平凡な事務職員が異世界転移してちょっとした文化を広めた話
初投稿です。
平凡な事務職員が異世界転移したお話ですが、事務職設定は活かせていません。
俺の名前は松本五郎。
一浪してそこそこの大学に入り、卒業後はそこそこの会社に就職して平和に事務職を務めている40歳の会社員だ。
職場ではゴロさんと呼ばれ親しまれている。親しまれている、と思いたい。
なおIT企業ではあるが、世間でいうありがちなブラック企業の類ではなく、むしろホワイトで有難い限りだ。
悲しいことに両親は大学在学中に交通事故で亡くなった。兄弟はいない。親戚らしい繋がりは少なくとも俺は把握しておらず、天涯孤独であると見做して良いだろう。
懇意にしている友人はいるが、既婚者ではなく、彼女がいるわけでもなく、なので割と気ままに楽しく人生を謳歌していると思っている。
特に目立った病気はなく、家族が遺伝性の病気を持っていると聞いたことはなく、体調不良で会社を休むのは年に数日くらいの比較的健康な体だと認識している。
だからこそ、
いま俺がここにいる理由がわからなかった。
「え、死因は?」
「くも膜下出血。死んだという自覚もなかったみたいね。あなた乱れた食生活をしていたわけではないみたいだけど、だからといってこういうことが起こらないわけじゃないのよ」
目の前にいる女性は自分のことを「神」と言っている。実在するのか神。いや、女神様?
とはいえ、目の前にいるのに何故か顔を認識できないので、神様の存在自体は割とすんなり納得できた。
そもそも、突然辺り一面が真っ白な空間?に転移?して、戸惑いつつもちゃんと状況を把握しなければと思った矢先、これも突然目の前に現れた女性から「残念ながらあなたは死にました」と言われ、咄嗟に出てきたセリフが死因について聞くことだった。
「えー・・・」
「ちなみに元の世界に生き返らせることは無理です。ごめんね。で、私がいまあなたにコンタクトをとっているのは、あなたにやって欲しいことがあるからです!」
「はぁ」
聞くと、いわゆる剣と魔法の存在する並行世界に転生もしくは転移して、何かしらの文化革命を起こしてくれというのが女神?の要望だった。
なお、その世界の文明レベルは中世ヨーロッパに近いらしい。何となくイメージはつくものの日本史専攻だったのでイマイチ自信がない。
「といっても、俺は文系だから理系的なことはからっきしですよ。それなりにパソコン使えはしましたけど。何か革命とかできるとは思えないんですが」
「そこは心配ないわ」
どうやら、異世界ならではの文化を何かひとつでも持ち込んでほしいというのがやってほしいことだそうな。
「こういうのがある」ということを小さなコミュニティで発祥させれば、それはやがて伝播する。湖に小石を投げ入れたら波紋が広がるように。シンクロニシティ?っていうんだっけな?それを狙っているとのこと。
むしろ俺がバリバリの理系で世界にブレイクスルーを起こすような人材だと困るらしい。あくまで目的は文化革命であり文明革命ではない。人間の精神は急激な文明の進歩についていけず、世界は混乱して神様も管理できなくなってしまうからだそうだ。
なんか言われて納得できた。
つまり、その先の世界に溶け込みつつ、かといって今までの価値観をなくさず、ありのままに過ごして良いということ。
死んだことに少なからずショックを受けているし、会社や友人のこと、あと割と大きいのは読んでいた漫画やゲームの続きが気になるものの、次の人生への楽しみのほうが勝りそうになっていた。
俺って薄情なのかな?まぁ死んでしまったらどうしようもないしなぁ。ショックだけど。ショックだけど。
ショックだけど、落ち込んでいても生き返るわけではないので、とりあえず話を進めるほうが良いなと切り替えることにする。あ、やっぱり未練なくはないんだなぁ、こんな言い訳を自分にしているあたり。
それから、それなりに不明な点を質問して潰していき、粗方解消することができた。
「俺からの質問は以上です」
「割と飲み込みが早くて助かるけど、じゃあ転移と転生どちらがいいかしら?転生の場合はそれなりに裕福な家に産まれて5歳あたりで前世の記憶を思い出すようにするし、転移の場合は若返りをセットにしておくわ。言語の心配はしなくて大丈夫」
