2 悪女はつれなくされる
王城から帰り着き、家族皆で食堂のテーブルにつくと、私はぶすくれたまま文句を言った。
あの場では不敬になりかねないから我慢したけれど、この婚約が死ぬほど嫌だったのだ。
「我儘を言うでない。これは決定なのだ」
お父様は堅物で話にならなかった。
お母様も特に何も言わず、右頬に手を当て私の方を見つつため息をつく。
弟はまだ年端もなく、キョトンとしていて。
家族の中に、味方をしてくれる人は誰もいなかった。
しょうがないだろう。
我が家は公爵家とは言っても、武勲による叙爵。
お父様が先の隣国からの侵略に、敵国王の首を取ったために賜った特例であり。
名誉の代名詞のような一代貴族だ。
館はあれども、領地はない貧弱さで。
お父様が軍部の役職手当てをいただき、やっと家族全員食べていけている状態。
そんなだから、私にはどうしようもできなくて。
文句を言いながらも……そのまま運命に飲み込まれざるを得ないのだった。
※ ※ ※
婚約が決まってすぐ、王妃様に呼ばれお妃教育を受けることになった。
「違いますよ!」
「……っ!」
間違った回答をすると、ひゅんと容赦なく鞭が振るわれて背中が痛く辛くて仕方がない。
「まったく。困った子だこと。あなただけなら問題なくても、うちのウィリーの足を引っ張ってしまうでしょう? 賢い夫の功績を下げる妻は妃失格なのです。もっと励むように」
「はい、王妃様」
合っていても、何かが足りないのか王子は褒められ私の勉強不足が不安だと言い続けられた。
確かに。
王妃様は鳴り物入りで嫁いできたと聞いていた。
他国の、それは聡明で名高い姫だったと。
我が国にその才を是非にと、戦乱の折だったか飢饉の援助の際にだったか、乞いに乞うて幼い頃に輿入れが決まったらしい。
その王妃様から見れば、私にはまだまだいろいろなものが足りないんだろう。
けれどもう何が足りないのかすら見当がつかなくて。
鞭があたりすぎて、背中の傷はなかなか治らないまま。
瘡蓋ができる前にひどく膿みその部分は治る頃には痕になった。
その状態は三年ほど続いた。
月日は過ぎ、私が十五になった頃。
タングトン王国では、十五から十七まで王族や貴族の子供は学校へ通う習わしなので、ウィリー王子と共に学校に通うことになった。
「――であるので、私はこの学び舎でかけがえのない経験を――」
皆の集まる学校の広間で、王子が新入生代表の挨拶をしている。
誰もが一様に濃い紅色の制服を着ているが、王子のそれは紺色である。
どうにも、王城の衣装部に「赤い服などこの俺が着れるか!」と怒鳴り込んで作らせたらしい。
他の男子生徒は着ているし、渋めの赤だから特段変でもないように思うのだけれど。
ちなみに王子が今読み上げている原稿は、こっそりと王子に頼まれ私が書いたものだ。
王妃様は王子がとても有能と歌うように語っていたが、この一年彼はなぜかその実力を隠し、私に何くれと色々な自分ごとを任せてくる様になっている。
どこでそのような所作を見たのか、断ると手が出てくる有様で。
親子揃って、なんとも暴力性の高いものだと呆れてしまった。
今もまだ、広間の壇上にのぼり挨拶をしている王子の瞳は、イキイキとしている。
変わったのは、私への態度だけ。
その事実に、少しだけ私の心につぷりと、穴があいた気がした。
先ほどまであった入学の歓迎会が終わり、広間からは人がぽつりぽつりと退出していた。
一応の婚約者だから、挨拶をしておこうと王子を探す。
あたりを見回していると、頭半個分ほど高い、金色の長い髪を後ろにして豪奢な髪飾りで束ねた姿が目に入った。
隣には紅茶の様な髪色の、見知らぬ女の子が立っている。
「……先程はありがとうございました、助かりましたわ」
「いや気にするな。あんな暴漢とも呼べる所業、上に立つものとして許せなかったからな」
「まぁ、殿下はお優しいのですね」
微笑み合う姿に、昔の私たちが重なって、手を伸ばしたくなって無意識に右手が出たのを、慌てて左手で覆って隠した。
ゴクリと一つ唾を飲み込んだ後、ゆっくりと二人の方へ近づいて声をかける。
「歓談中申し訳ございません。殿下に一言挨拶をと」
「……ウルムか、手短に話せ」
「はい。本日はご入学おめでとうございました。勉学に励み、お役に立てればと思います」
「ん。下がれ」
「失礼いたしました」
王子は固くどこかぎこちない表情のまま、あまりこちらを見ようとはしない。
仕方なくスカートの端をつまみ腰を少し下げつつ会釈すると、その場を離れた。
隣にたたずむ女の子が、王子の腕に手をやりながらこちらを見てクスリと笑った。
……ような、気がした。
※ ※ ※
私が王子の婚約者であるということは、昔なされた公示により知れ渡っていた。
しかも。
不仲であることが何故か学校に広まっていて。
友人を作ろうにも、どこか腫れ物めいた扱いを受けていてなかなか上手くいかない。
「あのっ、」「そ、そういえばわたくしお花摘み(トイレ)に行かなくてはいけないんでしたわ」
「ごきげ」「あっ、先生に、先生に呼ばれてましたわ」
声をかけると用事が発生するらしく、級友たちが蜘蛛の子のようにちってしまうのだ。
爵位があっても中身がない、とも噂されているのを、お花摘み中に入ってきた女子たちの囀りできいてしまってもいた。
流石の私も、これには気落ちした。
学校に行きながらもお妃教育は続けられていて。
授業が終わると同時に城へ行かねばならず、あの息詰まるような時間からは逃げられない。
終わると館へと帰り、夕飯を食べて寝るだけの生活。
私は何もかもがどうにもならないことから、どこかへ行ってしまいたくて……。
長めの休憩時間には、図書室でただひたすら小説を読むようになっていた。