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最後のニュース  作者: 氷川 泪
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深夜のニュース

 子供の頃、不思議な体験をした。


 中学に入学して最初の夏休み、ぼくはラジオの深夜放送に夢中だった。

 女子大生DJが流行(はや)りの音楽を掛けまくる番組で、曜日毎に担当が違っていた。ぼくは水曜日担当の女の子の声が好きで、深夜0時から始まる番組を欠かさず聴いていた。


 当時、家にあったのは古いトランジスタラジオだけで、電波の状況が悪いせいか、なかなかチューニグが合わなかった。だからぼくは、番組が始まる30分ほど前から古いラジオに(かじ)り付いて、アンテナを動かしチューナーを調整して受信状態を確かめていた。うまく繋がるときもあれば、ノイズ交じりの雑音の中で番組を()かなければならないときもあった。


 ある日、ラジオのチューナーをいじっていると、ノイズの奥から女の声が聴こえてきた。女の声を頼りにチューナーを調整すると、不意に驚くほど明瞭(めいりょう)に声が聴こえてきた。何をいってるのかわからなかった声は、女性アナウンサーによるニュース速報だった。


 目当ての番組が始まる直前、23時50分頃から10分間、その日のニュースと気象情報を伝える番組が放送される。もうそんな時間になったかと思いながら、ぼくはニュースに耳を(かた)けた。


 五分ほどたった頃、ニュースを読み上げる女の声が途切(とぎ)れた。電源が切れたかと思うほど、ラジオの向こう側から訪れた沈黙は長かった。


「今日最後のニュースです。23時45分頃、ハナダ空港発ロサンジェルス行の旅客機が、空港を離陸してすぐに爆発し墜落しました」


 ぼくは驚いて立ち上がった。ニュースを読み上げる女の声は妙に抑揚(よくよう)()いていて、何の感情も無く淡々と事故の情報を読み上げていたが、事実なら大惨事だ。ぼくは部屋からでて、階下の居間にいるはずの両親の(もと)へ向かった。


 両親に今しがたラジオから聴いた飛行機事故の話して、テレビを()けてニュースを見た。だが不思議なことに、どこの局も飛行機事故の話題など取り上げてはいなかった。


「どっきりか何かじゃないの?」


 (あき)れ声で指摘する母を無視して、ぼくはリモコンを操作して事故のニュースを探し続けた。


「はっきりと聞いたんだよ。23時45分頃、飛行機が爆発したって」


 それを聞いた父が大袈裟(おおげさ)溜息(ためいき)をついた。時計を見てみろと言われ、部屋の時計を見た。時刻はちょうど23時45分になったところだった。


(かつ)がれたか寝ぼけてたんじゃないのか?夏休みだからって夜更(よふ)かししてるから」


 父の小言が耳を突いた。母の言う通り、ラジオ局の仕掛けたいたずらだったのだろうか?だとしたら 相当悪質ないたずらだ。あのニュースからは感情が抜け落ちていた。あの原稿を読んだ女性は、なぜあんな出鱈目(でららめ)を、何の感情も無く読み上げることができたのだろう?


「こんな時間まで起きてるなら、もう少し勉強頑張ってみたらどうなの?一学期の成績、あれちょっとないんじゃない?」


 父の小言を受けて、母まで文句を言い出した。


「番組の途中ですがニュースをお伝えします」


 南国の海洋生物を写し出していたテレビの画面が突然切り替わった。画面に現れた男性アナウンサーは、まだネクタイすらちゃんと結んでいなかった。


「只今入りました情報によりますと、今日23時45分頃、ハナダ空港を離陸した旅客機・・・・・」


 時計を見た。時刻は23時50分を幾らか過ぎていた。


 結局この話は、ぼくの勘違(かんちが)いということで片を付けられたしまった。同じラジオ番組を聴いていた友人たちに(たず)ねても、そんなニュースを聴いた者は一人もいなかった。

 ぼくが見た悪い夢と実際の飛行機事故が偶然重なっただけ。両親はぼくにそう説明し、時間の経過と共に、ぼくもそれで納得してしまった。



 だがそれから二週間後、ぼくはまたニュースを読み上げる女の声を耳にした。時間も同じ23時30分を少し過ぎた頃で、抑揚の無い感情の欠損(けっそん)した平坦な声も一緒だった。


「今日最後のニュースです」


 女は淡々(たんたん)と、つい今し方発生した火事のニュースを読み上げていく。聴いているうちに火災現場はぼくの家のすぐ近くだということが判明した。二階建ての農家で火事が起こり、住民三人の生死が不明だということだった。


 大まかな住所と、読み上げられた住民の名前から、それが友人の家であることが判明した。


 ぼくは時計を見た。やはり前回と同じで、時間は23時35分。ぼくの家から友人の家まで、自転車で5分も掛からない。火事が起きているなら消防車のサイレンや集会場の半鐘(はんしょう)が打ち鳴らされているはずなのに、それらしい物音はしない。飛行機事故と同じように、火事はまだ発生していないのかもしれない。

 ぼくは階段を駆け下り、玄関に置いてあった小型の消火器を持って家を飛び出し、自転車の前籠(まえかご)に消火器を突っ込むと、友人の家に向けて全力で走り出した。


 友人の家の灯りは消えていた。外から見た限り、これといった異常は見当たらなかった。火の気もなければ煙の臭いもしない。友人が起きていればと思い部屋に近づいてみたが、家中の電気は消え、静まり返っていた。


 ぼくは(あきら)めて自転車に戻った。右手にぶら下げた消火器がやけに重く感じ、できることならこの場所に放り出してしまいたかったが、家の備品だからそうもいかない。派手な音を立てて家を飛び出したから、きっと両親が起き出してぼくの帰りを待っているだろう。


 自転車のサドルに(またが)ったとき、友人の家の奥で揺らめく炎を見た。目を()らしてみると、気のせいなどではなく本当に何かが燃えていた。火は突然大きくなり、友人の家の軒先(のきさき)を伝って燃え広がり出した。


「火事だ」


 自分の目にしたものが信じられなくて、小さな声で(つぶや)いた。そうしているうちに、炎は(さら)に勢いを増していく。


「火事だ、火事だぁ」


 あらん限りの声を振り絞り、ぼくは友人の家の雨戸を叩いて回った。しばらくすると家の中から反応があり、人が動き出す気配がした。そこでぼくはようやく右手に持った消火器に気づき、ピンを抜いて炎に向けて消火剤を()き散らした。


 そこから先のことはあまり良く覚えてはいない。気がつくとぼくの廻りには大勢の人がいて、ホースを構えた消防隊が友人の家を水浸しにしていた。


 結局、火事は小火(ばや)で消し止められ、友人とその家族は誰も行方不明になどならず、誰一人として怪我を負ったりもしなかった。

 警察はぼくが放火したのではないかと疑っていた。だがそれも、近所をうろついていた十九才の浪人生のポケットからライターのオイル缶と簡易バーナーが発見されるまでの短い間のことだった。

 

 市の消防署長はぼくに感謝状を贈り、それは長い間、ぼくの母校である中学校に(かざ)られていた。ぼくが助けた友人とその家族は、事あるごとに感謝を告げてきて、ぼくを夕飯に誘ってくれたりした。だけどそれも時間の経過と共に忘れ去られ、中学を卒業する頃にはすれ違っても挨拶(あいさつ)すらしなくなっていた。今となっては、ぼくは彼の名前すら思い出せない。

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