6:ダンジョンの生態系
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ダンジョンを攻略することでランクを上げ富と名声を得ていくギルドラーというのは、アルにとっては割に合わない職業のように思えた。真面目に、ここが何であるのか、とか、地図を描いて他のギルドラーの手助けになればいい、とか。はたまたそこに住まうモンスターの素材をもってして、自分がどれほど強いのかを示す、とか。すっかり仕組みがつくりあげられた故郷のダンジョンと比べ、ここはまだ発展途上なのだと感じた。相棒はそれを正しいと言った。
『元々、ここでいうダンジョンというものは、ここ百年程度で認識された不思議な洞穴やその場所を指す。随分前から存在はしていたものの、人々との在り方が今とは違った。だが、気づくようになれば、存在を認識する。ここのようにたまたま見つけられるものもあった、というわけだ』
興味を惹かれて首を傾げれば、学者の本すら読破する相棒は喉が枯れない程度に話に付き合ってくれた。
曰く、元々世界にそれは存在していた。たとえば、洞窟であれば神聖な祠として。たとえば、穴であればあの世への入り口として。たとえば、水場であれば生贄の泉として。ただそれがそうと気づかなかっただけで、人々は上手に付き合ってきていたし、畏怖し、扱いを間違えてもいた。ここメッティアのダンジョンに入った際に感じた膜。それが外界とダンジョンを分けており、そこに迷い込んだ旅人がモンスターに食われる。村の子供が入り込んで血まみれの服だけが落ちている。そうした結論がダンジョンを生贄を求める何かだと昔は考えられていたのだ。
その不思議な膜の前で様々なものが捧げられ、最後はもっとも尊い人の命がそうなった。モンスターは学習する。一年に一度、定期的に苦労せず餌が手に入る。それを求めて入り口まで詰めかける姿が、そこに人々の恐怖があるのだと知らしめていた。
ある日、一人のギルドラーがそれを斬った。相手は斬れる、倒せるものなのだと知った。それを聞きつけて人々は冒険者組合に探索の依頼を出し、ギルドラーたちはその依頼を請けて不可思議な領域に挑んだ。それがダンジョン専門のギルドラーの始まりだった。
『ダンジョンには危険も多いが、不思議な道具も多かった』
『呪い品、ラングの持つ火や油の要らない、なんで点くかわからないけど便利なランタンとか、いわゆるマジックアイテムってやつだな』
『そうだ』
この暗闇を抱くメッティアのダンジョン内で、今まさに唯一の光源となって道を照らすラングのランタンを見遣る。どうやって気づいているのか、そうしたアルの視線に対しラングは軽くランタンを掲げて応えた。ラングはもう少しだけ話を続けてくれた。
この場所が不思議な場所である、あの世が広がっているのではなく、触れられるもの、殺せるものがいるのだとわかれば人は武器を手に取る。追われ、逃げた者が外に飛び出し、追いかけてきた奴らが膜を通れずにフッと消える様子には強気にもなった。何があろうと出口まで行けば、逃れられるのだという確実な安心感が人の心を勇気づけた。
『各地にその話が徐々に広まり、聖域とされた場所も人が武器を手に入るようになった。学者連中は違和感と同一の形式、構造、規則に鋭いからな。ここは違う、あれはそうだ、と本当に守るべき遺跡への侵入には困り果てていた』
『学者も知り合いがいるのか?』
『物好きな奴だがな』
似た者同士じゃねぇの、それ、と言えば、相棒の足が止まった。怒られるかと思えば、黒曜石のような黒いシールドが軽く揺れ、遠くから敵が来ることを教えられる。鍾乳石を滴る水の反響音、距離を測りにくいでこぼこの壁、どうやって聞き分けているのかいつも不思議でならない。けれど、ラングの索敵は精度が高く、信頼できる。
『次は何だろうな』
『メッティアのダンジョンでは岩塩を齧るワムロ、魚の頭を持つサハギン、それから、岩の体を持つゴレムが多い。その他は生存競争に負けて弱く、小さい。睡眠時に気をつける程度でいい。メッティアのダンジョンだけではなく、ゴレムにはいくつか種類がある。ここは岩だが、場所により美しい宝石を身に纏うものなどがいるそうだ』
