8.坂本と詩織の初詣
詩織から連絡があった待ち合わせ場所に着く。
地元で有名な神社までの道は、三が日を過ぎても混雑している。
少し遠くに詩織の姿が見えた。
見失わない様に目で追うが、大輝の姿は見当たらない。
「お待たせ」
息を切らす私服の詩織が見慣れない。
「大輝は?」
「急な仕事が入って遅れてくるって。先に御参りしよう」
世間話しながら歩いていると、自然と歩くスピードが遅くなり混んできたのが分かる。
鳥居をくぐると、本殿まで参道を歩く人が列になってきた。
参道周りの屋台からはいい匂いもしてくる。
人の波にのまれないよう、詩織に声をかける。
「詩織、オレの前に来い。後ろからの圧がすごいから」
時折話しながら後ろを向く詩織と顔を近づけるから、なるべく意識しないように自然に振る舞う。
賽銭箱に賽銭を入れ、長くお願いをする詩織を横目に見ながら、坂本も手を合わす。
(今年はオレの分も詩織の願いを叶えてやって下さい…)
帰り道は並ぶ屋台を物色する。
たこ焼き、おでん、焼きそば、焼き鳥…。
イートインスペースに持ち込みテーブルに広げた。
「詩織、熱燗でいい?」
「うん」
詩織もお酒に強いので気を使わなくていい。
早速、寒空の下で乾杯する。
お酒が身にしみる。
「あぁ〜明日から仕事なんて考えたくないなぁ」
「考えちゃダメ。今日がまだあるから」
アルコールも入ってテンションが上がる。
2人して笑いの沸点が下がるから、いつもならなんでもない事でも笑ってしまう。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
いつの間にか日が西に傾いてきている。
ふと、坂本が時計を見た。
「あれ、大輝から連絡入った?年始でこんな時間まで仕事なんて大変だなぁ…」
最後は、独り言の様につぶやいた坂本に、詩織は何も言わなかった。
違和感を感じるが、詩織が話さないのなら、と聞くのはやめる。
必要ならば、きっと詩織から話すだろう。
「詩織、まだ時間大丈夫なら、お前の家近くの居酒屋寄って帰ろうぜ」
「焼き鳥屋?」
「あそこからなら、多少飲みすぎても歩いて送れるしな」
「明日会社だよ?」と詩織。
「だから、何?」と坂本。
2人して笑う。
「いいねぇ。その強気発言」
「2人とも明日の午前中死んでなきゃいいけど」
ほろ酔い気分がちょうどいい。
詩織の家の最寄り駅で電車を降り、店に向かう。