2:噂
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血の滴る新鮮な生首はギルド内を凍らせた。持ってきたパニッシャーは平然と、次々に首を取り出して並べ、淡々と報告を始めた。その横で相棒である男は目元を押さえ天井を仰ぎ、一つ目の首で気絶したスタッフはゆっくりと横に倒れ、最終的にガタンと音を立てて床に落ちた。それを合図に悲鳴とざわめきがあっという間に広がり、二階にいたギルドマスターが慌てて駆け下り、パニッシャー! と悲鳴が響いた。
生首は冒険者と別のスタッフが裏へ持って行った。パニッシャーの持ち帰ってきた証拠と依頼と照らし合わせ、照合が済み次第荼毘に付される。それまでは布を被せて箱に入れることになった。ギルドマスターは両手で頭を抱え、目の前で悠然と座っているパニッシャーと、その隣で出された茶菓子をサクサクと遠慮なく食べる黒髪の男に何度か視線をやった。
「パニッシャー、依頼の達成には感謝する。ただ、報告方法は少し考えてもらえないだろうか……」
「すまん」
つぃ、と少しシールドが傾いて謝意を示され、ギルドマスターはそれ以上文句を言えなくなった。なぜあんなやり方で報告をしたのかと問えば、レパーニャでは首置き台が用意されているので、つい同じようにした、他の街にないのを忘れていた、とあっさり答えられた。レパーニャ所属のパニッシャーはすっかりそのやり方に染まっているらしい。そもそも首置き台とはなんだ、聞いたこともない。再び頭を抱え、ちらりとそちらを眺めれば視線を感じた。人相のわからないそのシールドの奥でしかとこちらを見据えているのがわかり、そっと視線を逸らした。
パニッシャー・ラングの噂は聞いていた。各冒険者組合に情報も共有されているので一方的によく知っている。仕事は早くて丁寧、性格は誠実だが容赦なく、誰が相手であろうと泰然自若な態度を崩さない。邪な目的で近づくものがあればそれを後悔するほどの冷徹な対応を行う。そんなこの人には伝説として語られるエピソードも多い。
盗賊の一団をたった一人で全滅させた話は数知れず、他国の貴族に難癖をつけられ、差し向けられた騎士を正当防衛という理由で片付け、その生首を貴族の前に丁寧に一つ一つ並べてみたりした、という物騒なものから。無辜の民を傷つけたギルドラーをどういう手腕で調べ上げたのか、裏どりを徹底的に行い、相手の罪を暴き、処断する。まさしく処刑人として誇り高い姿まで。
それから、実力を試したい、パニッシャーを降したいという者があれば、受けて立つ度量。その際、決して生かさず、相手を再起不能にするだけではなく命を奪う冷酷さ。そうしたことが積み重なって、死神、パニッシャー・ラングに目をつけられるな、という認識が冒険者組合を有する各国に広まっている。
それに、不思議な経歴の持ち主でもあった。パニッシャー・ラングは一度ギルドラーを引退している。にもかかわらず、その三年後、復帰した。その時にも話題を掻っ攫ったが当の本人は気にした風もなく、二年ほどふらりと行方不明になっていた。戻ってきたと思ったら早々に、自宅を取り囲んでいた不埒者のギルドラーおよそ百人を、連れてきた相棒と共に殲滅したのだから話題に事欠かない。ひたすら茶菓子を頬張るその相棒とやらは会話に参加する気はないらしい。
ここ、メッティアの街にはパニッシャーがいない。冒険者組合はあるが、街としても支部としても小規模、近くに小さなダンジョンがあるくらいなので皆目的はそちらだ。そのため、街のちょっとした依頼が実は溜まりやすい。旅の途中の冒険者が小銭稼ぎに引き受けたりはするが、ダンジョンに足を運び始めればそれもやめてしまうので困っていたところ、パニッシャーが来た。それも、隣に居る相棒を連れてだ。
孤高のギルドラー、パニッシャー・ラングが誰かを相棒にした。その噂は半年ほど前に冒険者組合を駆け巡ったのだが、まさか、そんなことあるわけがない、と皆が一笑に付していた。ギルドマスター自身、同じように眉唾な話に笑っていたが、こうして目の当たりにしてようやく噂が真実であると知った。
パニッシャー・ラングはギルドラーとしても大変優秀だとは聞いていたが、その姿勢もまた噂通りだった。情報を集めている、対価に依頼をいくつか引き受けたい、と言われ、ギルドマスターは遠慮なく三つの依頼を頼んだ。
ダンジョン帰りの冒険者や品物の仕入れを終えた商人を狙う盗賊の討伐。
街はずれに居ついてしまった、ダンジョンで全財産を失った冒険者の立ち退き。
街の孤児院で流行っている風邪のための薬草の採取。
早朝、時間にして五時、依頼をしてからものの六時間程度、パニッシャーはそれを全て終えてきたという。盗賊の討伐証明が先程受付を騒然とさせた生首だったわけだ。盗まれた品物や奪われたものの一覧から、相手がそうであることは確認済らしい。それは後程改めて確認するとして、一先ず他の件も確認せねばならない。
「疑っているわけじゃないが、他の二件はどうやって?」
「街はずれにいた冒険者たちは、私を見て逃げていった。ギルドから改めて、生活を立て直さねば盗賊と同じ道を辿るとでも通告をすればいい。孤児院へは薬草を届け、飲ませ方を教えた。孤児院の依頼に関しては無料奉仕依頼、これ以上は私の管轄ではない」
