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40.詩織

「実、詩織さんからコーヒー豆届いてるよ。ちょうど今日銀行行くから代金と振込用紙くれれば、振り込んでくるけど」

出社前の朝ご飯で2階から降りてきた所に、母親から声をかけられ宅配便の袋を開ける。

コーヒー豆のいい香りがする。


「結局夏休みに買ってきた時もオレはほとんど飲んでないんだぜ」

「あっ、お父さんと私がちょいちょい飲んでるわ。やっぱり豆から挽くと美味しいからね〜」

「今度から2袋買おうかな…」独り言をつぶやく。


「あれ?」

コーヒー豆と恒例の近況報告の手紙を取り出し、袋をひっくり返す。

「どうしたの?」

「振込用紙が入ってない。詩織、入れ忘れたのかな」


近くにあった携帯から、メールする。

開店時間を考えると、詩織はまだ寝てるかもしれない。

すぐに返信がある。

管理者メールで〝無効のメールアドレスです〟

この前の詩織のメールから返信したのを確認する。


変な汗が出てきて、詩織の携帯に急いで連絡する。

〝この電話は現在使われておりません〟


机の上の手紙に目を落とす。いつもより便箋の枚数が多い…

「どうしたの?」

異変に気付いた母親に声をかけられるも、返事をせず便箋を手に取りおそるおそる開いた。




坂本へ


この手紙を読んでいる頃には、私の居場所だった喫茶店はもう無いと思います。

突然の話しでビックリさせたよね。

もしかしたら、勘のいい坂本の事だから予測出来てたのかもしれない。


8月のお盆に一度来てくれた後、台風がきたの覚えてる?

あの台風で古かった喫茶店のあちこちが痛み、修繕を余儀なくされました。前に坂本も指摘した、雨漏りも酷くなったの。


マスターはお金をかけてでも直してお店を続けたい、と最後まで頑張ってくれたんだけど、娘さん夫婦に反対されちゃった。修繕費も結構な金額だったし、マスターもいつまで働けるか分からないのにって。


お店の権利はいらないから、私に店を続けさせて欲しいって頼んだんだけど、全然相手にされなかった。

後で聞いたんだけど、娘さん達、まったく音沙汰なかったのに、事業に失敗してマスターを頼ってこっちに引っ越してきたんだって。


結局、喫茶店は閉めることになり、取り壊すまで話が一気に決まりました。海も近いし駐車場にした方が儲かるだろう、って。


これからどうしよう…って途方に暮れた時に、マスターが前に話していた事を思い出したの。

喫茶店を開店させる時に、気に入っていた店があって、その店をイメージして店を造ったって。

その店はマスターの生まれ故郷にある店だって。


詳しくもう一度話しを聞いて、イメージが出来たから、周りにどう報告しようかと考えつつ、資金を貯めようと求人情報誌を読み出した時、マスターとママさんが私のアパートに来たの。

「詩織ちゃんには色々迷惑かけて申し訳なかった」って、ずっと謝られちゃった。


残念な結果にはなったけど、私はあの店が好きだったから働けた事に後悔はないです、と伝えたよ。

最後に気持ちだけで申し訳ないけどって、マスター達から寸志を頂いてしまったの。


お金が入った封筒を前に、私は自分の心に問いかけた。

自分は今何がしたいのか、自分に正直になろうって。


今、この手紙は引っ越しの手配も済んだアパートで書いてます。

明日から、喫茶店の取り壊しが始まるはず。

その姿は見たくないので、この手紙とコーヒー豆を送ったら私はマスターの生まれ故郷に向かいます。

そこで勉強させてもらって、あの喫茶店の様な店を作りたいって夢に向かいます。


決心が揺らがないように、今までの事をここに置いて行くつもり。気持ちも全部。

それで新たな詩織になって、堂々とまた坂本と大輝に会いたい。

私の小さなプライドがどこまで続くか分からないけど。


しばらく、連絡が取れないと思います。

でも、絶対に忘れないから、必ず戻ります。

それまで、体に気をつけて坂本も頑張って。

最後に、美咲ちゃんの事大事にしてあげてね。


木村詩織





一気に読み上げて、顔を手で拭った。手紙を拾い上げて母親が読んでる間に大輝に電話する。


「大輝、悪いけど今日どこかのタイミングで一度喫茶店見に行ってもらえないか」


電話を切っても身動き出来ずにいる坂本に母親が声をかける。

「実はどうするの?」

「今日は仕事だし今度の休みにでも行ってみるよ」


母親が送り状を確認する。送付日は昨日の日付だ。

「実、あんた様子見に行ってきなさいよ。どうせ気になって仕事にならないでしょ。

仕事の代役は他の人でも出来るけど、詩織さんは実に手紙を送ってきてるの。もしかしたら気が変わっていて会えるかもしれないじゃない。

それに今日から解体するなら、マスターも来るんじゃないかしら。詳しい話が聞けるかもしれないわよ」

母親の言葉に、頭を上げる。


「…確かにそうだな。会社には連絡して喫茶店行ってみる」


急いで朝食を押し込み、最短で準備する。

詩織に会えることを願って…。



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