1.よく似た彼女
最近ウチの今泉秀人の様子が何か変だ。
やたらと現場事務所に行く。
頼まれてもいないのに、先輩の材料出庫依頼には手を上げる。
(資材課に何かあるな…)
ある日、隣の資材課の課長が内線をかけていた。
〝向井さん居る?〟
その声に、秀人が反応した。
(ほぅ、秀人のお目当ては向井さんか…)
向井さんと言えば、入社試験の面接で初めて彼女を見た。パッと目を引くような目立つ女性ではないが、周りを癒す様な可愛らしい柔らかい雰囲気を持っていた。
しかし、いざ面接を始めると、緊張しながらもしっかりビジョンを捉えた受け答えをし、芯のある女性だと思った。
実際に、手元にある資料の筆記試験の結果は、かなり優秀だった。
資材課に配属されてからも、時折ウワサは聞いた。
かなり頼りにされる人材で、材料の事は向井さんに聞くのが早いと営業課でも周知された。
ただ本人は自覚も欲もなく、定時で帰ってしまうというのも、合わせて周知されていた。
社員旅行の時、秀人が向井さんを目で追っているのが分かった。
秀人に気があるであろう、何人かの女性社員の相手をしても、自分から行動するのは向井さんに対してだけだった。
(なかなか可愛いヤツだ)
離れて見守りながら、部下を思いやる。
秀人が出張から帰ってきた次の日、未処理の注文書が見つかった。
材料倉庫に行った秀人が、少し興奮して材料を持って帰ってきた。
「在庫だけでは足りない分を、サヤさんが探してくれました!」
「土曜日なのに、向井さん出勤してたのか?」
「はい。現場事務所に明かりが点いていたので、覗いてみたら居ました」
いつもニコニコしているが、今は更に嬉しそうだ。
「お前、今日ツイてるな」
「僕もそんな気がします!」
機械の電源を入れる為に、工場に移動する。
(あいつ、いつの間にか〝サヤさん〟と呼ぶ仲になっていたのか…)
自然に笑みがこぼれる。
一旦デスクに戻った秀人が、帽子を被った向井さんを連れて工場内へ戻ってきた。
彼女を包み込むように誘導する秀人は、かなり向井さんに惚れていると分かる。
「さっきは秀人が世話になったみたいで…」
と挨拶すると、〝いえいえ〟とこちらを向いて笑い、秀人と顔を見合わせた。
向けられた笑顔を見た時に、楽しそうに愛らしく笑う子だな、と思った。
そして2人は端から見てもいい雰囲気だ、と思う。
製品を梱包しながら、出張中の報告を受ける。
秀人は、かなり骨のある、仕事に対しても前向きな社員だ。
男性には珍しく、細かい所まで気が利くので、相手の気持ちを理解するのも早い。
営業においては、引き際をよく理解しているので、お客様とのコミュニケーションもかなり上手く取る方だ。
報告を受けている間、向井さんは黙々と邪魔にならないように梱包作業を続けている。
その場の雰囲気を壊さない彼女の立ち回りと、仕事の内容をすぐに把握する回転の早さに感心すると同時に、頭の片隅にあった隠していた部分が鮮明になってくる。
特に、伏し目で梱包している向井さんの顔が、彼女を思い出させる…
「お前、アレか、まだ麻生とデートしてないのか?」
秀人と向井さんの目が一瞬合う。
デートの予定を否定する秀人に追い打ちをかける。
「そうかぁ、オレは風の噂で聞いてたけどな、ねぇ、向井さん」
「聞いてました」
平然と答える向井さんに、秀人がしかめっ面をする。
(ほら、麻生のアピールは向井さんの耳にも入っているから、ちゃんと否定しておけ。向井さんを安心させてやらないと、次のステップには進めないぞ。
それにしても、オレの質問にノリ良く答える所も彼女とよく似ている…)
機械の電源を落とすために、工場内に残った。
シンと静まり返る中、彼女がそこに居るような錯覚を起こした。
(詩織、オレはまだここにいるぞ…)
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坂本が大学を卒業後入社してすぐは製造課に配属された。
元々機械いじりが好きだったし、工業系の学校を出ていたのもあって、機械のクセを掴むのは人一倍早かった。
1台の機械につき1人の担当が着くが、2年目ともなると、他の人が担当する機械も一通り操作出来るようになり、製品は誰よりも早く指示通りに加工した。
少し位の機械の不調なら、技術課を呼ばなくてもいいのでベテラン社員にも重宝された。
「坂本、ちょっと見てくれない?」
声をかけられ、同期の詩織の担当する機械へ移動する。
「詩織は、ちゃんと機械の声を聞けよ。今、お前の機械は〝スピードが早いよ〟って言ってるだろ」
いつの間にか、機械に不具合があった時に質問を受けるようになっていた坂本は、詩織の横を通って、プログラムを操作する。
詩織は「そっか」と言い、機械の設定は坂本に任せ、出来上がっていた製品を梱包する。梱包は、坂本より数倍うまい。
「定時になるし、またいつものようにしようぜ」
「坂本が2台の機械を動かして、私が両方の梱包にまわるやつね」
「オレ達が一番早く終われる、お約束体制!」
「週末だし、さっさと終わろっ」
時計は17時を差し、終業のチャイムがちょうど鳴った。
「そっちは何時頃終わりそう?」
休憩室近くで声をかけてきたのは、設計課の高野大輝、同期だ。
自販機で無糖のコーヒーを買う。
その場で一気に飲み干す。
「詩織の機械を自動設定にして、オレの機械も見ながらあと1時間かな」
「梱包はいつも通り詩織?」
「適材適所で。そっちは?」
「キリがないから、オレもあと1時間で上がるよ」
「伝えとく」
誰も居ない通路を〝ふぅ~〟とため息をついて工場へ戻る。
「坂本も一緒にご飯行かない?」
詩織に誘われるが首を横に振る。
「電源は切っておくから、早く行ってやれ」
「…ありがとう」
荷物をまとめるとにこやかに笑い、出ていく詩織を目で追う。心なしか足取りも軽やかに見える。
機械の電源を落とすと、週末で誰も居なくなった工場内の静けさが増す。
さっきまで居た、詩織の残像が見える。
断ち切るように、工場内の電気を消した。