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クソ村4

 パパが私を鍛えるといって張り切りだしてから四年の月日が流れた。


 正直最初は乗り気じゃなかった。なにが楽しくてパパとトレーニングなんかしないといけないのか。それに私は女の子だ。冒険者なんてさらさら興味もないし、男子特有の強くなって無双したい願望もない。


 それでも四年の間トレーニングは続いた。


 なにせ、この世界には娯楽が少ない。都会に行けば服や本、食事に演劇、娯楽施設。遊ぶには苦労しないらしい。


 けど残念ながら私が住むこの村はどこぞの貴族様が統治する領地の一角。自然が豊かで、空気が美味しく、水が澄んでいるのが魅力の村だ。


 裏を返せば、それ以外はなにもない。


 前世じゃスマホひとつあれば暇つぶしには苦労しなかったのに、ここでは退屈な時間が余りある。


 だから暇つぶし代わりにパパ直伝のトレーニングを熟した。トレーニングと言えば暑苦しさがあるけれど、ちょっとしたエクササイズと思えばダイエットの一種だ。お菓子も少ないこの世界で太ることなんて滅多にないけど、運動の習慣は悪くない。おかげで毎日快眠で、病気のひとつにもかかることはなかった。


 そして副次的な効果……というか、こっちがメインの方だけど、そちらも効果はちゃんと現れている。


「レイア! 今日こそおまえを倒す!」


「はいはい。頑張れ頑張れー」


 同じ村のクソガキ男子が私に木剣を渡してくる。


 いつの頃からか絡まれてるクソガキだ。なぜか女子の私に喧嘩をふっかけてくる。


 面倒くさいなーと思わないでもないけれど、今では都合よく利用させてもらっているクソガキだ。


「今日こそ、今日こそおまえを倒して、そして……おまえんち芋畑の水汲みを辞める!!」


 まるで私がヒールみたいな言い方じゃんか。


 水汲み雑用は喧嘩を断る口実だったんだけど、それでも喧嘩を挑んできたあげく、負けたこのクソガキが悪い。


「おっ、なんだキール! またレイアと戦うのかー? よせよせ、兵卒(ポーン)じゃ我らが戦姫(ヴァルキリー)に勝てっこねえよ!」


「うっせえなぁ! 戦いもしねえ野次馬が語ってんじゃねえ!」


「おっと失敬。俺たちゃあ農民だもんでな。騎士様には敬意を示さなきゃあいけねえな!」


 そういって、野次馬の一人が敬礼すると、周りにいった酔っ払いがどっと沸いた。


 それをみてクソガキがますます顔を赤くする。これだからガキは。


 しかし、戦姫って私のこと? 私のことだよね? 舐めてるよね?


「おいクソジジイども。私は騎士でもなんでもない、普通の農民の子の女だけど、ひと試合する?」


「クソジジイ!? クソジジイだと!? ふざけやがって! オラぁちょっと腹が出て頭が薄くて飲んだくれの四十過ぎてるが、そのどこがクソジジイだ!!」


 全部じゃん。


「くっそぉ、ちょっと顔が良いからって見下しやがって! キールすっこんでろ! オラがこのガキ分からせたる!!」


 酒瓶を持ったままクソジジイがこちらに来ようとする。けど、それを見た別の野次馬が慌ててクソジジイを羽交い絞めして引き留めた。


「おいよせクソジジイ!! あんたみたいなクソジジイが嬢ちゃんに勝てるわけねえだろ!! あの嬢ちゃんは巨人族の娘だ! 牛を片手で持ち上げるんだぞ! あんたなんて一捻りだ!」


「そうだクソジジイ! あの嬢ちゃんはグリズリーと相撲して勝ったんだぜぇ!」


「やめとけクソジジイ。あの嬢ちゃんはな……山のウルフの長と走りで競って追い抜いたことがある」


「クソジジイじゃねえっつってんだろ!!」


 えぇ……どこのだれだよ、その嬢ちゃん。(困惑)


 もう面倒だから放っておく。クソジジイはどうでもいい、重要なのはクソガキの方だ。


「それじゃあ、やる?」


「あ、あぁ。でもそのまえに、サンキューな。俺がバカにされてんの、庇ってくれて」


「え? なに?」


「なぁっ、なんでもねえ! とにかく、勝負だ! 今日こそ勝つ!!」


 それ負けフラグじゃ……まあ相手の私が言うことでもないか。


「よーし! 俺様がコインを投げる。落ちたら試合開始だ!」


 クソジジイが勝手に仕切る。互いに異論はない。


 コインが投げられ、地面に落ちてチリンと鳴った。試合開始だ。


「うおおおおおおお!」


 なんだか疲れそうな雄たけびを上げてクソガキが走って来ると、剣を振り下ろす。


 うーん。ゆっくりだ。


 初めてパパと試合したときにもあった、この相手がスローに見える感覚。


 理由は分からないけど、予想はある。アルマロスが私にくれたチート、〈頑丈な体〉だ。


 怪力に留まらず、こんな能力まであるなんて、もはや頑丈な体と関係なくない? いったい私に何をしたんだか、死んだらぜひ問い質したい。


 で、そんなスローな剣が私に当たるわけもなく。躱すほどの時間をかけるまでもない。


 必殺、後出しじゃんけんの太刀!