『外専門の割りに、本当詳しいよな』
『教えてくれた友人がよかった』
へぇ、と意外そうに声を上げればラングはランタンを腰に吊るし両手を開けていた。アルも槍を背中から下ろして短く握り、言った。
『そいつにもいろいろ聞いてみたいもんだな』
『死んだ』
『そりゃ残念』
ラングの年齢がアルよりも二十は上であるせいか、話を聞いてみたいと思う者の多くが死んでいる。そう、ラングとアルは年齢が大きく開いているのだ。
そもそも露出の少ないラングは年齢が非常にわかりにくく、ちらりと覗いている腕や、指ぬきグローブのその先、黒いシールドから見える口元などでそれを判断するしかない。それだけで見るならば、ラングは二十代後半、三十代前半だ。だが、実のところラングはちょっとした理由があって二十歳若返っているらしい。本来なら五十歳くらいなのだと言われ、驚いたことを思い出した。アル自身はこの年に二十四、ラングは人生の先輩である。ではあるが、ラングはおかしな男なのだ。
常に相手を対等に扱う厳しいところがあり、年下だろうと年上だろうとお構いなし。泰然自若とした、年長者然とした態度が基本だが、前述の理由から肌は若さも感じられ、かつ人生を悟った様子で、そのくせ短気でガキっぽいところもあり、この男、ラングは絶妙になんとも言い難い、そんな男なのだ。時折親父くさいことは言うものの、アルの発言を受け止めて柔軟に取り入れたりとかなり頭も柔らかい。頭ごなしに否定をしたり、反論をせず、まずは受け止めてみせることのできる人間がどのくらいいるだろうか。ラングが何かを人に示す時、アルはいつも不思議な生きものを見るような気持ちになるのだ。
ラングが自身の背負うものと同じだけの責任を求め、同じだけの覚悟を問うてくる立ち居振る舞いは、怖くて厳しくて、そして居心地のよいものがある。ラングは関わる者の全てに態度を変えず、一人の人として接する。敬意には敬意を返すのが当然なのだ。
『弟には甘かったくせに』
『何か言ったか』
『なんでも。そら、来るかな』
ぼんやりと思案に耽っていれば待っていた相手は随分近くまで来ていたらしい。ズゥン、と重い足音が聞こえた。軽口はここまでだ。キン、と高い音がしたわけでもないのだが、空気が張り詰める。ここはダンジョン、おしゃべりは楽しいがいつでも死に頬を撫でられる場所だ。ランタンの微かな明かりを得て、通路を塞ぐような岩がこちらに来ているのがわかった。倒さねば道が通れない。
『思ったよりでかいな。壁が削れる音がしてる』
『学者曰く、ダンジョン内にいるモンスターには役割があるのではないか、と』
『どんな?』
ラングが武器を収めランタンの明かりを強くした。岩をひらくのは任せた、ということだ。任されれば受けてこそ男というものだ。アルはゆっくりと前に出て槍を大きく振れるギリギリで構えた。ゴリゴリ、ズズン、パラパラ。削れた洞窟の壁、土塊が転がってくる。
『ゴレムは道を創り、小さなモンスターがそれを整え、中型のモンスターが侵入者を殺し、その肉片がまた小さなモンスターの命を回す』
『ふぅん、ここだけで生態系ってやつを持ってるってことか』
ランタンの明かりの下に岩のモンスター、ゴレムがその姿を晒した。ただ岩を積んだだけのような造形だ。どういう理屈で動いているのか知らないが、足、膝関節、腰、胴、肩、腕、手、と見分けのつくような節々。頭は人相はなく、大きな岩が載っているだけ。よっ、とアルは槍を振るった。スパンッと岩を斬る音ではない何かの音がして、打ち合わせた河原の石のようにゴレムがばっくりと割れた。今まで戦ってきたモンスターとは違い、こちらはガラガラと崩れ、さらさらと最後は砂になって消えていった。最後に残ったのは小さな石、魔石だろう。一先ず拾うより先に奥からやってくる岩をひらき、砕き続けた。数は七体、滴る水の反響音だけになった頃、ようやく落ちたものを拾った。
