30.坂本の出張
峯野くんにも応援されての初めての出張は、既存のお客様の会社を訪問する。
一度でもお取引頂いた事があるお客様だけなので、新人でもまだ気が楽だ。
情報交換して新しい商品を紹介させてもらう。
「坂本、地図は持ったな。何かあれば連絡よこせよ」
鈴木主任は最後まで心配してくれる。
「大丈夫っす。頑張ります」
今回は、一泊二日の予定だ。
車移動だが移動時間も考えると、結構タイトなスケジュールになっている。
梅雨空の中、安全運転を意識しながら順調に予定をこなしていく。
3件目の午後1番目の訪問先は、過去に一度だけ取引がある。ここ数年は、アポイントが取れなかったと鈴木主任が話していた。
受付で名刺を渡し、担当者を待っていると何かザワザワしている雰囲気を察した。
アポイントの時間を間違えたのかと、腕時計を見るも間違えてはいない。
坂本の名刺を持って受付まできた初老の男性が、名刺を出した。
「ここの工場長をしてます、金山です」
「頂戴します」
「ちょっとゴチャゴチャしちゃってすみません、実は〝坂本さん〟のお名前だけで、よく来る別の会社の坂本さんと間違えてアポが入っちゃってまして…」
「そうだったんですね…」
(会社名を聞き漏らしたんだな…)
「もしお時間があれば、せっかくですので新商品のご紹介だけでも…」
「どうぞ、こちらへ」
入口近くの応接室を案内される。
持参したサンプル帳を見せながら、従来の材料との違いを説明する。
我ながら上手く説明出来たと少し胸を張る。
「実は一度だけ御社に製品をお願いしたんですがね…」
優しそうな金山さんが口を開き、発言に耳を傾ける。
「製品の出来栄えに大変満足したものですから、2回目の注文をしたんですよ」
「はい」
…坂本の記憶では1回のみの注文なので不思議に思う。
「そうしたら、うんともすんとも返事が来ない。もしかしたら注文書のFAXがついてないかと思って、確認の連絡をしたら〝あっ、忘れてました〟と軽く言われてしまいまして…」
「そうだったんですか!いや、それは大変失礼致しました」
その場で頭を下げる。
「いやいや、人間だから、ミスはあると思うんですが、ミスをしてからの対応で人間性が出ますよね。…結局製品は届かず、ご連絡も頂けず、もう御社にお願いするのはやめよう、となったんです」
「だから私の名刺で驚かれたのですね」
「えぇ、お電話もつながないように周知してあったのですが、御社名を聞き漏らし、坂本さんのお名前だけで、電話を取った者も訪問を了承したようです」
「そんな過去があったとは知らずに、申し訳ございませんでした」
「いや、坂本さんが悪いわけではないですから…」
優しそうな金山さんに、少しでも信頼を回復したくてお願いをしてみる。
「せっかく製品は気に入って頂けたのに、私としてはこの結果は残念でなりません。もしご迷惑でなければ、これも御縁だと思って、今後も近くに来た際には寄らせて頂けないでしょうか」
金山さんは、坂本を品定めするようにジッと見た。
「確かに何かの縁があるかもしれませんね。
それにあなたの説明は分かりやすかった。まずは〝坂本さん〟あなたを信用してみます。
実は新しい製品を開発する予定があるので、早速相談にのって頂くかもしれません」
「ありがとうございます、是非よろしくお願いします」
…車を運転しながら、金山さんの話を思い出す。
営業社員1人の対応で、その人のみならず、会社全体の信頼を失う。
窓口となる自分の立場の重圧をヒシヒシと感じていた。
今日最後の訪問先の駐車場に車を停めた時に、ふと数台隣の車が気になったが、約束の時間が迫っていたので、先を急いだ。
提案も無事終わり、玄関先まで見送りに来てくれた年齢が近いであろう購買の担当者に最後の挨拶をする。
駐車場に目を向けた途端に、気になっていた事を思い出し、引き返す。
〝余計なお世話かもしれませんが…〟と前置きし、
「あの左から3台目に停まってる車…」と駐車場を指さす。
「多分タイヤがパンクしてます」
「えっ?」担当者も身を乗り出す。
「相葉さんの営業車かな」
「もしよろしければ、私これで仕事終わりなのでタイヤ交換しましょうか。ちょうど体を動かしたかったんです」
坂本がにこやかに告げる。
慣れた手つきで、スペアタイヤと交換する様を、相葉さんが横で手伝いながら見守る。
「ホント、助かります。ボクこういうの苦手だし、もう少ししたら出掛ける予定だったから…」
「逆にボクは車が好きで、こういうの得意なんで…。はい、出来ました」
借りた軍手を返しながら、後片付けをし、聞かれた今日の訪問目的を話す。
「坂本さんに今日の借りを返したいから、また仕事の依頼をします」
「嬉しいですが、好きでやった事なので、あんまり気にしないで下さい」
相葉さんに別れを告げて、今日の宿泊先へ向かう。清々しい気分で今日が終われるのが嬉しい。
夜、寝るだけにして美咲に連絡する。
今日あった事をお互いに話す。
美咲の声が気持ちよく耳に届く。
「美咲、あのさ」
「ん?」
「今日初めて1人で営業してみたけど、仕事って楽しいな」
「製造の時より合ってる?」
「営業は目の前でお客様の反応が見られるし、自分に正直でいればその分返ってくるんだ」
「そっか」
「オレさ、思いっ切り仕事していい?」
美咲が笑う。
「もちろん!」
「ちゃんと美咲の事も大事にするから」
「私も寂しいときは、ちゃんと言うから大丈夫」
坂本の視線の先には、お揃いの色違いの保冷ボトルがある。これからの夏に向けて、美咲も喜んでくれるはずだ。
「明日はね…」坂本と美咲の会話はまだ続く。




