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異邦の旅人  作者: きりしま
第一章 フィオガルデ王国
7/11

5:ダンジョンの歩き方

いつもご覧いただきありがとうございます。


 さて、ダンジョン攻略だ。とはいえ様々なことを覚えなくてはならなかった。


 まずはダンジョンの歩き方そのもの。ダンジョン内の魔物はモンスターと呼ばれ、ここでしか生きることができず、繁殖により数が増える。中には素材目当てに狩り尽くされたモンスターもおり、絶滅危惧種とされるものがいるらしい。なので、生殖などを調べている学者もおり、そうした人々の護衛業も盛んだという。ギルドラーの仕事の幅がとても広い。なお、ダンジョン内のモンスターの食事は同じダンジョン内のモンスターであったり、アルたちのような冒険者がそうだ。弱肉強食、まさしくそれだった。


『岩塩がドロップするんだろ? ということは、岩塩を飯にしてる奴もいんのかな』

『そうだ』


 見ろ、とラングが歩きながらランタンで壁を照らした。所々白いのは壁が濡れているだけではなく、ランタンの反射で塩がきらりと光っているからだそうだ。こうした洞窟の壁をゴリゴリと削って食べるモンスターが岩塩を落とすらしい。腹の中で固まるのか、と考えていればザシザシと足音がした。足を止めてじっと窺う。向こうからランタンの明かりが見え、向こうは向こうでこちらの明かりに気づき、左右にゆら、ゆら、と揺らしてきた。あれは敵意なし、通りたい、の合図だ。ラングがランタンを掲げ、左右にゆら、ゆら、上下に二度動かして、了承した、来い、と示した。こうしたランタンを利用した合図はいくつかあるらしく、都度教える、と言われている。まず一つ覚えた。向こうから三人組が近寄ってきて、互いに姿が見えるようになれば明るい音を努めて声を掛けてきた。これもまた敵意がないことを示すためだ。


「ありがとう……パニッシャー!?」


 ランタンを持つ男の黒いシールドは人相が見えなくとも間違うことはない。


「帰路か?」

「あ、はい! いい感じに塩が手に入ったので」

「そうか。気をつけて戻れ」


 はい! と感極まった様子で頷き、隣を通る時だけはそそくさとギルドラーたちが通り抜けていく。こうしたやり取りだけであれば恐れられることもないだろうに。アルは何も言わずに肩を竦めた。


「どうした」

「なんでもありません」


 今のやり取りは言葉も間違えていないだろう。首を傾げつつ前を向き直るラングに、アルは一人楽しそうに笑った。暫く歩いて、びちゃり、と前方から音がした。広い洞窟の中の通路の一本、前には三つ又に分かれた道がある。その内の一つから何かがこちらを目指してくる。ラングが銀朱のマントを払ってランタンを腰に着け、赤い剣を抜く。アルも槍を手に持った。


『モンスター?』

『あぁ、そのようだ』


 向こうもこちらに気づいたらしい。ゆっくり歩いていた足音が、突然速度を増してびちゃびちゃと重なった音に変わった。複数、五体いる。


『どんなモンスターか楽しみだな』


 お気楽なアルの発言にラングが小さく、ふっと息を吐いた。笑ったな、とアルも笑う。現れたのは魚のような頭とヒレの生えた、ヌメヌメとした鱗を身に纏った半魚人、サハギンだ。手には鉱石を括りつけた槍、その武器はあまり強そうには見えなかった。だがそれもまた向こうの策略かもしれないと思ったのは、想像以上に速い突きを繰り出してきたからだ。ラングはそれをするりと刃で受け流し、返す刃ですぱりと首を一瞬で斬った。

 ラングが振るう赤い剣は炎を纏うマジックアイテムの剣だ。いや、この場所の言語に合わせるのならば呪い品(ロストアイテム)、切り口が少しだけ焦げた臭いをさせていた。その場から一歩も動かず、ただ相手が向かって来て勝手に死んだように見える技術は、相変わらず見事だな、と思い、アルは槍を前に構えた。

 広いとはいえ、いつものように柄を長く握って振り下ろすには狭い。それがわかっているからこそ、サハギンの槍の柄も短いのだ。ラングに向かうもう一匹が同じ技法で首を刎ねられる横から、アルに向かって一匹向かってくる。真っ直ぐに突き出された槍に槍を絡めて外に弾き、どしゅりと穂先を胸に刺し込んだ。そのまま上にくんと持ち上げれば鋭利な穂先がサハギンの胸から首、頭蓋をすぱりと斬り開く。その後ろからもう一匹、次はそのまま下に振り下ろして叩き潰した。頭蓋を砕かれたサハギンの断末魔を聞きながらラングを見遣れば、既に剣を収めていた。