「うーん、それじゃ転移で」
「わかったわ。じゃあ良い第二の生を」
真正面にいるのに顔のよく見えない女神様だったが、最後に僅かに微笑んだような気がした。
・
・・
・・・
一瞬意識が飛び、次に目を覚ました時には森の中にいた。
ちょっと体を動かしてみると、腰痛が見事に消えていて体が軽い。手の皺が心なしか薄くなっているから、確かに若返ってはいるのだろう。鏡を見てみたくなる。
一通り自分の状況を確認し終えたので、とりあえず移動を開始してみる。どこかで人なり言葉の通じる相手に会うことを当面の目的として。
後に魔獣と呼ばれていると知る獣の進化系のような生物に襲われ、命からがら逃げおおせたり倒したりして、行き着いた先には確かに中世ヨーロッパにありそうな木やレンガで作られた街があり、そこにあった冒険者ギルドで冒険者として登録した。
訓練なりギルドの依頼をこなしているうちにわかったが、どうやら俺は魔法に適性があったようで、はじめてファイアーボールが使えるようになったときには滅茶苦茶テンション上がった。
しかも、最終的に初級魔法より上を覚えることはできなかったが、火水風土の四大属性を使えることがわかった。うち二つの属性を使えるならエリート、三つの属性を使えるのであれば稀代の天才扱いされる中で四属性使える俺はチートの部類に入るようで、初級魔法しか使えないにせよ重用された。
この世界は人間の他にエルフ、ドワーフ、ゴブリンやオークといった異種族がいて、特に敵対することなく・・・というよりはそれぞれの領分を過度に侵害しないよう、またそれぞれを尊重して共存しているらしい。平和で助かる。
冒険者ギルドはその垣根が特に低く、異種族で仲良くパーティを組むことも珍しくない。というか、俺も何度も死線を通り抜けた戦友であるゴブリンのアークといつのまにか恋仲になってるし・・・
小柄で男勝りで、腕力じゃ絶対敵わないけど、おっとこれ以上は言わせんな恥ずかしい。
「じゃあ、そこの湖で水浴びしてくるから、周辺警護よろしくね」
パーティの斥候役であるエルフのエルリィがそう言い、目にも止まらぬ速さで姿を消す。
「もうアークは水浴びに誘われなくもなったね。最初はそんなことなかったのに」
同じくパーティの僧侶であるオークのアンドリューがそう呟く。彼は語尾に「ブヒ」とつけないどころか、脂肪分がどこにあるんだというくらい筋肉質で屈強な体をしている。それなりにゲームやアニメや漫画を知っている俺がこの世界でカルチャーショックを受けた最たるものだ。オークとは一体。先入観って怖い。
「これこそ種族差なのかなぁ、誘ってくれるのは嬉しいけど、体を綺麗にする目的で水浴びするの苦手なのよ。そもそも水浴びしなくてもアンドリューの洗浄魔法でどうにかなるし」
双剣使いで火力担当のアークが肩をすくめる。
ちなみに俺の役目は雑に言うと魔法使い。とはいえ強力な魔法が使えるわけではないので敵に対して要所要所で牽制したり、あと飲料水出したり焚き火をつけたりキャンプ用に地面を軽く整備したり、まぁ何でも屋のほうが近いか。
「やる?」
「お願い」
アンドリューの大きな手から出た魔力がアークを包み、汚れを洗浄していく。洗浄魔法は僧侶の素質を持ち祝福を受けた者にしかできず、俺の領域外の能力だ。彼は他にも僧侶らしく治癒魔法を得意としている。
身長も高く強面で、どう見ても戦士にしか見えないアンドリューだが、格闘戦はからっきしである。彼が僧侶というアンバランスさに違和感はあるが、冒険者ギルドに登録した頃からの大親友だ。
「そうだなぁ、洗浄魔法があるから今まで気にしていなかったけど、風呂には入りたいなぁ」
「フロ?入る?」
「あー、転移前の世界にあった文化でさ」
基本的には秘密にしているが、パーティメンバーには俺が転移者であることは共有済みだ。そりゃ何年も組んでいれば秘密の一つや二つ、暴露することもある。
二人に風呂について説明しているとエルリィも戻ってきたので、更に知っている限りの色々なことを話す。
「なるほど、人肌より少し熱いくらいに温度調整した湯で水浴びする感じか。確かにこの世界では無い文化だな」
「リラックスも兼ねているんだね。僕の洗浄魔法はあくまで洗浄でしかないからなぁ」
