表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異邦の旅人  作者: きりしま
第一章 フィオガルデ王国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/20

7:激流

いつもご覧いただきありがとうございます。


 まぁ、わかっていた。安全地帯のないダンジョンで袋小路の小部屋に居れば、来るものはある。同様に経路が一方向なので対処しやすいのだ。地面が乾いているおかげかサハギンや壁をゴリゴリと食べるワムロなるモンスターは来なかった。だが、そうした地面の乾きを気にしないモンスターが定期的にやってきた。

 一つはゴレム。アルがその槍で簡単に斬り開ける岩のモンスター。そしてその他細々としたモンスターだ。サハギンに居場所を追われたからこそ乾いた地面にも適応した四本脚の甲虫、高さは成人男性ほどと上に細長い。土肌に擬態して獲物が横を通る時、二本の細い前足で襲い掛かるのが基本だ。ランタンの明かりが煌々と照る小部屋ではその身を隠すこともできず、坂を上ってくる際、地面に足先を刺すサクサクという音で気づきやすい。アルが爆睡している間はラングが、ラングが仮眠を取っている間はアルが、故郷のダンジョンでは完全なる安全地帯を得ていたアルには少々面倒だった。


『本当、これじゃソロだったラングはダンジョンには来ねぇわ』


 いろいろ嫌になって思いきり威圧を使い、甲虫のモンスターが離れる気配を感じ一息、槍に額を当ててお互いに労い合った。壁に寄りかかり剣を抱いて眠る相棒をちらりと見遣り溜息をついた。存外、ラングはアルの故郷でのダンジョンを楽しんでいたのかもしれない。それはそうと、そろそろ代わりたい。ううむ、と唸るとその音で起きるのか、ラングはもぞりと動いて軽く体を伸ばす。戦闘音では微動だにしないというのに、どういう仕組みだ。


『代わろう』

『頼んだ』


 アルはふわぁ、と欠伸をし、座り込んで壁に背を預け、槍を抱いて眠った。なんだかんだ戦闘の音は聞こえていたが、背中を預けた相手の強さはよく知っている。なるほど、これは起きないわ、とアルはずるずると深い眠りに落ちていった。

 翌朝、というには朝陽も無いが、朝がきた。ラングに頬をペチペチと叩いて起こされ、桶に出された水で顔を洗い、歯を磨く。いい健康は歯から来るんだと言い張るラングはこうした朝のルーティーンを大事にしている。水は坂道を下りた辺りで捨てた。

 あの甲虫のモンスターは魔石と、時々綺麗な石を落とした。これは火を用いずに明かりの取れる不思議な石だ。淡い黄緑色、それなりに明るい。ランタンの火が切れた時には重宝するらしい。【異邦の旅人】には現在不要なアイテムばかりだ。

 今日も今日とて真っ暗なダンジョンの中をランタンの明かりで進みながらアルはふと疑問を抱いた。


『そういえば、なんかこう、勝手にさ、俺、精霊の住処ってすごい神聖なものだと思ってた。ぱぁーっと光ってて、空気が澄んでて、綺麗な場所ってイメージだった。ほら、エルキスの、なんだっけ』

神の水鏡(トゥネオルタェ)

『そう、それ。いろいろあったけど満月の日の儀式は綺麗だったよな』


 エルキス。それは高い山と清らかな水と豊かな緑に囲まれた、美しい巫女を頂く小さな国だ。水の精霊と関係性の深い国は、精霊の助力を得ながら生活を送る程度には人と精霊の距離が近かった。澄んだ水はそこに多くの命を育み、木材の柔らかい木の色と綺麗な白い石、それを包む緑のコントラストの家々が素朴で、魚と野菜が美味かった。いろいろと思い出し、アルはニヤニヤとラングと肩を組んだ。


巫女(エルティア)は元気かな?」


 ラングは小さく溜息をついてアルの腕を払った。おいおい相棒、とアルは笑う。


『照れるなって』

『照れてはいない。それより、浮かれていると足を滑らせるぞ』

『大丈夫だって! 話を戻すけどさ、ここ、水の精霊の住処なんだろ?』

『あぁ、そのようだ』


 ラングは呼ばれる感覚があると言い、それを辿ってきているらしい。こういうダンジョンなので地図の広がりは遅く、真っすぐに深部を目指している【異邦の旅人】には、もうそろそろ手持ちの地図は意味を成さなくなるだろうとラングは言った。帰り道がわからなくならないようにマッピングを始めなくては、とも言われ、アルはその経験がないので任せると全力で投げた。ラング自身もアルに任せる気はないらしいので問題はなかった。

