私の家
今日は雨が降っていないのは同じだけれど、風が強いからとても過ごしやすい。
アオバの森のなかでもさらに森深く。
大きなお社と巫女が住むこじんまりとした社務所。どちらも手入れがしっかりとされているから、古いけれどどっしりとしている。
今日はお社の掃除にきた。
一緒にきているけれど、いつものように、座って暑いと文句をいうだけ。
「……先視の神子様のお社です。敬意をはらっては?」
「はあ? 神子が奉ってあるっていっても、髪の毛とか、爪とかでしよ? 気持ち悪いわ」
……何て失礼な。
「ほんと、私分からないのよね。こんなところにどうして、自分の一部を置いていくとか」
このお社のことは、勉強している。アオバの巫女が私たちに指導している。
私たちに先視の神子とは、このお社の意味、巫女のあり方、それらを教えてくださった。
でも。
「なんで巫女にいわれないといけないの? 私は先視の神子。神子なの。指導とかありえない」
そういって、まともに話を聞かなかった。
今日だってただついてきただけ。
「私なら、髪飾りかしら。……あーでも、全部持っていきたいわ。こんなところに、置いていくなんてもったいない。だからといって、髪の毛とかそういうのもいや」
神子が森を出る日に奉納されるものを、今から考えているらしい。
もう二度と森に戻れないから。
だから、神子は自身の一部を置いていく。
アオバの民は森にいきるから。
「巫女は10の女の子から選ばれます。このお社を守り、神子が森を出る日まで、神子についてお伝えします。歴代の神子を守る巫女もまた、尊いつとめです、なんて言ってたけど、あれ、負け惜しみでしょ? 神子になれなかった、なりそこない」
……どこまでも失礼な人。
どちらのミコにもなれない。
なってほしくない。
巫女は神子がいない間、民を守るためにその身を捧げる。
今のように雨が降らなければ、雨を願い祈る。
五穀豊穣を願い舞う。
すべてはアオバの森にいきる民のため。
この地に生きるもののため。
神子が生きる地を繋げる。
なりそこない、なんかじゃない。
巫女がいるから神子が生まれる。
神子が生きる。
なにも分かっていないのに、勝手に言わないで。
「外とここでは、生活が異なります。アオバはその日のものをその日に。自給自足というのですが、自分達の食べるものを自分達で作ることです。ですが、外ではそれを仕事にしています。服を作る人。売る人。野菜を作る人、料理をする人。生業として、生計をたてています」
巫女は丁寧に教えてくださる。
神子が恥をかかないために。
「お金というものがあります。それで物を買うことができます。アオバの民は物と物を交換しますが、外ではお金と交換します。それがなければ、ご飯を食べるとこも、家に住むこともできません。いいですか? ある程度は知らなくても許してもらえるでしょうが、神子だから、知らない、ではいけません。神子であり、王妃なのです。生活を知る必要があります」
「そんなの、王妃になって御披露目までの間に勉強すればいいわ。あなただって知らないでしょ? 教えるなんて立場じゃないはずよ」
ふんっとそっぽを向いて、バタバタと走って奥にはいっていく。
「……本当に神子のことを知らないのですね」
ボソッとこぼした言葉を、聞かなかったことにした。
神子と巫女の違いを知らない時点でどちらにもなるべきではないのに、どちらかには絶対なるのが私たち。
基本的には彼女のいったとおりだけれど、神子の生まれた日で、複数人、子供が生まれた場合だけは違う。
自動的に神子以外は巫女となる。
だからあながち間違いではない。
巫女は神子のなりそこない。
神子の一部が奉られている場所。
巫女と神子の家。
私の家になる。
ふと、もうない家が頭をよぎったけれど、首を振って消した。
あの家は大切な家だけれど、もうないから。
無いのものにすがっても、心の拠り所にしても苦しくなるだけ。
新しく手に入るものをしっかりとつかもう。
それしか、私にはないのだから。