14.詩織のメール
運転席に座ると、やっとこれからプライベートな時間になると実感する。
寒いので先にエンジンをかける。
助手席に置いた、義理チョコの紙袋数個と美咲のチョコレートを見る。
携帯を開き、詩織からのメールを確認する。
新しい仕事が決まって雑貨屋で働く事になった事、大輝との休みが合わなくなったが、平日休みに最近見付けたお気に入りの喫茶店に通っている事、寒いから体調を気にする文章で終わっていた。
詩織は少しずつ環境の変化に慣れ、前に進んでいる。
自分もそろそろ前を向かなければいけないのだろうか、と坂本は思う。
去年のバレンタインデーは、詩織から手作りの抹茶の生チョコとクッキーを貰った。
大輝は甘いものが好きではないから、と会社帰りに一緒に味見した。
休憩室で一緒に食べたチョコレートが美味しくて、おかわりをしようとする詩織を制した。
「詩織、作った時に味見してるんだろ?」
チョコを抱え込んで、これ以上食べられないように守る。
「作った時より美味しいから、もう1つちょうだい」
お願いの仕方が可愛くて、すぐに負けた。
一緒にクッキーも食べる。
ホワイトチョコも入っていて美味しかった。
「詩織、お菓子作りも、ラッピングも器用だから上手いよな」
「坂本なら喜んでくれると思った」
1ヶ月後のホワイトデーは、大輝も一緒に3人で呑みに行った。
帰りに美味しいと聞いたワインをお返しであげた。
「高そうなワインだけどいいの?」
「その代わりにまた来年、抹茶のチョコとクッキー作って」
あの時、詩織は快諾してくれた。
〝今年のチョコとクッキーがまだ届かないけど?〟
メールしようかと思うが、留まる。
もしかしたら、偶然会った美咲にその代わりを託したのかもしれない。
1年後に、こんな未来が待っているとは知らず、過ごしたあの時を、もっと大切にするべきだった。
今なら分かる、あの貴重だったひと時を。
大切にしておきたい事が全て思い出になっていく。
儚さで胸が締め付けられる。
思い出もまだ熱いうちは、自分ではどうする事も出来ない。
冷めたら、心の中に整理して保管しよう。




