2.みんなの坂本
「営業の橋本さん、何だって?」
あまりいいウワサを聞かない人だから、だいたいは想像がついている。
「急ぎの案件だから、今の仕事を後回しにして先にこっちを優先させろって」
詩織が、加工依頼書をチラリと見る。
「あの人、女の人には平気で無理な事言ってくるよな」
「人を見るんだよ」
坂本が自然と詩織の機械に入る。
慣れた手つきで、依頼書を見ながら機械の操作をし、材料をセットする。
最初の試し打ちをし、製品を確認する。
しっかり出来ているのを見届け、詩織と場所を入れ替わる。
「厚い材料だから、切れを確認しろよ」
「分かってる…ねぇ、また橋本さん戻ってきたよ」
出入口が背中側なので、坂本には見えない。
振り向かない代わりに詩織が実況する。
「美咲ちゃんの方に向かって行った…。同じ機械を間宮さんもやってるのに、絶対男性社員には声かけないんだから」
「女なら威圧的に言えば、無理も通ると思ってんだろ」
「最低なヤツだよね」
詩織の不服そうな顔を見て、つい口走ってしまった。
「大輝は、そんなヤツじゃないから良かったな」
不意に出た名前に詩織が少し戸惑った。
「大輝は確かに優しいけど…」
「おぅ、あいつは男から見てもいいヤツだし、同期の中では一番出来がいい」
「でも、なんで今、大輝の話?」
「特に深い意味はない。それより橋本さん行った?」
「もう出ていった」
坂本が後ろを振り返る。
確かに居ないようだ。
「美咲の機械も見てくる。1年目に急ぎの仕事ねじ込むなんていくらなんでも鬼だろ」
後輩社員の心配をし、坂本が様子を見に行く。
そんな様子を見ながら、詩織はつぶやく。
「結局、坂本はみんなの坂本なんだよね…」
「美咲、大丈夫か?」
坂本に声をかけられ、少しホッとしたようだ。
「やった事がないパターンなので、誰かに聞かなきゃ、と思ってました」
小柄な彼女がまた小さく見える。
「無理な事を言ってくる営業の人だからさ、出来ないなら出来ないって言った方がいいぞ」
依頼書を見ながら、プログラムを設定する。
「坂本さん、そのプログラムどこから出しました?」
メモを取りながら聞く美咲に、もう一度操作方法を見せる。
「美咲は真面目だよな」
「出来ないって言うの、悔しいじゃないですか」
イメージとは違う美咲の言葉に、坂本はクスッと笑う。
「頼もしい後輩で助かります」
「茶化してないで、プログラム以外の所も教えて下さい」
坂本が一度実演し、美咲にも実際にやってもらう。
まだピンときてなさそうな所は、図を書いて説明する。
完璧に理解出来たと判断した時に、美咲に後は任せる。
「また助けて下さい」
「はいよ」
自分の機械に戻りながら、今からやるべき自分の仕事を思い出す。
急ピッチで機械をまわさないと、また残業になる。