「うおああああああああああ!!」


 クソガキが剣を振る前に私が剣を横に払るうと、彼が雄叫びをあげて吹っ飛んでいく。


「くっそぉ! また負けたのかぁ!」


 なんで学ばないんだろうねえ。


「じゃあ約束通り、また一か月畑の水やりお願いね!」


「い、いやしかし俺はおまえに勝つために昼間は鍛錬が……」


「お願いね!」


「は、はい……」


 よっしゃぁ! チートさまさまだねぇ。


 こうして私はこの四年間でちゃんと自分の実力を伸ばしていた。だいぶ力加減もコントロールできるようになってきて、十歳のあの日みたくパパをゲロ塗れにしたり、家の壁に穴を開けたりはもうしない。


 クソガキに剣を投げ返して、その場を離れる。さて、家に帰るには少し速いし、かといってトレーニングは今日はもういいかな。


 どうしようかと思っていると、とことこーっと私についてくる足音に気づく。


「レイア大丈夫? キールに剣の試合を挑まれてたみたいだけど、ケガしてない?」


 さっきのクソジジイどもは私を巨人族だとか言っていたが、こうして私を心配してくれる友達もいる。


「ありがとう、ユラ。ぜんぜんヘーキ。あんなの試合にもなってないわよ」


「だよね。女子としては腕っぷしの強さが羨ましいよ。まあレイアほど反則級な強さが欲しいとは思わないけど」


「ま、日ごろの努力の賜物ってやつですなあ。でもユラも男を骨抜きにする兵器をふたつも持ってるでしょ? 私にはそっちの方が羨ましいわ」


 そう言って、親友のユラが持つ兵器を見る。


 胸についたその、同じ十四歳の女子とは思えない膨らみは黒いワンピースを押し上げている。そのワンピースは胸の考慮がされていない設計なのか、おかげで白く細い太ももがチラチラと覗いていた。


 どう考えても怪力より(おっぱい)の方が欲しいと自信を持って言えますが?


「変態」


「ぐへへ。姉ちゃんいいもんもってんねぇ」


「次言ったら本気で殴る」


 目がマジだった。親友なんだからセクハラくらいしたっていいじゃないか。


 ユラも暇だというのでてきとうなベンチに腰を下ろす。


 この村にはなにもない。自然が豊かなだけの村で、変わり映えしない。だからこういうときに話すことといえば漠然としたもので、


「ねえ、レイアって将来は騎士にでもなるの?」


 とかそんなものだ。


「って、は? 騎士? なんで私が?」


「だって、強いから。あ、でもあんたのとこの両親は冒険者だったよね? なら冒険者?」


「いやいやいや、冒険者って。ないない」


 ドラゴンスレイヤーとかゴブリンスレイヤーとか、ぜんぜん憧れないし。


「へー。なんかもったいない」


「そう? べつに強くなりたかったわけじゃないんだけどなぁ。ちょっと体が頑丈だったら、それで良かったんだけど」


「キールが聞いたら泣くね。でもそれじゃあ、レイアがなりたいものってなに?」


 待ってましたとばかりに私は言い切る。


「普通! 私はふっつぅーーーに生きたい!」


「それは一番無理な気がする」


「そんなっ!?」


 なんで!? どうして!? 私おかしなことしてないよね!?


「レイアの普通に生きるって、具体的にはどういうこと? このまま農家を継ぐ、とか?」


「ん、んんんー? 農家、農家かぁ……。悪くはないけど、もう少し変化が欲しいな。この村にずっといる気はないと思う」


「分かる分かる。私も同じだし」


 ほっとする。


 普通に生きたい、と言った。


 この世界で普通に生きるということ。その回答のひとつとして、一生畑の世話をするというのは正しい。


 でもそれは嫌だと私は言った。それはたぶん、前世の記憶があるからだ。


 この世界にはもっと楽しいことがあるんじゃないかと、期待している自分がいる。


 冒険者になってモンスターを倒したり、宝探しをしたりするほど大冒険をしたいわけじゃない。


 ただ、少し手を伸ばせば手に入る楽しみを探すくらいの努力はしてみたい。その境目を私はまだ上手く言葉にできない。


「逆にさ、ユラがなにになりたいの?」


 話を逸らすためでもあったが、純粋に興味はある。


「なにになりたいかは決めてない。でも私は学校に行ってみようかなって思ってる」


「学校?」


「うん。都会の学校に通って、いろんなものを見て、自分がなりたいものを探す。そこでこれだってものがなかったら農家を継ぐ、かな」


「ほほう。学校!」


 この世界にもあると、ママからは聞いていた。


 ただ、パパやママは十五のときには冒険者で、学校には通っていない。だから、どこか他人事のような話で、私も聞いてあまりピンときていなかった。


 けれど今、ユラがそこに通うと言って、すごくそれを身近に感じた。そして強く思う。


「ねえ、ユラ。できればユラが行こうと思ってる学校について詳しく教えてくれない?」


 今私は学校に通いたい、と。


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