「うーん、それでも私には抵抗あるけど、ゴロが熱弁するくらいだから試しにやってみてもいいかな」
ギルドから受注した調査任務の途中の一幕だったが、中々盛り上がる話だった。
任務を無事終えてからギルドに戻って、報奨金の一部を使ってギルド所有の空き倉庫を借りて、風呂を再現。アンドリューと二人で浴槽を作り、湯加減は俺が水魔法と火魔法で調整、風呂の入り方を改めてレクチャーしてひとりずつ入ってみた。
エルリィは「こんな水浴びの仕方があったのか!」と絶賛、アンドリューは「こういうのもいいね」と好評価、恐る恐るだったアークも慣れてくれたらしく「これなら私というかゴブリン族でも大丈夫かも」と悪くない感じだった。
俺も久々に風呂に入り、風呂の素晴らしさを再認識できたなぁと思ったが、その後に驚くべき出来事があった。
アークが里帰りしたときに風呂を広めたのだ。水浴びを極端に嫌う性質があるというゴブリン族だが、どうやら温い湯に浸かることはOKだったようだ。その気に入り様は凄まじく、洗浄魔法は洗浄魔法で使いつつも、風呂を各々の家に併設するようになっていった。
比較的習得が容易な火魔法と水魔法を使えれば、あとは浴槽の用意で事足りるので、広まりも早く、リラクゼーションと清潔を兼ねた風呂の文化はアークの集落のみならず他のゴブリン集落にも伝播した。
更に風呂の文化の広がりはゴブリン族にとどまらず、人族やエルフなど他種族にも伝播した。概ね好意的に捉えられ、伝播の過程で公衆浴場が生まれ、更には熱水泉を発見し温泉が生まれるなど、入浴という文化が無くてはならないものになっていった。
急ぎ体を清潔にしなければならないこともあるので洗浄魔法の重要性はなくならず棲み分けができ、別に洗浄魔法だけがアイデンティティではない筈もアンドリューも「これなら僕の役目がなくなるわけではないし、安心だね」と笑っていた。
「やー、今回の出張も疲れた疲れた」
数年後。
俺とアークは結婚して街に一軒家を建てて住んでいた。
入浴を文化として広めたのはひとえにアークが熱心に認知活動をしたからだ。その過程で入浴環境の構築ノウハウに関する特許を取得して、そこで得た莫大な特許料で温浴施設の会社を設立。アークが代表取締役、俺は特別なことをやっているつもりは無いが技術顧問として勤めさせてもらっている。
ゴブリン族は風呂の影響で種族単位で水浴び嫌いを克服。風呂好きの種族として認知されるようになり、その先駆けがアークである。世界的に有名な経営者として各所を飛び回って、今日は一ヶ月ぶりの帰宅となる。
「いやー、王都に出張している間にエルリィが来たんだって?会いたかったなー」
俺たちは冒険者を引退したが、アンドリューとエルリィはまだ冒険者を続けていて、たまに会って楽しく会食をしている。
エルリィが来たのは昨日。俺は経営資料をのんびり検討しようと在宅していたので、風呂と料理を振る舞って楽しんでもらった。もう一日待っていればアークとも会えただろうが、どうやら彼女も忙しいらしく談笑も程々に帰っていった。
アンドリューは南方へ遠征に行っているらしく、旅団の提示した日程では来月に戻ってくるとのこと。戻ってきたときにオークの令嬢との婚約報告を受けることになるとは、このとき全く想像できなかったが。
「ゴロ、浮気してないよね?」
「エルリィと?しねーよ。と、お土産に香木を貰ったんだ。削っておくよ」
2LDKの平屋には少し広めの浴室を併設させた。訓練でアークも火魔法と水魔法を使えるようになったが、風呂を沸かすのは俺の役目だ。
・・・二属性使えればエリートなんだよな?風呂への執念で使えるようになったらしいけど、すごい。
今までになかった入浴という文化が、今ではなくてはならないものになり、それを世界に伝播させたのはゴブリン族であり、アークだ。そのきっかけになったのは俺だが、女神が俺に望んでいた役目は恐らくこういうものだったのだろう。
とすると、俺は求められた役割をちゃんと果たしたということになるが、正直それは今となってはどうでもいい。
削った香木を浴室で燃やし、香りが充満したところで僅かに換気して、丁度良い濃さの香りが残るように調整する。
アークは風呂上がりに牛乳を飲むのが好きだ。キンキンに冷えた牛乳を飲み切った時の幸せそうな顔を見ると、俺もとても幸せな気分になる。
