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受験1

 パパをぶった押して入学が決まった気分になっていたら、全然入学できていなかった件について。


 バカかな? なんでパパ倒して入学できるって思いこんでるんだよ。


 受験の仕組みについてはそう前世と変わりあるまい。むしろユラより詳しいまである。それなのになんで忘れていたんだろう。


 前世と同じ要領であれば、二か月で受験勉強を済ませるなんて普通は無理だ。詰んでる。これだけ大見得切って受験に落ちるくらいなら、最初から諦めた方が賢明かもしれない。


 けどそれは普通の場合だ。


 なんせ私は前世じゃ十七歳、レイアになってからの歳を合わせて三十一歳だ。高校受験なんてちょっと勉強すればよゆーよゆー!


「ぜんっぜん分かんないんですけどー!」


 はい。ダメでした。ユラの勉強テキストを借りてみたけど、全然分からない!


 国語・算術ならなんとか、後の歴史学、語学、魔術学については壊滅的だぁ。


「終わった。おしまいだよ。ごめんユラ。これからは私のことを頑丈だけが取り柄のバカと呼んでいいよ」


「だ、大丈夫だよ! 分からないところは私が教えるし、範囲を絞っていけばそんなに多くはないから。頑張ろう?」


「うん……」


 そうだ。やるしかない。


 そうしないと……決戦までしておいて入学できなかったとか、笑いものにされるに決まってる!!


 とりあえず時間を全部勉強に突っ込む。


 夏は芋畑仕事の手伝いがあるけれど、それはクソガキとパパに任せる。あの決戦を仕組んだペナルティだ。


 ユラには土下座して歴史学、語学を教えてもらう。これは前世と同じで要所を暗記すればなんとかなりそうだ。


 そして一番の鬼門、魔術学については……スペシャルな教師がいる。


「ママ様、よろしくお願いします!」


「はあ。分かったわ。ただしママ様は止めなさい。授業中は先生、もしくはお母様と呼ぶこと」


「それはいいけど、なんでお母様?」


「言われてみたかったのよ」


「じゃあ先生で」


「あら、残念」


 貴族の令嬢様ならいざ知らず、農家の娘がお母様呼びとか傍から聞かれたら悶絶ものだ。


 これで勉強の環境は整った。後は死ぬ気でやれることをやるだけ。


 生まれてから今までで一番濃密な時を過ごし、あっというまに二ヶ月は過ぎていった。


 そして来たる、受験一週間前。


「あ、暑い……暑いぞぉぉぉ!!」


「黙って着てなさい。王都に着いたら衣装チェックできないんだから、今確認しないといけないでしょ」


「任せてくださいツェンさん。私が責任を持ってレイアに服を着せてみせます」


「ありがとう。任せたわ、ユラ」


「私だって服くらい着れるわい!」


 酷い言われようだ。


 トップスは黒のブラウス、その上からベージュ色のボレロを羽織っている。合わせて下も黒のスカート。靴はおろしたてのローファー。


 冠婚葬祭のときだけ引っ張り出す窮屈な衣装を着せられていた。


 普段テキトーに着ている服とは大違い、仕立てのいいものだと一目でわかる。オシャレこそ女子の嗜み。窮屈ではあるけれど、普段のズボラな服より圧倒的に可愛い。女子力が回復していくのを感じる。


「馬子にも衣裳ね」


「ほんと。レイアによく合ってる」


「ふふーん。まあ私美少女ですから」


「これでもう少しお淑やかだったら私も鼻が高いんだけどねぇ」


「お、お母様ぁ~?」


 お淑やかな娘を諦めたような溜息は止めて頂けないでしょうか。


 畑仕事中のパパにも顔を見せて、行商の馬車に乗せてもらう。五日間の旅路をかけて、目指すは王都。セントラル学校だ。






 レンガの建物と石畳の広い道を、多くの人が行き通う。これだけ人がいても、鍬を抱えた農夫や酔っ払いのジジイはひとりもいない。そこを歩くのは例外なく品の良い服を着た紳士淑女だ。


 タリーズ王国の中央都市、王都・セントラル。この国で最も栄えている場所である。


 行商の人にお礼を言って、ホテルでチェックインを済ませる。格安ホテルでも村と比べれば天と地の差だ。長旅の疲れを抜くようにベッドに飛び込んで、だはーっと体を伸ばす。


「よぅし! 遊ぶぞー!」


「は? なに言ってるの? 受験まであと二日、勉強するに決まってるでしょ?」


 ユラの笑顔に凍り付く。ユラ監督のもと、受験勉強は馬車の中だろうと容赦なく実施された。これ以上やったら頭が壊れる。


「ほ、ほら! 長旅で疲れたし! 少し羽を伸ばすくらいはいいでしょう?」


「ダメ。勉強して」


「ユラの鬼! 悪魔! 巨乳牛ぃ!」


「最後のは関係ないよね!?」


 関係はないです。


「大丈夫。レイア、受験に合格したらいっぱい王都で遊ぼう。そのために私は鬼にも悪魔にでもなるから」


「鬼にも悪魔にもならないでいいから、王都で遊ばせてぇぇ……」


「それはダメ」


 ちっきしょぉぉぉ!!


