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壮行

 「お父様!」

 うれしそうな声が響き渡っている。

 お茶の用意をしていた私にそのままぶつかり、こけてしまった私のことなど一瞥もせず、飛びついた。

 「お呼びがかかったと聞いたわ! ほんとうなの?」

 「ああ。かわいい私の子。そうだよ。あれからかなり時間が空いたけれど、あちらがお前を迎えるために盛大な宴を開くための準備をしていたそうだ」

 「宴! 私歓迎されているのね!」

 ああ。お茶がこぼれてしまった。 

 茶器を落とさなかっただけよかったわ。

 割ってしまったら何をされるかわからない。

 「さあ、この服を着てごらん。だいだい神子が王族と会うさいに身に着けていたものらしい」

 「ええ……。いやよこんな古いもの。今時じゃないわ。それにこんなの来たって私の可愛さのまえにかすむだけよ。それならこっちがいいわ」

 神子服が私の目の前に落とされて。

 「これはあんたが着ればいいわ」

 「そんなことをしたら、これが神子だと勘違いされてしまうよ」

 「あらお父様。私は、みすぼらしいこの子に慈悲を与えているの。着ていく服がないのだから、慈悲深い神子が貸してあげるの。私は別のものを着ていくわ。どうしてって言われたらそう答えればいいのよ。わかったぁ?」

 服を拾い上げて立ち上がった私の髪がつかまれた。

 「……承知いたしました」


 この服は歴代のアオバの神子が初めて王族とお会いする際に身に着けていた正装。

 それを。

 ……着ようとしている服は最近買ったものだったはず。

 真っ赤でふわふわしている。

 動きにくくて、華美。

 じゃらじゃらとした装飾。

 ……。

 神子でも巫女でもない。

 そもそもアオバの民と言いたくない。

 ああ……。こんな狭い心ではいけない。

 アオバの巫女は。

 先視の神子は。


 「慈悲深く、質素に。アオバの民のために」


 そうでしょう?

 お母様


 宴の前日。

 盛大に、壮行式がとりおこなわれた。

 二度とアオバの森に立ち入ることがなくなる神子を想って、静かに行われるのが通例と言われていたが、今回は違った。

 お酒に、肉に、火に。

 歌に躍り。

 原色の服を身に付け、大騒ぎ。

 ……まるで、森から出ることを喜んでいるようで。

 

 「本来の神子とは、そういうものではないのだがの……」

 長老や老師たちが、苦い顔をされている。

 

 それでも、なにも言わず、黙って見送る。

 神子であるのであれば、務めを果たすために。

 それがアオバの民として、神子に願うこと。

 生まれ故郷を離れ、よく知りもしない者にとつぎ、一生を捧げる。

 それを強いているのだから。

 それ以上はけして。

 神子として神子の務めを果たす。

 

 「神子はアオバの民のために」


 私は宴に一緒にいくために。

 偽物の神子としていくために。

 なぜか、貢物も用意するらしく、それを箱につめて、あの子が着るための服や装飾などの箱を片付けて。

 準備のために宴の場を離れたことはよかったけれど、聞こえてくる音に耳が痛い。

 いつもなら、この時間はフクロウの声が聞こえる。

 虫たちの鳴き声が合唱していたりするのに、人の声と炎のにおいが気分が悪くなる。

 顔を上げて、お社を見上げた。

 

 明日はここには来られない。

 ……ううん。違う。

 もう二度とここには来られない。

 偽物の神子として。

 神子をかたった罰として。

 神子を偽った罰として。

 あの子の横にいて、これまでどおり、先視の神子の目になって、この国の未来を見続けていく。

 アオバの森を守るために。

 アオバの民を守るために。

 

 これまでの神子がそうしてきたように。


 お社はとてもきれいで。

 とてもさみしい。

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