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5 悪女は意図せず出歯亀をする

 本当は嘘だった。


 ここ数日のうちに噂に尾ひれがついて、「王子が婚約解消をしているのに私が付きまとっている」ということになってしまい。

 王子を信奉している一部の女子から、ノートを破られる、廊下で足を引っ掛けられる等の嫌がらせを受け始めていた。


 隣にいるべきところ、王子と私はお互い必要以上に関わらないものだから……そう思うのも仕方がないのかもしれない。

 爵位が高いのに、歴史のない家であることも、侮られる一因なんだろうと思う。

 大抵やってくるのは家格が下の子達だったけれど。

 その裏に、力ある家の子がいるのもうっすらとわかっていた。


 いっそ話してしまえばいいのだろうけど、この状況の一体どこから話せばいいのかとか。

 何より口に出したら何かが大きく変わってしまうような気もして。

 曖昧に笑って話題を無理やりかえるしか、できなかった。


「ね、それよりゼファーはなぜ女子の好みそうな本のこと、知っていたの?」


 私は読みかけのページを開いたまま本を一旦うつ伏せにし、ゼファーの方へと視線を向けながら尋ねる。


「ああ、あれ?」

「そうあれ。大抵は男の子ってああいう本は好きじゃないでしょう」

「俺も興味があるほどではない、かな。ただ」

「ただ?」


 彼は、どこか懐かしむような、(いつく)しむような視線を前方に向けながら語った。


「昔一度だけ、遊びに来ていた女の子と遊んだことがあったんだ。とても楽しくて。いつかまた遊ぶようなことがあって、仲良くなれた時に話せることがあればって、そう思って読んだことがあって」


 だから知ってたんだ、とゼファーはどこかはにかんだ風に笑って。


「そうなの、とても素敵な話ね。いつかまた遊べるといいのに」


 少しだけ羨ましく感じながらも、私は素直にいいなと思った気持ちを彼に伝えた。




 ※ ※ ※




「……ほんと、厚かましいこと」

「ほらこの間も、話しかけてもご迷惑そうでしたわよね」


 今日も今日とて廊下を歩けば悪口にあたる。

 何故こんなにも、なにも悪いことをしていなくても、(おとし)められているのか。

 それがずっと疑問だった。


 その理由は、昼食の時間にひとり、中庭の植栽(しょくさい)の陰でご飯を食べ始めようとした時に知る。


 皮肉なことに、植込みの向こうは日当たりと景観(けいかん)が良かったようで、王子と彼女が来て食事を始めてしまったのだ。


「ウィリー様ぁ! こちらが丁度空いてましてよ」

「ああ、そこはとても景色がいいね。気に入った。ナナリはよく気がきくな」


 (ほが)らかに会話を交わす二人は、私のすぐ近くまで来て腰を下ろした。

 ガサゴソと音がして、やがて食事を始める。


 しばらくは、お互い食事に集中しているようで穏やかに時間が過ぎていった。


「ナナリ、最近はどうだ?」


 食事があらかた済んだのか、王子がふいに彼女へと真剣そうな声音で話しかけた。


「……それが、今度はあの方に教科書がビリビリに破かれてしまっていて……わたくしはウィリー様とちょっと仲が良いくらいですのに……」


 彼女の言葉はどうやら涙交じりのようで、言い終わり頃には声が震えていた。


「ナナリ!」


 名前を呼ぶ声と同時に、衣擦(きぬず)れの音がする。

 恐らくは、彼女の肩を抱き寄せるか、その体を抱きしめるかしたのだろう。

 その証拠に。

 少しだけ視線をやると、二人の頭が近づいているのがしげる葉の隙間から見えた。


「俺が不甲斐なくてすまない。彼女とのことはなんとかするから、笑顔を見せてくれないか」

「ウィリー様……」


 茶番だ。


 よっぽど出ていって身の潔白を滔々(とうとう)と語ろうとも思ったけれど、やっていない証拠もない。

 それになんだか気が抜けてしまって、出る気になれなかった。


 静寂がその場を支配した。

 遠くから、誰かしら楽しそうにおしゃべりしている雰囲気が伝わってくる。


 早くどこかへ行ってくれないかしら。

 そう思っていた時。


 ちゅっ。


「んっ、ウィリー、さ、ま……」

「ナナリ……」




 何を、聞かされているの……。




 私の背中の傷痕に何か得体の知れないものがへばりつくのを感じた。

 と同時に、彼女が遠くにいる誰かから呼ばれる。


「……ナーナリー!!」

「……友達に呼ばれてしまいましたわ、わたくし、行かなければ。……寂しいですけれど、また今度」

「ああ、わかった」


 足音がして、彼女が友人の元へとかけていったのがわかった。

 しばらく経った後、王子の小さな舌打ちが聞こえてきた。


「……ナナリはやはり、胸が小さいな。あれはいかん。ま、いずれはウルムのあのたわわなやつを堪能できるだろうから良いか」


 彼のその言葉に、私は思わず自分についてる双丘へと視線を下ろした。

 そしてうっかりその場面を想像してしまい悲鳴が出そうになる。

 けれど見つかってなるものか、というその一心で声を出すのはなんとかぎりぎり我慢した。


 身体が、冷たく感じる。


 どれくらい経っただろうか、気づけば、植栽の向こうにあった王子の気配は消えていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  久しぶりに長編(?)になるのかな? 読ませて頂いております。  個人的にですけど、みやぎさんの作中の表現……変わりましたね。  ここ数カ月離れていたので、お読みするのが久しぶりとなりま…
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