11 悪女は好敵手と転がり落ちる
最初落ち着いていたお父様だったけれど。
話していくうちに段々と眉間に皺が寄り出して……終わった頃には顔が真っ赤に染まっていた。
「そうか、そういうことか……」
「お父様?」
お父様はすっくと立ち上がると、
「愛する家族に無体を働くなぞ、我らの献身を無に帰しおって……ウルム、お父さんは頑張ってくるから待っていなさい」
言いつつ私の体を抱きしめた後、風のように部屋を去っていった。
「……へ?」
何が起こったのか、分からなかった。
もしかして、今、私のために怒ってくれたの?
そして……なぐさめようと、ぎゅって、してくれた……?
……ずっと、遠い背中だと思っていた。
武勲を立てるほどに勇猛果敢で、戦場の黒き熊と呼ばれるくらいに強くて、寡黙。
あまり言葉を発しないから、てっきり子供のことなんて大事の二の次三の次とかそういう物だと思っていた。
「話してみないと、わからないものなのね」
もしかしたら、王子とも話せば婚約解消くらいできるかしら……
ちらりとそんな考えが浮かんだけれど、気を失う前の仕打ちが思い出されて、背筋が凍り霧散した。
次の日私は普通に登校した。
病気なわけではなかったし何より、婚約解消に向けて動いておきたかったのだ。
その日から。
西で私に筆記帳が破かれたと囁かれているのを聞きつけては、
「あらごめん遊ばせ。ちょうどこのような筆記帳が欲しかったところですの、あなたにはこちらを代わりに差し上げるわ」
と、破れた筆記帳をふんだくり。
東に私が汚したと囁かれる制服の上着があれば、
「困りましたわ、私胸辺りのサイズが合わなくなった上着を、捨てる場所がわからないの。あなた代わりに羽織っておいてくださいまし」
と、上着を押し付ける。
そういった悪女とも呼ぶべき活動を、お昼の休憩などに積極的にするようになった。
普通に手を貸すのでは駄目なのか、とゼファーには聞かれたけれど。
私には、どれだけ善行を重ねたとしても根も葉もない噂となって、あの彼女の周りから悪意が駆け巡るだろう予感があった。
ならばその悪意に乗っかりつつ、行動したほうがいい。
見ている人は見てくれているかもしれない。
そう考えて地道に活動をしながら、じわりじわりと、今は二人である味方をさらに増やすことを考えていた。
少しずつ、私はそれとなく汚名をひっくり返していく。
お父様は家に帰ってくるのが遅くなった。
聞くと、お前は何も心配するな、と言われる。
無理していないといいのだけれど……。
※ ※ ※
私がやったという悪事やいじめに、介入しだして半月くらい経った。
最近なんとか、一人二人、教室で一緒に話をしてくれる子が現れ出していて。
手応えをちょっとずつ感じて嬉しい日々が続いていた。
お昼の休憩も終わり、その日の午後は家政の授業だから裁縫道具のある二階の教室へと向かう。
階段を上がる途中、踊り場に足をかけて折り返しの階段の方に顔を向けると、見知った相手を見つけたので声をかける。
「あらゼファー」
その瞬間。
私は誰かとぶつかった。
落 ち る
体が後方へと傾く。
ちらりと視界に映った左の手すりへとひらめきと共に手を伸ばした。
なんとか掴むことができ、数段落ちるだけで私はことなきを得る。
けれど。
「きゃー!!」
ぶつかった相手はそうもいかなかったようで、階段下から悲鳴が上がった。
うずくまったまま顔だけ向けると、落ちた相手に対して人だかりができている。
「しっかりなさって、デューデン様!」
「……っう……、ひ、どい、……しゅて、る、さま」
「シュテール様が押してらしたわ!」
「なんて事!!」
「誰か、医務の先生を呼んできてくださいまし!」
「何事だ!!」
そこへ、私にとって運悪く王子がやってきてしまった。
「! ナナリ、どうしたんだ?!」
「お……じ」
「今先生を呼んでおりますわ!」
「階段から落ちてしまわれたんですの」
「シュテール様のせいです!」
「きっとデューデン様憎しで押したんですわ」
「先ほど見た方がデューデン様は押されて落ちた、と」
その言葉に、彼が階段上の私へと視線をやる。
かち合った瞳は、怨嗟の炎で燃え上がっているようにきつい。
「お前が、お前がナナリをっ。あれほど、あれほど出過ぎるなと忠告したのにか!!」
「私ではございません殿下!」
「黙れ!」
言うとこちらへと駆けあがる仕草をした瞬間、彼は目を見開く。
「……そうか、そういうことかゼファー!!」
知り合いだったことに驚き振り返ると、ゼファーが私の近くまで来ていた。
「ウルム、お前はまた俺を裏切るのだな!! その根性見下げ果てたぞ……」
王子の暗く重苦しい声は続く。
「なんのことですか」
「しらばっくれるな! 俺は見たんだ、昔、ウルムとゼファーが一緒に遊んでいたところを! 俺と一緒にいる時よりよほど、しおらしくて可愛く微笑んでいたじゃないか!!」
その言葉で思い出す。
一回だけ彼、ゼファーと出会っていたことを。
あれは確か、七歳になる頃。
従者に断って帰り間際に王城の庭で遊んでいた時だった。
彼もそこにたまたま来ていて、だから一緒に少し遊んだのだ。
ひとしきり、隅っこに生えていた野花で冠とかを作ったりして。
「完成!」
「わぁ! すごいなぁ」
「ふふふ、これはお母さまに教えてもらったんだ!」
「ね、君はぼくの兄のおよめさんになるんだよね」
「知らない、そうなの?」
「そう聞いたけど……まぁいいや。ぼくの兄は、優しくて、とってもせんさいなんだ。だから、どうか兄をよろしくおねがいします」
「ウィリーのことが好きなのね、私も好きよ? 友だちだもの。まかせといて!」




