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第31話「試合開始」

 午後八時三十分。満月に照らされたシンドウアリーナは満員御礼だ。試合開始を待ち侘びた観客たちが発する地響きのような歓声が巨大な会場を揺らしている。

 サークルの東側に設置された休憩席に、シンドウは座っていた。戦装束には五百年前、自らとマリアを封印した時に身に着けていた黒い野戦服と黒いローブを選んだ。

 ユーリを伴って西側の休憩席に座るマリアも、シンドウと似たデザインの黒いローブと野戦服を戦装束としている。

 東側の休憩席と西側の休憩席は直線距離で二百メートル以上離れているというのに、マリアの戦意が減衰することなく伝わってくる。

 まるで剣。まるで槍。まるで戦斧。魔術を極めた者のみが発する特有の気である。

 ナルカミジムのスタッフジャンパーを着たイズナは、袖の上から二の腕をさすりながら身震いしていた。


「すっごいプレッシャー……気絶しそうだよぉ」


 出会った頃ならともかく、現在のイズナの実力は紛うことなき達人の領域。

 達人故、己よりさらに格が上の達人の恐ろしさを理解できてしまう。強者だからこそマリアの意志力に当てられているのだ。


「心配するな。あれは俺へのあいさつ代わりだ」

「シンドウさんは平気なの!? なんか殺気ぃー! って感じだけど!」

「慣れてるからな。あの程度は、修行時代からしょっちゅうだ」

『両選手、サークルへの入場準備をしてください』


 アナウンスが流れると、シンドウは椅子から立ち、イズナに向かって拳を突き出した。


「よっしゃ行ってくる。頼むぜセコンド」

「うん。行ってらっしゃい。シンドウさん。絶対勝ってね!」

「任せろ」


 シンドウが拳を軽く突き出すと、イズナは拳でタッチしてきた。

 この子に出会ってから三ヶ月半。どれほどの勇気をもらえたか分からない。

 さぁ、これがシンドウ・カズトラ、最初で最後の大舞台だ。


『会場並びにテレビ中継ネット配信視聴者の皆様! お待たせしました! 本日エキシビジョンマッチで激突する両選手を紹介します!』


 東側休憩席の転移用魔術陣を踏んでサークル内に転移したシンドウは、笑顔で右拳を掲げて客席へアピールする。


『まずは東側から入場しますはシンドウ・カズトラアアアアアアアアアアアアア!』


 実況者にコールを合図に、龍の咆哮をも掻き消さんばかりの歓声が会場を飲み込んでいく。


『五百年前に活躍した伝説の魔道師! 操る魔術の数は、千を超えると謳われる生きた魔術辞典! 最強の存在が今夜のエキシビジョンマッチで五百年の時を経て復活します!』


 シンドウの紹介が終わるのを待ってから、マリアはサークルへ転移してきた。

 両手を振りながら観客に笑顔を送るその姿は、一見すると可憐だ。しかし内に秘めたる闘志がシンドウにだけは伝わってくる。魔王と呼ぶにふさわしい灼熱の劫火だ。


『続いて西側から入場しますは魔王マリア・マウスウェルウウウウウウウウウ! 五百年前、魔族軍を率いてシンドウ・カズトラと相対した伝説の魔道師! マギシングサークルの母であり、国際マギシング協会の常任理事を務めています! 四十年前までは選手としてもたびたびサークルに上がり、公式戦の戦績は十七戦全勝! 今回のエキシビジョンマッチは実に四十年ぶりの試合となります!』


 サークルの中央でシンドウとマリアは相対する。改めて手の届く位置で向き合うととてつもない圧迫感だ。魔王の牙は五百年前と比較して鈍るどころか、より鋭利に磨きあげられている。

 睨み合うシンドウとマリアの間にレフェリーが転移してきた。


「本試合はエキシビジョンマッチです。勝利敗北共に公式記録としてはカウントされません。フリーノックダウン制。一ラウンド三分の合計十ラウンド。休憩時間は一分。十ラウンドで勝負がつかない場合、判定で勝者を決めます。判定でも同点だった場合は引き分けとなります。それでは両者構えて!」


