14 悪女は見張りと話をする
「では、質素で上品。背中だけはあいたドレスを一着」
部屋の隅に座ったまま、そんな言葉がするりと出た。
万が一最期なのなら、せめて一度くらい王子に文句を言ってやりたかった。
やられたことをきっちりと世に知らしめたかった。
無駄に、終わるのだとしても。
「……なぜ、そんなに落ち着いていられる?」
騎士がぽつりと言葉をこぼす。
それはどこか独り言にも似ていたけれど、私はなんだか話したくなって返事をした。
「落ち着いてなどいないわ。今にも震えそうよ、わかる?」
実際私の両腕は小刻みに揺れていた。
揺れる手をそのままに、握り込む。
「だけど信じているの」
「何を」
「助けてくれるって言ってくれた相手を」
「ハッタリかもしれねぇし、嘘かもしんねーだろ」
騎士は鉄格子の扉の前に突っ立ったまま、ぶっきらぼうに言った。
「私が信じたいのだもの。それが例えばハッタリでも、嘘でも、信じたいから信じているししょうがないわ」
そう、しょうがないのだ。
あの時確かに支えようと決めた私も。
支えきれないと諦めた私も。
どうしても惹かれずにはいられなかった私も。
家族と分かち合うのが遅れた私も。
全部全部しょうがない。
だって私の心が決めたから。
彼は何事かに驚いたようで、目を見開いて、だけどやはり突っ立ったままだった。
私は何に驚かれたのか皆目見当もつかなくて彼を見つめる。
「……覚悟を、しておいた方がいい」
「覚悟?」
「巷じゃお前さんの噂で持ちきりだぁ。深窓の令嬢を殺しかけただの、毒殺しようとしただの。後は王家の長男坊と次男坊が悪女を取り合って大げんかってな」
「まぁ」
とんだ噂もあったものだ。
見ようによっては真実だけれど、中身の事実はまるで違うのに。
「残念ながら、その長男坊との仲は最悪だったのだけれど」
「お姫さんの事情なんて民衆にはわからねぇよ。わかるのは、殺しかけたって話や、悪い女に騙された男が身を滅ぼそうとしてるとこだけだ。国が危ないときてだいぶ恨まれてるぜ、あんた」
「勝手なことね、……私の立ち回りが悪かったことは認めるけれど」
私は一つ、ため息をついた。
騎士は少し気を緩めたのかいきなりその場に座り込む。
彼のその動きに私も少しだけ、声が届きやすいように部屋の隅から鉄格子の近くへと移動した。
「俺から見ても長男坊、ありゃ異常だ。姫さんが逃げたくなんのもわかる」
「……あなたは、私に同情的なのね」
「まぁ立場上、色々見ることもあるからな。守秘義務があっから話せねーが」
「王族も、大変なのね。もっと色々知ろうとすれば良かったわ」
「次は気をつけな。ただまぁ……こればっかりは仕方ないだろ、何せ相手が隠したがってた」
「そうなの?」
「そう。だからあんまり気に病むな」
その騎士は気安くにやりと笑う。
「あなたは私を憎く思っていないのね。それに王城の騎士にしては」
これ以上は余計だったかしら、と口をつぐんだ。
彼は気にした風でもなく、さらりと返事をする。
「口が悪い、か? 俺は平民出から出世したからな」
「それって凄いことじゃない」
「だろ? だからまぁ、どっちも知ってるから大変さも、恨みも、どうしようもなさも、なんとなくわかるのさ。さてそろそろお喋りは終わりにしようか。背中あきのドレス、だったか」
「ええ、お願いできるかしら?」
「任せとけ、とまでは言えねぇが、善処しよう」
言うと彼は立ち上がり、元の騎士然とした雰囲気へと戻った。
私はそれを眺めながら、やはり立ち上がる。
騎士が一礼すると踵を返したので、その後ろ姿に声をかけた。
「ありがとう」
「あなたは、貴族の割には色々見ることができそうな方だ。どうかその意思、見失わぬよう」
背中越しのその呟きは、私のなけなしの心に炎を灯す。
せめて気持ちだけは負けないようにしよう。
そう決めて処刑を告げられた日をことさら丁寧に。
囚人の最後の日々に唯一許可されている、手紙を書いて過ごした。
※ ※ ※
次の日私は早めに目覚めた。
とは言っても、時間のわかるものは窓から差す光しかないから、体感ではあるのだけれど。
ひんやりとした石の感触にもなれたけれど、今日でお別れかと思うとなんだかつい、手で撫でてしまっていた。
ふと見ると、扉の内側に私が眠っている間に届けられたのか、ドレスが一着、おいてある。
近寄って触ってみると、サラリとして上質なのがわかった。
もしかしたら、ゼファーが用意してくれたのかもしれないな。
そう思ったら気合が入る。
私は早速そのドレスに袖を通し、髪を手櫛で整えた。
鏡がなくて確認はできないけれど、ドレスは白く、あっさり目の光沢があってなかなかに肌に心地よい。
ストンとしたラインに近いスカート部は、ドレープがたっぷりとあって、品がありつつ可愛い。
背中は指定通り丸あきで、背中の頑張りの証がすーすーとした。
これまではどこか恥ずかしい気持ちだったけれど、今はこれが勲章。
両頬を手でぱん! と叩いたと同時に声がかかった。
「時間だ」
刑執行官が、扉を開けこちらを見ていた。