 ピチョン、と水音が反響し、溜息をつきたくなるほど飽きてきた。歩く足音にすら眠くなりそうだ。ラングは後ろを歩く相棒がふわぁ、と大欠伸するのを聞いて釘を刺した。


『アル、余計なことは言うな、するな』

『余計なことって? たとえば、ここが汚くて薄暗くてジメジメしてて、まるであの水の精霊の性格そのものっぽいってこととか?』


 ラングがシールドの中に手を入れて眉間を揉んだ。遠くでゴゴゴ、と物音がした。素早く反応したのはラングだった。


『走れ!』

『なんだなんだ! なに!?』


 駆け出したラングに置いていかれないようにアルも走り出した。ラングが走れと言うのなら理由がある。この背後からの地響きが理由だろう。でこぼこの地面と壁、水で湿ったそこに水分が増したような気がした。足音が徐々に徐々に、バシャバシャと水音を含んでいく。


『馬鹿なことを、精霊が聞いていないわけがないだろう! あの精霊の性格を考えろ!』

『だって! あんな言い方されたら言いたくもなるだろ! なぁこれ水音!?』

『そのようだ、跳べ!』

『うおおぉ!』


 ラングの掛け声で地面を蹴る。本当にどうしてその黒いシールドで先が見えるのか、眼前に突然現れた大穴を勢いのままに跳んで越えた。向こう岸に着地、その衝撃で足元が崩れ、慌てて前のめりに移動し難を逃れた。振り返ればランタンの明かりの中、今までいた通路から鉄砲水が噴いていて、あのまま水に飲まれていたなら穴に落ちていた。あるとわかっていて跳ぶのと、突然跳べと言われるのでは心構えも変わる。跳び越えられてよかった。

 真っ黒な穴に落ちていく水は底についた音を立てはしない。空洞を落ちていくザァァという音は、底に行けば行くほどサラサラとした音に変わっている。やがてあの滝のようなものが霧散し、細かな雨のようになっているのだと思わせた。それだけの深さがあるのだ。アルはほぅっと胸を撫でてラングを振り返った。


『危なかったな』

『まだだ、槍を構えろ!』


 ラングは素早く通路をある程度進んで背後に余裕を持たせ、ざくりと地面に赤い剣を突き刺して衝撃に備えた。アルはその後ろに駆け寄りながら背中から槍を下ろして構えた。この通路の先からまた地鳴りのような水音がする。マジかよ、とアルは顔が引き攣った。即座にドバァッと激流がここに辿り着いた。ラングの指示が飛ぶ。


『ひらけ!』

『こんちくしょうがぁ! 絶対殺す気だろこれ!』


 ふぉん、と振り抜いた槍の軌跡、すぱりと開かれたそこを避けて水が轟音を立てて横を流れていく。軌跡を徐々に狭めるように水は止まらない。これが精霊の仕業ならば永遠に止まらない可能性もある。


『やむを得ん、洞窟で炎などと悪手ではあるが……! 燃えろ(ファイール)!』


 ラングの声に呼応し、地面に突き立てていた赤い剣がボウッと燃えた。マジックアイテム、魔法が使えない者でもそれを可能にする武器だ。炎を纏い、その燃え滾る赤を前方へ差し向ける。なかなかの熱量ではある。水はじゅわぁっと蒸発すれど、それでも迫りくる水の方が多い。アルは何度か槍を振るって水をひらいたが収まりそうにない。


『ラングはいとし子なんじゃないのかよ! あんな穴落ちたら死ぬって! 聞いてるか!?』


 返事はない。アルはガッと槍の穂先を壁に埋め、船のオールを漕ぐ様に石突の方を前から後ろに持っていき、壁に突っ張りを作った。ちらりと顔の角度を変えて背後の施策を把握し、ラングはじりじりと下がり、その槍に剣を持たない腕を回した。アルは深呼吸してから尋ねた。