香木の香りと風呂を楽しんでもらっている間に、俺は俺で夕食の準備をしよう。冷えたエールと、さっぱりした麺あたりがいいかな。それだと物足りないから、サラダとチーズとスモークチキンも用意しておくか。この世界、メシはかなり美味しいし、作っていて楽しい。
王都で令嬢が王太子に婚約破棄されて騒動に巻き込まれた話を聞きながら、楽しく食卓を囲む。昨日も楽しかったし、今日も楽しい。困難に当たることはあるだろうけど、明日も明後日も楽しいだろう。
役目を果たしたのであれば、これからは愛するアークと、後に産まれてくるであろう子供と楽しくのんびり生きていければいいなと思うのだった。
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・・・
真っ白い空間。
彼方昔に見た覚えがある。覚えがあるというか、忘れることはできない。
ここにいるということは・・・
「お察しの通り、死んだよキミ」
目の前にいるのは女神・・・ではなく、少年だった。
あの時と違って、ちゃんと顔は見える。整った顔立ちだが、どこかいたずら小僧のような不敵な笑顔を向けている。
「天寿を全うしたよ。死因はまたくも膜下出血だけどね。奥さんは既に亡くなっていたんだね・・・ちゃんとお子さんたちが弔ってくれたよ」
それなら良かった。
今まで生きてきた世界に未練が無いわけではないけど、アークは先に逝ってしまったし、愛する子供たちにちゃんと何かを残せたのなら、それでいい。
それはそれとして、
「これもお察しのとおりだね。君には次の世界に行ってもらうよ。今回は転生一択。記憶の呼び戻りは不定、けどパーソナリティは今回生きた内容が反映されることになる。大なり小なり変わり者扱いされるんじゃないかな」
今回も目的は似たようなものかな。
とすると、気になったけど、もしかして俺って異世界に新しい文化を持ち込むためのツール化していないか?
「あー、それはないつもりだが、とはいえ結果的にそうかもな。だけど、それも今回で最後だ。最後にさせる。他の神に手出しは絶対させない。そして、予め言っておくと今回は文化ではなく文明の進化が目的だ」
文明?
急激な文明の進歩ってマズいって話では?
「保守的なγ世界の神はそう言うだろうね。文明の進歩に人間の精神の成熟が追いつかないから危険ってことなら、その心配は無用。むしろ急激な文明の進歩によって起こる、神が管理しきれない混乱・・・混沌から生み出されるナニカが、ボクには重要なのだ」
過激。ドヤ顔。
「ははは。ちなみに、次の異世界は君が『松本五郎』だった世界だ。時代もほぼ同じ。出戻りだね」
ん?俺がアークと過ごした世界とは文明レベルが違い過ぎないか?逆輸入するようなものがあったっけな・・・?
「果たしてそうかな?γ世界で生きてきた君の何が波紋の投石になるのか分からないぞ?まぁボクはどんな石が投げ込まれるのかは分かっている。君がそうする素養を見込んでの人選だからね。ただ、最終的にどう世界が変容するかは見えない」
過激かつ不穏。
とはいえ、どんな思惑があるにせよ、やるしかないならやりますし、やってみますよ。
「ボク都合での転生だから、基本的には平穏に生きれるようなチートはあげるよ。それが何かの明言はしないでおくけどね。それじゃ三度目の生、二度目のδ世界をどうぞ楽しんできてね」
分かりやすく唇の端を吊り上げた少年神の笑顔を最後に、意識が遠くなっていく。
何にせよ神の都合を通す道具になっていることに思うところはなくもないけど、まぁ仕方ないか。
それはそれとして、三回目の人生も良いものになればいいなと思ったところで、意識は完全に彼方へと飛んでいった。
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西暦20XX年某所。
周囲と比べてごくごく平均的な能力だが、ちょっと人と認識がずれているとされるとある青年は、1浪して入った大学を卒業後、とあるIT企業に事務職として採用され、入社2年目にとある客先配属となる。
その客先企業の社長が、小柄で勝気で他企業から高く評価される若き女社長であることを、青年が知るのはしばらく先の確定した未来である。
お読みいただきありがとうございました。