クソ村5
「学校に通いたいだと!?」
家に帰って早速パパとママに学校に行きたいと伝えてみると、パパが面食らった顔をする。いつものことだが。
「学校って……学校で何するんだよ!?」
「さっきレイアが言ったでしょう。勉強して知見を深める。友と切磋琢磨する。学校とはそういう場所よ」
「いやでも、レイアは冒険者になるんじゃなかったか……?」
「だれもそんなこと言ってないでしょう。あなたが勝手にその気になって、レイアを鍛えていただけでしょう?」
「マジか……レイアは冒険者になりたくないのか? ほら、親子揃ってドラゴンスレイヤーに……」
「ぜんぜんなりたくない」
「なん、だと……」
パパが膝をついて、うわ言のように「親子揃ってドラゴンスレイヤー……」と呟いている。
そこ親子揃える必要ある?
この調子だとパパには反対されそうだな。
でもそこはママがフォローしてくれるからなんとかなる……いつもならそうなるし、今回もその流れになると思っていた。
「私は賛成できないわね」
「なんですとー!?」
意外……っ!! まさかの裏切り……っ!!
学校に入学すれば学費がかかる。当然、子供の小遣い程度で足りる額じゃない。
学費は親に頼るしかない以上、この二人の賛成は必須だ。それが二人とも反対だなんて、先が思いやられるなあ……。
「裏切ったみたいな目で見ないでくれる? べつに反対してるってわけじゃないのよ。ただ……学校に入りたいって、いつもみたいに思いつきの衝動で言ってるでしょ?」
「本心ですが!?」
いつもみたいにって、そんなに私が思いつきの衝動で言ってるような人間に見えるのか……。
「初めてパパと試合したときも、冒険者に興味あるかもーとか言ってたじゃない。それで今はどうだったかしら?」
「(興味は)ないです」
「それと同じ。最初は新鮮で目を惹かれても、それが続くかどうかは分からないんだから、もう少しちゃんと調べなさい」
「それなら大丈夫! 私最初から冒険者には興味なかったから!」
「ならなんであのとき試合したのよ……」
「なんか、いけるかなって」
チートを調査するためですぅ。
「なんとなく学校に入りたいわけじゃないんだよ! ユラに話を聞いて、面白そうだと思ったから、私も通ってみたい!」
「そう。まあ、ちゃんとした意志があるなら反対はしないけど……ロキはどう思う?」
言いながら、ママがパパの頭をひっぱたくと、はっとしてパパの意識が戻ってくる。
「その、学校というのは家から通うわけにはいかないのか?」
「うん。王都の街にある学校だから、三年は寮に住むことになるね」
「なら反対だ!! 大・反・対!! レイアと三年も離れて暮らすなんて嫌だ!!」
「理由が自己中過ぎでは?」
大方予想通りだけどね。
「少しはレイアの将来を考えて発言するように」
ママがはあーっと息を吐いて頭を押さえる。たびたび思うのだが、どうして超常識人のママと脳内年齢が三歳児レベルのパパが結婚できたんだろうか。
レイアの将来、レイアの将来と何度も呟いて、パパがぽんと手を叩く。
「ほら、あれだ。王都で一人暮らしなんて、その、危ないだろ!!」
シーンと部屋が静まり返る。
パパを除く二人が呆れ、しぶしぶとママが聞いた。
「危ないって、たとえば?」
「たとえば……誘拐とかされるかもしれないだろ! 俺たちのレイアはこんな可愛いんだ! 誘拐されてもおかしくないな、うん」
「そうね。レイアが美人に育ったのは認める」
そう前置いて、ママが本日何度目かの溜息を吐いた。
「それで、誰だったらこの怪力娘を誘拐できるのかしら?」
怪力娘て。
「それは……いろいろいるだろ。冒険者崩れの傭兵とか、犯罪者とか」
「そう。それなら元冒険者でドラゴンスレイヤーの人よりも強いんだから問題ないんじゃないかしら?」
ピリィィィン。
なんだ、この感覚は。ママがなにか超えてはいけない一線を越えてしまったような気がする。
「ほう。レイアが、俺よりも、強いというのか?」
それは先ほどまで返す言葉に悩んでいたパパではない。ママに煽られたから怒っているのとも違う。
「試してみるか……なあレイア?」
その目にあるのは静かな闘志。それは芋畑の農夫ではなく、元冒険者のドラゴンスレイヤーに相応しい。
で、なんで私が言ったわけじゃないのに私が試されてるの?
「いや、やらないけど」
「やらないのか……」
途端にパパがしょぼんとする。忙しいなおい。
「あら、やらないの? ということはロキの言うことも一理あるかもしれないわね」
と、まさかのママが食いついてきた。思わず聞き返す。
「というと?」
「レイアの実力が分からないなら、王都に一人で学校生活をさせるのは危ないんじゃないかってことよ。いくら王都の治安が良くたって、やっぱり娘一人の生活は心配だもの」
「それだ! それならレイアを学校に通わせるわけにはいかないな!」
大はしゃぎのパパである。それはおいておくとして。
これはどういうことだ?