『意外と動き早いな』

『学者曰く、環境に適応したモンスターほど強いらしい』


 だろうな、とアルは槍を背に戻しながら頷いた。死んだサハギンたちはぐず、ぐず、と外殻、内臓、骨と順序立てて溶けていき、アルは目を逸らした。音が消えるまで待ってから目を開けばラングがランタンで地面を照らしてアルを待っていた。


『これがドロップ品だ』

『塩、ではない、ということは、こいつらじゃないんだな』


 キラキラと輝く鱗が一枚ずつ、石ころは魔石だろう。魔石が何に使われるのかと問えば、呪い品(ロストアイテム)の動力となるという。たとえば冒険者組合であった情報を見るための板や、ある程度、金のある家で明かりを灯すためであったり、そういうことに使われるらしい。また、冒険者はこれに火を点けて簡易的なランタンにしたりとなかなか用途が多い。とはいえ、ランタンを持つ【異邦の旅人】ではそうした利用はせず、荷物だけは持てるのでそのままラングに片付けてもらった。こういう時、容量無制限の【空間収納】なるスキルを持つ相棒は便利だ。

 今まで料理を全てラングに頼っていたので、精霊の癇癪で料理ができなくなったパーティの中でもそのスキルは本領を発揮している。時間停止機能という文字通り神掛かった機能のついているラングの【空間収納】には買い置きした食事が多数入っているのだ。それがなければ毎度炭になった肉や、生煮えの諸々を啜らなければならなかった。一度、アルが調理を請け負いはしたものの、鍋を一つ丸ごとダメにしてから二度とやるなとラングに言い付けられている。長年使ってきた鍋をダメにしてしまったことは申し訳なかった。鍋は買い直しはしたものの、新品のまま今は【空間収納】の中だ。

 確認と収納が済んだところで再び進む。サハギンとの遭遇はそこそこあり、同じような処理で片付け、鱗と魔石を拾い、仕舞う。洞窟の中は足場が滑り真っ暗、しとしと、じめじめして段々と気鬱になってくる。鍾乳石から垂れる水音も聞き続けるとなんだかイライラしてくるから不思議だ。そんな愚痴を零せばラングは気を紛らわせようとしてくれたのだろう、物騒な話をしてくれた。


『水滴を延々と額に落とす拷問もある』


 手足を縛り、台に縛り付け、一定の間隔で水滴が額に落ちるようにする。最初はどうということはないらしい。ただ、それが眠る時も延々と続くとなれば、人は徐々に狂うのだという。


『眠りたくとも気になって眠れない。一定の間隔で何かがあると体が覚えてしまい、それがそのとおりに来なかったり、来るのを待ってしまったり、眠ったところで額に水を落とされると、眠れない。人は、眠ることができなければ簡単に狂う』

『うへぇ』

『それに拷問する側の手間が掛からない』

『……やったことあるのか?』


 沈黙。やめろ、お前のそれは肯定だろう。アルは一瞬瞑目してからぶるぶると頭を振って誤魔化した。


『そうすると、このダンジョン自体がまぁまぁ曲者だな』


 あちらこちらからぴちょん、と響く音は洞窟の反響音と相まってなかなか気になる。家の中で聞いている雨音とは違い、なぜか不安を煽ってくるのだ。ラングの先導に従って進み、時折サハギンを倒しながら時間にして四時間か、カチカチと何か擦れるような音がした。サハギンとは違うモンスターだ。


『お、こっちが塩か?』


 わくわくしながらアルがモンスターの登場を待てば、なんというか、想像とは違うものが現れた。洞窟の壁を齧り、岩塩を落とす、と聞いていたので、鉱石を象ったようなモンスターかと思っていた。だが、実際目にしてみるとそれは気味の悪い生きものだった。細かい突起の付いたうねうねと動くミミズのような、口元が切れ込みの入った蓋のようになっていて、それが順繰り動いてカチカチと音を立てていた。あの口で壁を齧るのだろう。大きさは成人男性の腕程だ。加えて臆病な性格らしい。こちらに気づくと壁を齧るのをやめ、ギィッ、と鳴いてうねうね逃げ始めた。好戦的ではないあたり、サハギンを捌けるほどの力量さえあればここで稼げるだろう。逃げ出した姿に頷き合い、後を追った。逃げ足自体も遅いので簡単に追いつき、ラングは赤い剣で、アルは槍で的確にそれを狩る。溶け方は全く同じだが、ころりと、濡れた地面に残るものが違う。白や、赤い石、岩塩だ。


