5.詩織の決断
詩織が、無言で坂本の機械に寄ってきて製品を梱包しだした。話し出すきっかけを探しているようだ。
「詩織の仕事の方はいいのか?」
坂本が優しく聞く。
「うん…急ぎの仕事の目処はついた」
器用に細かい製品を並べ、丁寧にポリ袋に入れる。おそらく坂本が梱包していたら、倍の時間がかかり、尚且つこんなにキレイに出来ていない。
「坂本…昨日はありがとう」
詩織の消えそうな声にも反応する。
「大輝と話が出来たか?」
詩織が無言で頷く。
「沢山、沢山話をして、大輝を信じてついて行く事にした。先の事を考えると、まだ不安は残るけど…」
「そうか…」
覚悟はしていたが、心にぽっかり穴が空いて次に続く言葉がなかなか見つからない。
「先に大輝が行って、私の居場所を作っておいてくれるって。多分、年明けて1ヶ月後位に私も向こうに行く事になると思う」
気持ちを悟られないように、坂本が工場内を見渡す。
「ここも2人も居なくなったら寂しくなるな」
詩織が久しぶりに笑顔を見せる。
「坂本は課が変わるだけだし、それにまた新入社員が入ってくるよ」
「そうだな…」
人が変わっても仕事は続く。
「まぁ、詩織以上に梱包が上手いやつは入ってこないと思うけどな」
「そっかな」
「ここ辞めてもさ、手先が生かせる仕事が見つかればいいな。別に大輝の家の仕事手伝う必要ないんだろ?」
「うん…大輝は家を継ぐけど、今のところ私までは必要ないって聞いてるから、向こうで新たに仕事見つけるつもり」
「詩織…」
「ん?」
次に続く言葉を飲み込み、変える。
「お前なら大丈夫だよ。どこでもやっていける」
「うん」
そう言ってニッコリと笑う詩織を、1枚の写真のように撮っておきたいと思う。
正月なんて、あっという間に来る。
この前、満開の桜の下で花見をしたと思ったら、今はもう枯れ葉が舞っている。
(もし向こうでうまくいかなかったら、いつでもいいから戻ってこい)
飲み込んだ言葉が、テレパシーのように詩織に届けばいい。
その言葉を糧に詩織が生きていけるのなら、余計に届いて欲しい。