私の怪力はママも分かってるはず。自分で言うのもアレだが、そこらの暴漢程度に誘拐されるほど柔じゃない。
それを「パパと戦わなければ、実力が分からないから学校には通わせない」なんて、暴論もいいところ。
とにかく、しょうがない。私の実力が分からないというなら、分からせてやるまでだ。
「分かったよ。私がパパと戦えばいいんでしょう? それでもし勝ったら学校に通う。これでどう?」
「俺に勝つ、か。言ってくれたなレイア。おまえの怪力は認めるところだが、それだけでドラゴンスレイヤーであり、父親である俺を越えられると思ったら大間違いだ!」
「あーハイハイ。じゃあもし勝ったら学校に通わせてくれる。約束してよね?」
「勝てたら、な」
よっしゃあ、言質取ったぁ!
結果的にはホクホクだ。どうなることかと思ったが、ぜんぜん悪くない展開。よし、そうと決まれば早速──
「じゃあ、もしレイアが負けたら学校は諦める。それでいいのよね?」
「なっ」
またしてもママだ。
勝つことしか考えてなかった。その自信はもちろんある。けど……私が知っているのは鍛錬モードのパパであって、本気のパパと戦ったことは一度もない。
もしかしたら、という可能性。リスクを考えると不安になる。
「そうだ! パパが勝ってレイアが学校に行くのを止めてみせる! 学校なんぞにレイアはやらん!」
学校相手に娘をおまえにはやらん的なこと言ってる人初めて見たよ。
不安ではある。けど、私はもう決めた。だから答えはひとつしかない。
「わかった。それでいいよ。それじゃ、やる?」
「応! 動きやすい服に着替えたら庭に集合だ」
「ちょっと待って」
と、ここでもママから一言あるらしい。
「ロキは今の状態でベストな試合ができるの? それでもしレイアに負けたときに、「ドラゴンスレイヤーの冒険者が本気で戦って負けました」って言い訳せずに言いきれる?」
「なんか言い方に悪意ないか……?」
パパが負けた時に言い訳しそうなのは分かる。
「そうだな、俺は本気で戦う。ただ、それは今のロキ・クォーターの本気だ。ドラゴンを倒した頃と比べたら何枚か落ちる」
何枚か、どころの話じゃないだろう。
パパとママが冒険者をしていたのは私が生まれるまで、十四年前のことだ。それからパパは農夫になっているんだから、冒険者全盛期の頃より体も戦闘勘も落ちているはず。
「さすがにそれを全盛期まで戻すのは難しいでしょうけど、ある程度は体を作り直した方が、よりベストが尽くせるんじゃないかしら?」
「ああ。できるはずだ」
「ならそれをやりましょう。勝負は一週間後。それまで互いにコンディションを万全にして戦うこと。負けても言い訳しないこと。できるわね?」
「応!」
「はーい」
「そうと決まればこうしちゃいられねえ! ツェン、悪いが今日から決戦まで山に籠る! 飯はいらねえ。畑仕事はキールに任せる。レイア、一週間後を楽しみにしてるぞ!」
そう言って簡単に荷物を整えると、パパが家を出ていく。山に籠るって……修行僧かな?
「まったく、もう四十近いっていうのに頭は子供のまんまなんだから」
そう言って、ママが呆れたとばかりに肩をあげる。
パパの奇行にはもう慣れた。奇行と言えば、それこそ今日一番違和感があったのはママの方だ。
「ママは私が学校に行くの、反対派?」
「さっきも言ったけど、反対はしてないわ」
「嘘だぁ。パパの味方ばっかりしてたじゃん」
「ふふ、それはレイアのためよ。あそこまで大見得を切らせれば、いくらロキといえど変に言い訳できないでしょ?」
「それはそうだけど……なにも負けた時のことまで言わなくても良かったじゃない」
もし負けても、あの手この手でごねれば次の機会があったかもしれない。
でも、負けたら学校を諦めると言い切ってしまった以上、言い訳ができないのは私も同じになってしまった。
それで試合の条件が五分だというのはその通りだけど、パパだったらママが言わなければ気づかなかったと思うのになあ。
「ズルとは感心しないわね」
「ズルじゃない。賢く生きてるだけよ」
「私好みの回答ね。いいえ、さすが私の娘といったところかしら」
ママが嬉しそう言って、そして少し寂しそうに微笑んだ。
「そうね。べつにフェアでやってもらう必要もなかったんだけど……本音を言うと、私もレイアとは一緒にいたいのよ。だって私はあなたの親なんだから」
「……私だって、嫌でパパやママと離れたいわけじゃないんだけど」
「知ってる」
なかなかどうして、本音というのは気恥ずかしい。それを誤魔化すように私は続ける。
「でも村で一生を過ごすのは嫌!! 都会で過ごしてみたい!!」
「それも知ってる。私もロキも、冒険者になった理由はそれなんだから」
「じゃあ学校行かせてよ」
「それはそれ。これはこれよ」
なんって親だ! 自分たちは楽しく冒険したくせに!
こうなったら意地でも学校に通ってやるからな……。悪いけど、パパには勝たせてもらうよ。