『なるほど、こうやって落ちるわけだ』

『些か使うのに躊躇するが、塩は塩か』


 わかる、あの気味の悪い生きものの体の中で溶かし、成形されたと思うと少しだけ悩ましい。色が違う理由については、ラングがじっとそれを眺め、含まれているものが違うらしい、と言った。アルはあっという間に興味を失い、ふぅん、と答えた。

 時折地図を確認し、ラングはふいと道を選び、アルはそれについていく。ある程度広い場所に辿り着くとラングが振り返った。


『少し休む』

『ここで? ……安全地帯には思えないけどな』

『そもそも、こちらのダンジョンに安全地帯は存在しない』

『え、じゃあどうやって休むんだよ?』


 ランタンの明かりを強くして、ラングはふむ、と少しだけ言葉を選んだ。ラングはアルの故郷の言葉を流暢に扱うが、時々単語の選定に時間を要する時がある。できるだけ誤りのないように心掛けてくれているからだ。アルもこういう時は待つようにしている。二、三分もしただろうか、ラングがシールドを上げ、まとまったことを示した。


『お前の故郷では傷を癒す不思議な泉が沸いている安全地帯があったが、こちらではそういったものがまず存在しない。外で野営をする時と同じく、モンスターの接敵に備え、体を休める』

『なんつーか、休まりそうにないな』


 ランタンの明かりの中見渡して、この広場の岩は濡れていないことに気づく。濡れた地面ではなく、こうした岩の上に腰を下ろし、休憩するわけだ。ふと思いつき、怖くなって聞いた。


『あのさ、便所どうするんだ?』

『済ませたいのか?』

『いや、今はいい』

『そうか。したくなれば、一応指定された場所はある。地図にも記載されている』


 ほっ、と胸を撫で下ろした後に続いた言葉に顔がぎゅっとなった。


『だが、お前の故郷とは違い、一時間程度では糞尿が消えないからな、先客が居なければいいが』

『どんくらいで消えんの……』

『丸一日は掛かる。そうした糞尿を餌にする掃除屋と呼ばれるモンスターが不思議なことに存在しているのだが、見掛けた者曰く、随分と鈍いらしい。……安心しろ、掃除屋は誰も狩らん。口に入ることはない』


 もうやだ帰りたい。衛生面で様々な不安が過った。整っていないぞと事前に言われてはいたがここまでとは。アルがげっそりとしている間にラングは水筒の水で手を洗い、食事の支度を始めていた。

 一先ず、水分は必要最低限にすることにして岩に座った。ラングはテキパキと【空間収納】からパンと干し肉を取り出し、まずはパンをナイフで切ってアルに渡した。それを受け取り、ラングがミチミチと干し肉をナイフで削り、載せてくれるのを待つ。携帯食料による簡単な食事だ。体を動かしているので塩分は必須、水筒の水はがぶ飲みはせず口を湿らせ、ゆっくりと飲み、数回に分けて喉を潤す。そうすることでぐびぐびと量を飲まないでやり過ごせる。食事を簡単に済ませて食休み、アルはまた一つ気になったことを尋ねた。


『ダンジョンで死んだ場合はどうなる? 俺の故郷じゃ一日程度置いておくと、装備だけ残して死体が溶けて消えるけど』

『こちらでは死体はそのまま、モンスターの食事になる。先程話した掃除屋や、サハギンのような奴らだ。その際、装備なども壊されることが多いな。知恵のあるモンスターはギルドラーから剥ぎ取った装備を着る』

『ふぅん、ギルドラーはいつでも死にますの証だから、調査も入らない、か』

『そうだ。ギルドラーカードが運よく残っていたとしても、善意で冒険者組合に届けて変に疑われても困る』


 なかなか厳しい()()だ。ダンジョンについて談義を続けようとしたが、ぴくりと二人同時に武器に手を掛けた。遠く、人の気配を感じた。ラングがシールドをゆるりと動かして音を拾う。アルはその邪魔をしないよう息を潜めた。


『ギルドラー、それも()()()の方だ』

『ははぁ、モンスターが死体を食うから、追い剥ぎには好都合ってわけだ。ラングが外専門の理由がわかったな』


 アルは天井の高さを確認し、ここでは槍の柄を長く握れることを確かめた。


『ソロじゃ、こんなダンジョンは気が休まらなくて籠れないな』

『そういうことだ』


 岩の上に置いたランタンはそのまま、明かりに虫を誘き寄せるようにまんまと引っ掛かり、武器を手に飛び込んできたギルドラーがそこに誰もいないことに驚いている間に、壁へ寄って待機していたラングの剣とアルの槍がその首を刎ねた。



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