『相棒、乗り切れると思うか?』

『さぁな、水が切れるのが先か、私たちが落ちるのが先か』

『落ちた先がふかふかのクッションだといいな!』

『衝撃に備えろ!』


 斬り開いた場所がぐにゃりと歪み、水圧に負けたのがわかる。再び、ドバッ、と水がこちらにいくつもの手を伸ばすように流れてきた。


燃えろ(ファイール)!』


 ラングの赤い剣が二人に襲い掛かる水を柔くさせる。じゅわぁぁ、と蒸発する水、その水蒸気と残った水しぶきが二人に降り注ぐ。水量が増して剣の炎が意味を成さなくなり始め、水の中、押しやられるラングの踵にアルは自分のつま先を当てて踏ん張れるようにした。しかし努力も空しく水はいつまで経っても減ることはない。それどころか緩急をつけてドバッ、ドバッ、とこちらの体力を試すように迫ってくる。


『性格悪すぎるだろ……!』

『黙れ、やめろ』


 お黙り、と言いたげに、ドパンッ、と水がぶつかり、赤い剣の炎が消えた。その瞬間、今までで一番の水量で鉄砲水がきた。槍に背を預けるラングと、槍の向こうで腕を引っかけているアルでは耐久力が違う。ラングは背を軋ませて呻き声を上げ、体を反転させた。そうして正解だった。嫌な水の動きで槍から手を離させられたアルの体が流される寸でのところで、ラングがその腕を掴んだ。それを握り返し、水に顔面を叩かれながらアルは唸った。


『魔法……! 欲しい、な!』

『同感だ! 離すな!』


 わかってる、と水を飲みながら叫び返すアルの腕がずる、ずる、と滑っていく。ラングは自身の背を何度も押され、胸のところに置いている槍のゆるみを感じた。水が狙いすまして壁を削っている。


『殺す気かよ……!』


 アルは支えるものもなく水にただ押し流される状態で、体が真横になるほどの激流に腕が痺れてきた。けれど、もしこの激流が文句を言った自分を追いやるためのものならば、この手を離せばラングは助かるかもしれない。その考えを察したのだろう、ラングは赤い剣を空間収納へ仕舞い、両手でアルの腕を掴んだ。ラングの装備している力の腕輪がちかりと輝き、激流の中引き寄せられ、ようやく槍に腕を掛けられた。壁は削られていく。少しでも踏ん張る足を間違えれば滑り、そのまま落ちていく。どうする。


『ごめんって謝ったら止まるか?』

『さてな。しかし、お前といる落ちてばかりだ』


 エルキスに辿り着いた時もアルが魔獣に捕まって、ラングはそれを助けるために魔獣に乗った。空中でとどめを刺し、落下した先がエルキスだったのだ。アルは思い出して笑ってしまった。そんな場合ではないのだが、一度笑い始めたら止まらなかった。ラングは深い溜息をついた。


『もうそろそろオルファネウル()の支えが無くなるというのに、呑気なものだな』

『ラングこそ。まぁ、何とかなるって。なんか水溜めるマジックアイテムあればいいんだけどな』

『……あるな』

『お前さぁ! そういうのさっさと……っ』


 ドッ、パァンッ、と一際大きな波がぶつかり、壁が削れ、アルの槍が力を失い、二人は大穴へ押し流された。槍を掴み、互いの腕を掴み、放り出された大穴を落下しながら身に纏わりつく水が二人の重力に負けて離れてから、この状況でも冷静にラングがランタンを掲げた。底は見えない。だが、壁はある。槍を刺して勢いを殺し、ラングは鋼線を引っかけて勢いを殺し、と互いに底に落ちるまでに抵抗できる手段があることを視線で確認し合う。そうした対策を水は許しはしなかった。

 横穴から横穴に向けて意思を持つ水が噴き出て、ラングとアルはそれぞれ別の横穴に放り込まれた。


『いい加減にしろよぉ! ラング! 腕輪!』

『わかっている! 動き回るな!』


 がんばる、と情けない声が遠くなっていくのを聞きながら、ラングはなす術もなく水に流され、息を奪われた。



面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