 レフェリーの指示を受けたが、シンドウとマリアは両者共に構えを取らなかった。両手をローブのポケットに突っ込んだ無防備な姿勢である。

 訝しげにするレフェリーだったが、注意をすることはなかった。


「ファイト!」


 レフェリーが転移してもシンドウは動かなかった。鏡合わせのようにマリアも動きを見せない。熱狂に包まれていた会場は、困惑から生じる静寂に包まれた。

 先に動いたのはシンドウだった。


「マリア」


 構えは取らない。両手をポケットから出して悠然と歩いてマリアに近付く。

 マリアも迎撃の動作を取らず、ローブのポケットに手を入れたままだ。

 両者の間合いが詰まり、お互いの手が届く距離に入ると、シンドウは右手を差し出した。


「いい試合にしよう」


 握手を求めると、マリアは笑顔でローブのポケットから右手を出した。


「ええ」


 シンドウの手にマリアの手が触れた瞬間、手を強く握り、力任せに引き寄せた。マリアは踏ん張りを利かせて堪えようとする。すかさず身体ごと当たりに行くと、マリアは体勢を崩した。

 マリアの右腕の関節を極めながら地面に引き倒し、がら空きになった喉に足刀を落とす。

 直撃すれば致命傷。だがこれをまともに喰らってくれるほど容易い相手ではない。自由な左腕を盾にして足刀を受け止めると、尖らせた唇から炎を吐き出した。

 ガスバーナーのように集束された細長い火炎を、シンドウは上体を反らして回避する。炎が前髪の一部を掠め、毛先の焼ける匂いが鼻腔を刺した。

 二撃目の足刀を振り下ろそうとした矢先、マリアが翠色の燐光が包まれ姿が消えた。同時にシンドウの鼻先に大木のような石柱が突きつけられる。一本だけではない。数十の石柱が一斉にサークルからせり上がっている。

 堪らず後方へ飛び退いたシンドウだが、石柱の猛攻は止まらない。


「ちっ!」


 右手の指先に魔術を構築。弾いて鳴らすと目に見えない魔力の波動が中空に波紋を広げ、石柱をまとめて粉砕する。だが安堵の間はなく、視界の左端から青い光が差し込んだ。

 頭を振るとマリアの両手の間で凝縮された魔力球が輝いている。両足を肩幅に広げ、腰を落として反動に備えた構え。レイジングフラッシュだ。

 シンドウは手を合わせ、複数の魔術を同時構築。手を開くとまずは黒煙が噴き出し、サークルを瞬く間に支配していく。続いて地面に手を突き、黒煙に紛れてその場を退避した。


「逃がさない!」


 マリアが両手を突き出すと極大の魔力熱線が放出された。その出力は天才ユーリ・ストラトスの上を行く。だが熱線は黒煙に潜むシンドウを捉えることは叶わず空を切った。放出の勢いで黒煙の大半が吹き飛ばされるも、すでに役目は終えている。

 黒煙が視線を遮った一瞬の間にマリアの背後に回り込み、右のストレートを繰り出した。並の魔道師ならば対応できないはずの奇襲をマリアは踵を返しつつ、上体を翻して避ける。彼女は、そのまま回転の勢いを活かして、左の裏拳をシンドウの鼻っ柱に叩き込んできた。


「硬っ!?」


 マリアの顔色が曇る。その打撃音は、人体を打ち据えた音ではない。岩石を殴りつけたような鈍い音階だ。続いてシンドウの姿がぐにゃりと歪み、ベールを剥がすように下から現れたのは人型の岩の塊であった。


「岩人形! 幻影魔術!?」


 驚愕するマリアの背後から、石畳を割り砕く音が鳴る。マリアが振り向くと、そこには刹那の光刃を手にしたシンドウの姿があった。地面には人が一人入れる程度の穴が開けられている。


「こっちが本体ね!」


 舌を打ったマリアの右拳が蒼く輝く。まっすぐに突き出すと無数の魔力散弾が弾け、空中から強襲を仕掛けるシンドウを撃ち抜いた。ライオットバレッツはシンドウを容易く粉砕し、粉々になった破片がサークル中に飛び散る。だがその破片は肉片ではない。石の塊であった。


「っ!?」


 困惑するマリアの背後で裏拳を叩き込まれた岩人形の表皮が砕け散った。岩人形の中から姿を現したのはシンドウ本体だ。

 害意に気づいたマリアが振り返るも、もう遅い!

 渾身の右拳を顔面に打ち込み、マリアをサークルに叩き伏せた。

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