『魔石かぁ、美味くないな、素材が欲しかった。こんな大きさじゃ安いし、魔石はなんだかんだ火起こしに使うくらいだし、今はそもそも火がなぁ』
ラングの気配がむっすりとした。趣味ができなくなってストレスが溜まっているらしく、時々ラングは盗賊狩りなどの依頼を選ぶ。アルは一度興味本位でついていったが何一つ仕事がなく、身綺麗で食事の作法も所作も上等なラングが、野蛮で粗野なこの世界の住人なのだと理解するには十分な光景を見た。本当になんの感情も込めずにその双剣で人を殺すのだと思うと、弟には絶対に見せられない姿だ。
度々出てくる弟というのは名をツカサという。ラングとはお互い、最初は利害関係だったらしい。ラングは転移先の言葉がわからず、ラングとその場所の言語を知るツカサを通訳として雇ったのだ。性根は素直、少し背伸びしたがりの見栄っ張りなところもある、普通の少年だった。その少年が大成を遂げる物語をここで語らうのは野暮だろう、とアルは拾った魔石を全てラングに押し付けた。
『よろしく』
『お前のアイテムポーチに入れても問題あるまい』
溜息をつきながらも持ってくれるので有難い。パチリ、ラングが懐中時計を開いて時間を確認した。
『今夜の宿を探すとしよう』
『ふかふかの布団に湯あみのできる宿がいい』
我儘を言えば肩を竦めて返された。ラングが湯を沸かそうとしなければ湯は沸く。だがここまで足元の濡れているダンジョンで横になるのは難しいだろう。木があるならその上に登り、落ちないように寝るだけで済むがそれもなさそうだ。地図を確認し、周囲を見渡して精霊を感じ取りながらラングが歩き出し、それについていった。
『そういや、俺の故郷でもダンジョンをダンジョンっていうけど、ラングの故郷でもダンジョンをそう呼ぶんだな。どうしてそういう名称になったんだろうな』
気づいたらもうそう呼んでいたからなぁ、とアルは頭の後ろで腕を組んだ。ランタンを手に先を行きながら、ラングはふむ、と喉を慣らした。
『私は訳された言葉でしかお前の世界の【ダンジョン】という言葉を知らない。私が言った【ダンジョン】という言葉があいつにどう聞こえていたのかもわからない』
『弟は便利な言語翻訳スキルあったもんな』
あぁ、と珍しく声ありで肯定が返ってきてアルは思わず腕を下ろした。ゆっくりと足を止めてラングは振り返った。やけに湿った風が肌に纏わりつくようで、それを払うために歩き出したい気にさせられた。黒いシールドの向こうの双眸がこちらを捉えたのがわかった。
「聞き取れるかはわからんが、この世界での正式名はダイン・ジョッシュウィヌ・レヌという。その略称がダンジョンだ」
「だい……しゅれ……?」
「ダイン・ジョッシュウィヌ・レヌ」
単語ごと区切ってはっきりと発音されてもよく分からず、アルがこっくりと首を傾げれば、ラングもまた言葉をじっと選び出した。
『【ダンジョン】という単語でおおよそ意思疎通ができてしまっていたのでな、深く尋ねなかったのは惜しいことをした』
『それどういう意味なんだ?』
『そうだな』
また少し考えながらラングは背を向けて歩き始めた。
『また手紙を送る時にでも聞けばいいと思うが、ざっと訳せば……』
訳せば? とアルは問いながら少し駆け寄って隣に並んだ。ふっと空気の質が変わった。乾いたものを感じ、ラングがそちらを目指すのについていく。少しだけ坂道を上るような感覚を得る。足元が滑らず、久々にざりっとした感触がした。小さな小部屋だった。ラングのテントよりも狭く、大人が四人も居ればぎゅうぎゅうになってしまいそうな空間。ただ、ここは地面が濡れていない。今夜の宿にベッドはないが、横にはなれそうだ。
『死を与えるここではない何か』
『ダンジョン?』
『そうだ。ここで休もう。仮眠は交代制、食事は少し多めにな』
『助かる、腹減った』
常に真っ暗闇を与えてくるこのダンジョンが、どうしてここにあるのか、調べる学者もいるのかな、とアルはぼんやり考えながら床に腰を下ろした。
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