プロローグ(前)
メルセリア。
これはこの世界の名前だ。
幾ばくかの時間を有して作られしこの【神々の箱庭】は、長いあいだそれぞれ違う属性を持つ神々が協力し合って築き上げたメルセリアという名の生界なのである。
何万年たって、天使、魔族、亜人、そして人類それぞれ違う種族に属する存在を生み出していく神々だったが、ついに生界のとある大陸にて、運命の歯車がやっと大きな転換期を迎える時期となる。
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アルノンテ大陸、聖誕紀589年
この大陸は生界のもっとも北方のところで位置していて、寒いところもいっぱいある大地なのだが、四季が当たり前のように存在する地でもある。
そして、この大陸には0年の聖誕紀が始まった時に、とある国が建国されたのである。
いいえ、むしろその国が誕生した瞬間だからこそ、聖誕紀という時代が始まっても差し支えない表現ともいえる。
ネリティーシス聖国。
この国が最初に誕生した当時はただの辺境な地域で成り立っていて、さほど大きな領土を持ってはいなかった。
あくまで、【ネリシス聖女】が生まれてきた出身地だったからという理由だけで、聖域として指定されたのである。
その頃は【戦の女神イルヴェスター】がネリシスに聖なる【お力】を授けたから【イルヴェスター教】が同時に誕生したということでもある。
当時は彼女達の故郷を襲い掛かってきた魔族を撃滅するために女神イルヴェスターが力を授与したのだが、それが成功した後、とてつもない急展開が待っているのを知る由も出来なかったあの頃のアルノンテ大陸に住んでいた住民。
何故なら、それがその後の数十年で、破竹の勢いで勢力を伸ばしてきたからだ。
周辺の小国、大国をも優れた武力、魔術師団と【聖なるお力】を有する【ネリシス聖女】の子ら3人はそれぞれ大した役割を発揮し、ネリティーシス聖国を広大な帝国にまで膨らませてくれた。
「これは聖戦ではないわ、ただの自己防衛よ」というのが当時のネリシス聖女の末っ子であるファティマの主張だった。
ただの大義名分に過ぎない彼女の虚言は、周辺国の民をすべて理不尽な侵略戦争に巻き込んだのだった。
でも、留まることを知らない聖国の勢いも、やがて突き当りにぶつかる運命になる。
武力で支配するのが美徳とする【戦の女神イルヴェスター】とその手先である【ネリティーシス聖国】に、ついにそれと正反対な勢力が立ちはだかる。
聖誕紀105年にて、その壁となる国は【カールシェー=ルイーゼ統合国】だった。
カールシェー王国やルイーゼ教国の合併により誕生したその大国は、領土も軍隊もネリティーシス聖国のそれらに匹敵するものだったので、
【ラウジャス戦争】にて戦った両国は結局のところ、膠着状態な戦況がずっと続いていて、やがて聖誕紀115年になったのを機に【ラウジャス和平条約】が締結した流れが余儀なくされるのであった。
それからは大きな紛争も起こさず、延々と冷静状態が続いてきた。
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時は現在の589年の聖誕紀に戻る。
長いもの間に冷戦状態にある両国ではあったが、ついに情勢が大きく変わろうとする時がくる。
実は、両国との間に、そもそも価値観や成り立ちそのものが違いすぎるのでたとえ領土の奪い合いを主とする争いじゃなくても、それぞれが自国独自の価値観に基づいた政治体制を国外へ広めようとする政策を取っていることも争いの原因となったのである。
何故なら、戦の女神が象徴する【武力】で以って、支配権を拡大する聖国のやり方と違って、カールシェー=ルイーゼ統合国は【平和的な統合】と【社会的共有】で以って、全世界を手中に収めていきたいからだ。
やり方が違うけれど、それぞれは自国こそが世界を導いていくのに相応しいと信じてやまないからだ。
つまり、戦争や武力か平和的な合併と吸収のどちらかだ。
でも、やっぱり戦を好む女神を信仰する聖国の名にたがわず、統合国とは逆の方法でついにその侵略の手や暴力の矛先を大陸内のとある小国に向けた。
サン・エドゥーノース王国だ。
アルノンテ大陸中において、聖国からも統合国からも領土を奪われることなく未だに独立を保っていられる数少ない中小国である。
南北を険しい山脈が囲ったり、挟むその王国は横長な形をする国であり冬の時はとても寒い地域として有名な観光地でもあった。
長い間、聖誕紀133年にて締結されら【ペテライネス条約】を通して中立を表明して2大国のどちらからも侵略を受けてこなかった。
つまり、平和に暮らすということは彼らサン・エドゥーノース王国の民にとって、当たり前の常識なのである。
それを、その当たり前すぎる常識の元で暮らしてきた民が一夜にして旋律と絶望の淵にまで突き落とされ、悪夢のような現実を迎えることに。
「わああぁぁーー!!助けてぇぇぇー!誰か!」
「どこでも火の手が届きやがるーーー!畜生!早く逃げろーー!」
「きゃあああああーーーーー!!たすけて!聖国兵が襲ってくるわーーー!」
「んなキーキー喚かずに安全なところまで走れー!後ろを振り向くな一秒でもちんたらやってたら殺されるぞ!」
深夜の12時半頃に、王都であるペテライネスが見る者も悲惨な光景に映るものだ。
「があああぁぁ...ぐーっっ!っ.....」
「頼むよぉ~!あたしの子二人だけでも見逃ーぐおおぉぉーーー!....」
民家が魔法で放った炎や火矢によって焼き払われ、睡眠からロクに目や意識も覚めきってない住民が逃げ惑うも無慈悲な斬撃や魔法で虐殺されていく。
「一人残らず殲滅する。彼らはイルヴェスター様の御心に歯向かう罪深き罪人だからね。断罪を下すがいい、くくく...」
「「「「了解ーーー!!! ロデリック将軍閣下!!」」」」
瓦礫が散乱している中、聖国兵に命令を飛ばしつつも優雅に破壊され尽くした街並みを歩いていくのは全身を真っ白い鎧に纏う20代後半に見える男で、銀髪セミロングを後ろに束ねているような軍人だ。鎧や立ち居ぶるまいを一見しても彼がこの軍隊の司令官であることは紛れもない事実だ。
「内通者の協力があって助かったね~。お蔭であの忌々しい魔固大壁に阻まれることなく、地下のあの転移装置を通して大軍を懐までに侵入させて奇襲を成功させたからね、くはは!」
なにやら薄笑いを漏らしている彼は、今度は前方何百メートルに佇む大きくて荘厳な灰色の城へと視線を集中する。
「でも、やはり彼の英傑女王も侮れないんだよね。くく、まあオレとお前かどちらが勝つか楽しみでもあるがな、くはははは!」
炎々と燃え盛る炎に包まれる瓦礫を背景に、歪な笑い声が夜景の音色を奏でるのだった。
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