--:ある酒場の吟遊詩人
賑やかな酒場、あなたはそこで、隣り合う吟遊詩人に声を掛けられるだろう。
――やぁ、お隣失礼、見かけない顔だね。旅人か? ただの旅行者か? ギルドラーか? 他国では冒険者と言うのだったか。おっと、警戒しないでくれ。私はこの街の者だよ。疑うならその辺にいる者たちに尋ねてもらっても構わない。皆が口を揃えて答えてくれるだろう。私が、元々吟遊詩人なのに、この街の居心地がよすぎて居ついてしまった男だということをね。
――吟遊詩人に見えない? それは廃業してから長いからさ。結構、あちらこちらへ行ったのだぞ。この国フィオガルデは恐らく全土、隣国のレトキア、セルブレイ、キルトレイ、少し足を伸ばしてマッシャルタや、海が望めるタリアイレ……、それ以上に遠い場所まで、ね。
――ふふ、興味が沸いてきたようだな。いい顔をしている。酒場での会話はそうでなくては。酒の席に楽しい会話と美味い酒、それに吟遊詩人の歌は必須だろう? 安心してくれ、廃業しているから金はとらないさ。ただ、一杯酒があると喉の調子がもっと良くなると思う。
――はは! 君は話がわかるな。しかも上等なエールじゃないか、ありがとう、美味しくいただこう。乾杯! ……さて、何から歌おうか。君はどんなことに興味があるのか、教えてもらえるか?
――ふむ、なるほど、そもそも別のところから来ているので、ここのことが知りたい、なんでもいい、と……。悩ませてくれるじゃないか。では、こういうのはどうだろうか? 冒険譚だ。とはいえ、諸国を見て回り、その土地の美味に舌鼓を打つ、漫遊記でもあるがね。この国のことだけではなく、他の国のことも知れるのではないか?
――冒険譚や美味に目を輝かせる、か。いい趣味だ。君はどこか遠いところから来たのだな。そう、まるで世界そのものが違うような……。ふふ、取って食うことはないさ、そう逃げ腰にならないでくれ。さて、問題は何から歌うか、だな。冒険譚の始まりを選ぶのは楽しいが大変なのだ。ご要望は?
――まずはこの国について知れる冒険譚か、わかった。では、最初の詩はこれにしよう。ここフィオガルデの歌だ。場所はレパーニャ、登場人物は伝説と謳われたパニッシャーとその相棒の歌だ。パニッシャーってわかるかい? ならず者、不埒者のギルドラー……冒険者を処罰する、処刑人のことだ。これから歌う人物はフィオガルデだけではなく、他国でも冒険者組合があるところでは、とても有名なのだ。そして、とても強い。
――そんなに強いのかって? まぁ詩なのでね、ある程度面白味を増すように脚色はされているさ。けれど、私は真実を歌うことを信条にしている。ただ、まぁ、信じる、信じないはお任せするとしよう。物語として聞いてくれれば、とりあえず国のことは知れるだろう? ところで、君は先程から私の言っている、パニッシャーやギルドラーという言葉を知っているかな?
――知らないことを素直に聞けるのはいいことだ。詩が面白くなくなってしまうから、少しだけ補足しよう。ギルドラーとは、いわゆる冒険者のことだ。ここフィオガルデとその周辺国家では冒険者組合があってね、そこに属する者、という意味合いで、ギルドラーと呼ばれている。冒険者と呼ぶと他国の生まれなのがすぐにわかってしまうよ。注意したまえ。
――初めて聞いた? ふふ、そうか。では今、覚えたね。ついで言うと、二人組をバディ、要は相棒と呼び、三人からパーティと呼んでいるよ。もちろん、二人組でもパーティは組んでいるのだけれど、人数が分かりやすいように、というのと、ギルドラーになることは【いつでも死にますの証】だからね。信頼できる者だけと仲間でいたい、こいつのことは信頼している、という意思表示なのだそうだ。
――ややこしい? そのうち慣れるさ。おっと、話が逸れてしまったね。さぁて、夜は長いが詩も多い、君の名を聞いて始めるとしようか。何という名前なのだ?
――名乗るほどの者じゃない? ふふ、こういう時は偽名でもいいから名乗るものだ。旅の先で出会う友はいつか自身の鏡となる、と言うだろう? 知らないか? 旅先で出会った者にどう接するかで、いつか自分が逆の立場になった時、返ってくるものが違ってくるだろうという話さ。あぁ、また話が逸れてしまった! それで、名前は?
――うん、良い名だ。覚えておこう。では、始めよう。物語の始まりは、パニッシャーとそのバディが命を狙われるところからにしよう。なかなか驚きの始まりだろう?
――興味を持ってくれたようだな、ふふ、では聞き給え。パニッシャーという仕事はギルドラーを処罰、場合によって殺す仕事だからな、恨みも買う。そんなに強いなら勝って名を馳せたい、と思う者もいるのだ。だからこそ、パニッシャーの人生はいつだって血に塗れていた。けれど、そのパニッシャーはたとえ闇の中でも、血の中でも凛然と立った。自らの行動や言動に責任を持ち、責務を果たす姿に憧れてギルドラーを目指した者とて、多い。詩の始まり、最初の舞台はここフィオガルデの北部から始めるとしよう。
――さぁ、耳を澄ませるのだ。今あなたを冒険の旅に誘おうではないか。