗。眺めていると、空いた扉の傍から、可憐な声がした。

「あら、新しいお隣さんかしら」

「あ、ええと、わたしは……セーラ・ネヴィルと申します。今日からこの、女学院に参りまして」

「ああ、そうなの。どちらから?」

「レシュノルティアです」

「そうなのね。……ああ、わたしも名乗らなくてはね」

 優雅な微笑む彼女。

「わたしはアンリエット。アンリエット・リーニュよ」

 その名に、セーラは覚えがあった。リーニュ、リーニュ家はフリーシアの隣国、オルヒデアの大貴族だ。家格は侯爵。郵便事業を営み、オルヒデアでも一二を争うほどの大富豪。

「ところでセーラ、どうしてこの女学院へ? ああ、問いただしたい訳ではなくて、興味があるのよ。花嫁修業がやっぱり多く聞くものだけれど……」

「わたしは、ただ、人生は一度限りだから、挑戦をしなさいと、そう言われて……」

「あら、素敵ね。……ふふ、わたしたち、良いお友達になれそう!」

「……!」

 とも、だち。こんな華やかな場所で、わたしに友達が?

「あの、お友達になって、くれますか」

「もちろんよ、良いに決まってる。これからよろしくね、セーラ」

 上品に微笑うアンリエット。

「そうだ、セーラは今日が初日よね。御挨拶に行きましょう」

「ごあいさつ?」

「そうよ、身支度が出来たらわたくしの部屋に来てちょうだい」

 言われるがまま、わたしは一通り荷解きをして、身なりを整えた。



 向かった先は、花園のティーサロン。まるで、童話の世界のような空間がそこには広がっていた。その中心にいたのは、

「メアリーさま、ご機嫌麗しゅう」

「ご機嫌よう、アンリエット。……あら、あなたは?」

 アングリア家のメアリーさまだ。この方はグレンセラ王国の公爵家出身。現在当主を務めるアングリア公の妹君だ。しかも、メアリーさまの婚約者は、クロシェット王国の第二王子、ジョセフ殿下。お二人のロマンチックな恋物語(ラブストーリー)は、誰もが一度は夢を見るほど。もちろんわたしもその一人。ご挨拶を、とアンリエットに促される。

「わ、わたくしは、セーラ・ネヴィルと申します。今日、レシュノルティアから参りました」

「そう、レシュノルティア! 素敵だわ、わたくし、一度だけ行ったことがあるのよ」

「そうなんですね! 嬉しいです」


 この女学院は、伝統と規律が重視されるものの、自由が確約されていた。事実、夢のような場所だった。夢に見た、憧れの境地。


 けれど、寂しさがわたしを覆う。昔から感じていた。此処に来ても、拭えなかった。どうしてだろう、分からないけれど、わたしの居場所は何処にあるのだろう、と時々そう思う。この時の私は、そんな思いに駆られていた。



 水晶のように透き通るステンドガラスの天井。


 此処は、ユーフォルビアの大書庫。フリーシア全土の知を結集した場所。王国の建国史は勿論、各国の緻密な資料も貯蔵されている。とっても落ち着くし、綺麗な空間。そして、わたしにとっては心の拠り所。きっと、今のわたしの居場所はこの空間だ。


 その日、美しい人を見た。その横顔。彼しか焦点が当たらないほどに。

「あ、あの……」

 思わずわたしは、言葉を発していた。

「何を、読んでらっしゃるんですか?」

 わたしはたじろぐ。

「……突然話しかけてしまってごめんなさい。邪魔、でしたよね。その、ここに来られる方、珍しいなって思って……」

 その表情はとても驚いていて。此処に他人が居ることに仰天していたのかもしれない。すぐ後に、フェリクスさんがやって来て、そうして、わたしは彼の名前を知ることができた。


 名前は、アゼル。アゼル・マーシア――

「アゼルさん……か」



( 因みに、アルヴィーゼ・ヴァラノは本編の第五章、二十話に登場しています )

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