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次期王妃な悪女はひたむかない  作者: 三屋城 衣智子
本編

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14/21

14 悪女は見張りと話をする

「では、質素で上品。背中だけはあいたドレスを一着」


 部屋の隅に座ったまま、そんな言葉がするりと出た。

 万が一最期なのなら、せめて一度くらい王子に文句を言ってやりたかった。

 やられたことをきっちりと世に知らしめたかった。

 無駄に、終わるのだとしても。




「……なぜ、そんなに落ち着いていられる?」


 騎士がぽつりと言葉をこぼす。

 それはどこか独り言にも似ていたけれど、私はなんだか話したくなって返事をした。


「落ち着いてなどいないわ。今にも震えそうよ、わかる?」


 実際私の両腕は小刻みに揺れていた。

 揺れる手をそのままに、握り込む。


「だけど信じているの」

「何を」

「助けてくれるって言ってくれた相手を」

「ハッタリかもしれねぇし、嘘かもしんねーだろ」


 騎士は鉄格子の扉の前に突っ立ったまま、ぶっきらぼうに言った。


「私が信じたいのだもの。それが例えばハッタリでも、嘘でも、信じたいから信じているししょうがないわ」


 そう、しょうがないのだ。

 あの時確かに支えようと決めた私も。

 支えきれないと諦めた私も。

 どうしても惹かれずにはいられなかった私も。

 家族と分かち合うのが遅れた私も。

 全部全部しょうがない。


 だって私の心が決めたから。


 彼は何事かに驚いたようで、目を見開いて、だけどやはり突っ立ったままだった。

 私は何に驚かれたのか皆目見当もつかなくて彼を見つめる。


「……覚悟を、しておいた方がいい」

「覚悟?」

「巷じゃお前さんの噂で持ちきりだぁ。深窓の令嬢を殺しかけただの、毒殺しようとしただの。後は王家の長男坊と次男坊が悪女を取り合って大げんかってな」

「まぁ」


 とんだ噂もあったものだ。

 見ようによっては真実だけれど、中身の事実はまるで違うのに。


「残念ながら、その長男坊との仲は最悪だったのだけれど」

「お姫さんの事情なんて民衆にはわからねぇよ。わかるのは、殺しかけたって話や、悪い女に騙された男が身を滅ぼそうとしてるとこだけだ。国が危ないときてだいぶ恨まれてるぜ、あんた」

「勝手なことね、……私の立ち回りが悪かったことは認めるけれど」


 私は一つ、ため息をついた。

 騎士は少し気を緩めたのかいきなりその場に座り込む。

 彼のその動きに私も少しだけ、声が届きやすいように部屋の隅から鉄格子の近くへと移動した。


「俺から見ても長男坊、ありゃ異常だ。姫さんが逃げたくなんのもわかる」

「……あなたは、私に同情的なのね」

「まぁ立場上、色々見ることもあるからな。守秘義務があっから話せねーが」

「王族も、大変なのね。もっと色々知ろうとすれば良かったわ」

「次は気をつけな。ただまぁ……こればっかりは仕方ないだろ、何せ相手が隠したがってた」

「そうなの?」

「そう。だからあんまり気に病むな」


 その騎士は気安くにやりと笑う。


「あなたは私を憎く思っていないのね。それに王城の騎士にしては」


 これ以上は余計だったかしら、と口をつぐんだ。

 彼は気にした風でもなく、さらりと返事をする。


「口が悪い、か? 俺は平民出から出世したからな」

「それって凄いことじゃない」

「だろ? だからまぁ、どっちも知ってるから大変さも、恨みも、どうしようもなさも、なんとなくわかるのさ。さてそろそろお喋りは終わりにしようか。背中あきのドレス、だったか」

「ええ、お願いできるかしら?」

「任せとけ、とまでは言えねぇが、善処(ぜんしょ)しよう」


 言うと彼は立ち上がり、元の騎士然とした雰囲気へと戻った。

 私はそれを眺めながら、やはり立ち上がる。

 騎士が一礼すると踵を返したので、その後ろ姿に声をかけた。


「ありがとう」

「あなたは、貴族の割には色々見ることができそうな方だ。どうかその意思、見失わぬよう」


 背中越しのその呟きは、私のなけなしの心に炎を灯す。


 せめて気持ちだけは負けないようにしよう。


 そう決めて処刑を告げられた日をことさら丁寧に。

 囚人の最後の日々に唯一許可されている、手紙を書いて過ごした。




 ※ ※ ※




 次の日私は早めに目覚めた。

 とは言っても、時間のわかるものは窓から差す光しかないから、体感ではあるのだけれど。

 ひんやりとした石の感触にもなれたけれど、今日でお別れかと思うとなんだかつい、手で撫でてしまっていた。


 ふと見ると、扉の内側に私が眠っている間に届けられたのか、ドレスが一着、おいてある。

 近寄って触ってみると、サラリとして上質なのがわかった。

 もしかしたら、ゼファーが用意してくれたのかもしれないな。

 そう思ったら気合が入る。


 私は早速そのドレスに袖を通し、髪を手櫛で整えた。

 鏡がなくて確認はできないけれど、ドレスは白く、あっさり目の光沢があってなかなかに肌に心地よい。

 ストンとしたラインに近いスカート部は、ドレープがたっぷりとあって、品がありつつ可愛い。

 背中は指定通り丸あきで、背中の頑張りの証がすーすーとした。


 これまではどこか恥ずかしい気持ちだったけれど、今はこれが勲章。


 両頬を手でぱん! と叩いたと同時に声がかかった。


「時間だ」


 刑執行官が、扉を開けこちらを見ていた。

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