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32.悪い予感と大輝

久しぶりに大輝から連絡があった。

恒例になった中間地点の店で落ち合う。

2人で、と聞いた時から悪い予感しかない。


とりあえず、ビールで乾杯する。

まずは大輝の仕事の様子を確認する。


オヤジは自宅療養になったが工場に出る事はもう難しい。予定通り決算が終わり、新しい期になったら大輝が代表になる。オヤジの看病が大変なので、お袋もリタイアしたいと言っている…。


「必然的に詩織は工場を手伝うのか、の話になったのか」

聞きながら坂本がビールを呑み干す。ピッチが早いのは大輝も同じだ。

お互いに2杯目のおかわりを頼む。


「詩織にその気がないのは分かっていたから、早い方がいいと思って、まずはお袋に伝えた」

「どうやって?」

「詩織には別にやりたい事が出来た、だから工場は手伝えない。お袋の仕事を引き継いでくれる人を補充して欲しい、って」


「そしたらお袋さん、何て言ったんだ?」

「お前達、結婚するんだよね、って」


大輝が黙り、ジョッキをテーブルに置く音だけがした。

料理を大輝の小皿にも分けながら、2人ともしばし無言になる。


「…結婚する気持ちはあるのか?」

そっとつぶやく様に話す坂本の質問に、大輝は俯いたまま、見たことのない顔をした。


「詩織と結婚するつもりで、こっちに連れてきた。その気持ちは嘘じゃない」

「オレも大輝を信用しているから、詩織を連れて行くように頼んだ」


「坂本、お前の事だから気付いたと思うけど、この前会ったあたりから、詩織とオレは違う方向を見ている。いや、実際にはもっと前からだったかもしれない」


坂本がビールを飲み切る。日本酒を大輝の分も一緒に頼む。


「2人とも関係性の変化に気付いていたんだよな。今までにお互いに歩み寄る様な話は出なかったのか?」

「歩み寄ろうにも、どうするのが正解だったのかが分からないんだ。

詩織の喫茶店を応援する事だけならオレにも出来る。でも詩織がオレを応援してくれても、オレの本音が、詩織に工場を手伝って欲しいと願っている以上、その応援は届かないんだ」


「お互いに譲る事が出来ない壁なんだな、詩織は自分の居場所。大輝は家業を継ぐ…」


「詩織に、自分の居場所を探させてしまったのは、オレに責任がある。今思えば、その時にもっとお互い本音でぶつかっていたら、何か変わったかもしれない」


日本酒に変えた途端に、胃にしみる。

でも呑むのを止められない。


「…大輝と詩織の中では、今、何か話が出ているのか?」

「喫茶店が繁忙期になった辺りから、詩織がだんだん帰って来なくなってる。喫茶店で寝泊まりしているみたいなんだ」

「そこまでなのか?」


まさか詩織が帰ってきてないとは思ってもみなかった。想像以上で、どうしたらいいのか分からず戸惑う。


「もう、修復は無理か?」

「坂本、応援してもらっておきながら申し訳ないが、今は離れた方がお互い幸せだと思う」


「詩織の事はもう好きじゃない…?」

坂本の質問に大輝が困った顔をする。

「いきなり愛情がゼロになるわけじゃない。ちゃんと食べてるか、とか心配はしてる。でも、もし詩織に〝好きな人が出来た〟と言われて、そいつがすごくいいヤツだったら、祝福する位の気持ちにはなってる」


坂本は深く、長く息を吐いた。

心の中のイヤなものが抜けてくれるように…


「詩織はお前に幸せにしてもらいたかった…」

声を絞り出すようにやっと伝える。


「詩織もオレもまだ考え直せる年齢だったんだ。幸か不幸か」

「一度ちゃんと詩織とは話し合いするよな?」

「もちろんそのつもりだよ。近い内に詩織と連絡取る。詩織の荷物の事もあるしな」

(…大輝はすでに荷物の心配をするんだな)

どうしようもない感情が坂本を襲う。



帰りの電車の中はさっきまでの大輝の話で頭がいっぱいになる。

大輝の中ではもう詩織とは終わったかの様だった。

さすがに家に帰ってこないとなると、だんだん大輝も自分の気持ちを整理するために、そうせざるを得なかったのだろう。

それが、大輝自身を保つ為の方法だったのかもしれない。


改札口を通り、いつも通りに見慣れた車を探す。

助手席に座ると、やっぱり美咲を抱きしめ、少し強引にキスをし、また抱きしめた。

「会いたかった」

美咲はいつも通りに、背中に手を回して撫でてくれる。

「見覚えがある光景ですね」

「今日は泣いてないだろ?本当は泣きたい位の気持ちだけど…」


美咲が体を離して、坂本に問いかける。

「何かあったんですか?」

美咲の頬を撫でると、涙が出そうになる。

「今日はずっと一緒に居てくれないか。

弱っている姿を見せるかもしれないけど」


美咲は黙ってうなずいた。

「寄り添いますから、泣いてもいいですよ」


美咲の髪を撫でる。


早目に詩織に会いに行かなくては、と思う。



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