態度が一貫している。ギルドラーは報酬が無ければ動かない。動かしたければ報酬を提示せよ。ダンジョンで富と名声を求めるギルドラーではなく、外専門で依頼を請け負うギルドラーはそれが合言葉だ。なるほど、腕がいい。惜しいな、これほどのギルドラーがいるならばパニッシャーに任命したい。だが、目の前の男は既にレパーニャという街でパニッシャー登録をしており、奪うことはできない。
「すみません、おかわり、ある?」
パニッシャーの横に居た相棒の男が空になった木皿を差し出した。傍に控えていたスタッフにおかわりを頼み、応接室を出ていくのを見守った。出された紅茶を飲んで一息つく相棒に、パニッシャーは聞き慣れない音で話し掛け、二人だけでわかる会話を行う。わはは、と笑う黒髪の男に小さくシールドが揺れる。悪い関係ではないのだと思うと、何が孤高のパニッシャーを変えたのかが気になった。尋ねてみるか悩んでいるうちにパニッシャーはどすりと足を組んだ。ギルドマスターはハッとして背筋を正した。
「近隣にあるダンジョンについて聞きたい」
「あぁ、そういえばそちらの、アルがカウンターで問い合わせていたそうだな。情報を渡すのはもちろんだが、外専門で有名なパニッシャーがダンジョンの情報とは、いったいどういう風の吹き回しなんだ?」
横に置いてあった紙束や本をテーブルに置きながら首を傾げればパニッシャーはシールドで隣を指した。
「相棒がダンジョン好きでな、いい機会なので付き合うことにした」
「なるほど。……ここメッティアの北にあるダンジョンは他と比べると道がわかりにくい。水辺が近いからか足元が濡れていたり、川が流れていたりと足場が悪いから気をつけてくれ。その分、綺麗な宝石や水に関わる素材が手に入る。美味い魚も。今書かれている地図の最新はこれだ」
複製だ、持って行ってくれ、と差し出せばパニッシャーより先にアルがそれを取った。じっと見てから目を細め、地図を離し眉間に皺を寄せ、また顔を近づける。アルは唇を尖らせた。
「わかりにくいです」
「あぁ、まぁそうだろうな」
ギルドマスターは苦笑を浮かべテーブルに戻された地図に指を置いた。
メッティアの近くのダンジョンは洞窟の中に入り口があるのだ。それもかなり深いところにあって、まずダンジョンの入り口に辿り着くのが大変なのだ。けれど、入りさえすればそこで富と名声がギルドラーを待っている。
「元々岩塩採掘のために人が入っていた洞窟だったんだ。ひょんなことからダンジョンを掘り当てて、水が溢れて、そこから冒険者の街として発展してきた。ダンジョン内で塩も取れるから、今はそっちの方で街も稼いでる。よかったらピッケルとか、一つ持っていくといい」
「なるほど、わかります。楽しそう」
「モンスターも出るから注意して、魔物もいるしな」
アルは首を傾げて相棒を眺め、またギルドマスターには分からない音で会話がされる。パニッシャーが言語に明るいことに驚いた。
ここではダンジョン内で現れるものをモンスター、ダンジョン外で出るものを魔物と表現するのだ。ダンジョン内のモンスターは倒されるとその肉体を失い素材と魔石を落とす。ダンジョン外の魔物も魔石を有するが、外の魔物の場合は肉体が残るため、解体をするか、心臓部分から手ずから取り出さなくてはならない。つまり、ダンジョン外では魔石だけではなく、肉も素材も丸のまま取れるのだ。
ダンジョンからモンスターが出てくることはない。だから、もし追われて逃げるのならば出口を目指せ、とギルドラーは言う。出ることさえできればモンスターを撒くことができる。外の魔物と同じようなものがダンジョンでも出たりするので、その生態の差がなんなのか、学者たちは研究を続けているらしい。ギルドマスターがこの世の不思議に腕を組んでいれば相棒と地図を覗き込んでいたパニッシャーに声を掛けられた。
「地図は一枚か?」
「えぇ、下層に向かうための階段や、ボス部屋などはまだ見つかっていない。何せ本当に複雑で、まだ地図が広がっているから、今後そういったものも現れるかもしれない」
そうか、とパニッシャーの静かな声に頷いて返した。ダンジョンについて分かっていることの書かれている本も開き、パニッシャーはそれを音読し、相棒に伝えていた。そうした手間を手間と思っていない姿には感心した。眺めていれば、パニッシャーのシールドがこちらを向いた。
「後は好きに調べて帰る。お前も自分の仕事をしたらどうだ?」
「あ、あぁ、そうだな、そうしよう」
ギルドマスターはそそくさと立ち上がって応接室を出ようとして茶菓子のおかわりを持ってきたスタッフとぶつかりそうになった。お茶のおかわりも丁寧に淹れてきたスタッフは、それを置いてギルドマスターと共に部屋を出た。階段を無言で降りていればスタッフがぽつりと呟いた。
「あの、ギルドマスター、カウンターの血まみれの机、……どうしましょう?」
それは弁償をさせるか、掃除をさせるか、という意味での問いだった。ギルドマスターは先程辞してきた部屋へ気まずい面持ちで再び戻り、すまん、弁償する、とパニッシャーから金貨を受け取った。
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