 私は泣きながら勉強をした。せっかくの王都だというのに、気分は囚人。ユラのことが看守に見えてきた。


 そんな二日間もあっという間に過ぎていく。


 受験当日。


 受験生がすげーいて、セントラル学校もすげーでかくて、試験もすげー難しかった。


 試験を終え、ホテルへと戻る。五科目の試験となればさすがに疲れた。せっかく看守(ユラ)の目を逃れ、王都を遊び惚けるチャンスだったけれど、私はそのままベッドにだいぶする。


「せっかくの服が皺になるよ」


 ユラも疲れたのか、私のすぐ後に部屋に戻ってくる。


「脱がしてー」


「レイア赤ちゃんができないっていうなら脱がしてあげるけど?」


「自分じゃ脱げないからユラに脱がしてほしいばぶー」


「レイア、勉強のやりすぎでとうとう頭おかしくなった……?」


 本気で心配するのはやめてほしい。


 部屋着に着替えてポットで湯を沸かす。ユラが魔術で湯を沸かし、持参したポットと茶葉で紅茶を淹れる。コップまで二人分持ってきてくれたのだから、ユラには頭が上がらないな。


 ほっと一息つく。


「試験はどうだった?」


 恐る恐るユラが聞いてくる。まるで事故にあった親の手術がどうだったか医者に尋ねる娘のような神妙さだ。それで言うなら私は医者ではなく患者役だけどな。


 私はフッと笑って髪を払い、足を組んだ。ソーサーを持ち上げ紅茶を一口呑み、それを置く。たっぷり時間をかけてから、余裕をもってその質問に回答する。


「惨敗でしたが?」


「なんでそんな余裕そうに応えるかなあ! バカっ! レイアの脳筋怪力女!!」


 ユラは頭がいいんだから、私が女だってことと傷つくってことをそろそろ学んでほしい。


「ど、どこら辺が惨敗してたの? 問題用紙ある? 自己採点するからちゃんと書き込んでくるように言ったよね?」


「持ってるけど、自己採点って。回答ないじゃん」


「私が答え分かるから早く出して!」


 ユラ先生すげーっす。


 私が問題用紙を取り出すと、それをふんだくって鬼の形相でそれをめくりながら、メモ用紙になにかを書き込んでいく。


 それをずずーっと紅茶を啜りながら眺める私。いやー紅茶が美味い。


 ようやくユラが問題用紙から顔を上げた……かと思うと、机に突っ伏した。その前になんか言ってほしい。いや、はっきり言おう。私を慰めてほしいと。


「レイア、明日の実技試験に賭けよう」


 ユラが顔を上げたと思ったら、前向きに今日の試験を切り捨てていた件。いやちょっと待って。


「あの、せっかくなので今日の試験の講評は……」


「今していいの……?」


「やめとうこうかな!」


 その先は地獄な予感がした。


「これはしょうがない。プランB、筆記試験でこけたときは実技試験で補う。さいわいレイアは実技試験だけなら誰よりも高いスコアをとれる。このナンバーワンという事実はいくらレイアの筆記の点数が絶望的でも無視できないはず」


「私の二か月の努力の結果が絶望的て」


「でもそのためには実技試験で一番をとるというのが最低条件だよ。レイア、できる?」


「たしか実技試験の内容は、魔術科希望者なら得意魔術の披露。騎士科希望者なら教官との模擬戦闘」


 プランB。これはママが考案した、「筆記試験で想定以下の点数を取ったとき」の計画。概要はレイアが話した通り、実技試験で最高スコアを狙うというもの。


「そして私の狙う普通科(・・・)希望者の実技試験の内容は……特技の披露? だよね」


 正直今でも疑問だ。なんだそれ、大学生の自己紹介? なんで入試でそんなことを、と言いたくもなる。


「そう。五年前まで普通科は実技試験をしていなかった。それがこんな試験をやるようになったのは、セントラル学校が突出した才能を探しているから。レイアの怪力はそれに見合う才能だと、私は思ってる」


「そうかもしれないけど、力が強いとか体が頑丈とかってたぶん普通科の生徒には求められてないんじゃない?」


「知ってるよ!! だからあれほど騎士科にしろって言ったのに!!」


「いやでも普通の女子が騎士科に入るのっておかしくない?」


「だから知ってるよ!! でもレイアは普通の女子じゃないじゃん!!」


「えぇ……」


 なんか受験勉強を始めてからユラの当たりが強い気がする……強くない?


「分かった。そんなに言うならレイアの怪力以外の特技を見せてみて」


「お、いいねぇ。見せちゃおうかなぁ、この超絶特技!」


 ベッドから立ち上がり、軽く腰を曲げて、胸の前で人差し指と中指を使ってハートマークを作る。仕上げはパチリとウインク、あーんどスマイル!


「え、なに、それは……」


「見ての通りかわいいポーズ。やっぱり美少女ってところが私の特技だと思うんだよねぇ~」


「舐めてるだろ」


 怖い。


「はいはい。分かりました、分かりましたよ。私がナンバーワンを取るには怪力を使うしかない。それでなんとかするよ」


「うん。頑張って。それで、一緒にセントラル学校に入ろう」


 まったく。可愛いことを言ってくれる。今日一番のプレッシャーだ。


 そんな神妙に言われたら、こう答えるしかない。


「任せて。必ず入学してみせるから!」


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