クソ村3
私はそれを見下ろしている。
足元でお腹をおさえてうずくまるそれ。
そう、そのひとこそ私のパパ、ロキ・クォーター。
剣の練習の最中に娘から腹パンされたら、ゲロをまき散らして膝から崩れ落ちてしまった……。
ママが駆け寄ってきてパパの腕を肩にかけ、立ち上がらせると、ゆっくり縁側に座らせる。
い、いったいなにが起こったんだってばよ……。腹パンか? 私の腹パンの当たり所が悪かったのか?
「ご、ごごごごめんパパ! まさかこんなことになるなんて!」
「大丈夫だレイア。心配ない」
「心配するよ! こんなゲロ塗れでお腹抱えてうずくまってたんだよ!?」
「ああほんと心配しないでくれ。娘に負けたあげく、これ以上心配されると心が折れそうになるから……」
効いてる効いてる。
って言ってる場合か!
父親の尊厳逝ったぁぁぁ! やったぜやっふぅぅぅ!
だから言ってる場合か!
そりゃそうだよ! 腕利きの元冒険者が二回りも離れた娘に腹パンされて負けたらそりゃ落ち込むよ!
私だってそれくらいは分かる。でもそうはならないと思った。
だって、たかだか十歳の女の子のパンチだよ? 鍛えられたパパの腹筋にダメージなんて与えられるとは思わないじゃん!
だから、どうしてこんな事態になっているのか本当に分からない。もしかして私、パパのお腹じゃなくて、その……急所をやっちゃった?
「大丈夫よ、レイア。全部油断してたロキが悪いんだから。それより、手とか服とかいろいろ汚れたでしょう。今日はもう終わりにして、外で汚れを落としたら体を洗ってしまいなさい」
「そうするー」
よく考えたらそれもそうか。
もとはと言えば余裕こいて自分に酔っていたパパが悪い。うん、これはどこからどう見ても……自業自得だよねっ!
汚れを落として汲み湯と石鹸で体を洗い、さっぱりとした状態で台所を覗いてみる。
「パパが体を洗ってるけど、先に食べちゃいましょう」
とママが言うので、パパを待たずに夕飯を食べる。もっとも普段のパパの帰りはもっと遅いので、パパ不在の夕飯には慣れているけど。
初めて剣を振ってみたが、ただ素振りするのと相手を倒すために剣を振るのでは全く訳が違ったこと。そんな話を私がすると、ママが冒険者時代にはモンスターを倒すためにどのように思索を巡らせたか聞かせてもらいながら、夕飯を済ませる。
食器を洗い桶にぶち込んで、さっさとダイニングから部屋に戻る。
結局ご飯を食べ終えるまでパパは出てこなかったし、私が体を洗い終えた後もパパとは会わなかった。夕飯の最中にあの稽古についてママが触れなかったのもそうだが、たぶん今パパと会うのは間が悪いのだろう。
一時のテンションに身を任せるとこういう面倒を引き起こす。だからといって娘が親に気を遣うのも違うんじゃないかと問いたい。
いや、そもそもの問題はパパが私に負けたことだ。
負けた? というか、私が勝った自覚はもちろん無い。あれは事故よ、事故! パパが腹パンで倒れるなんて思わなかった。
でもひとつ、気になる感覚があるのよね。
私は拳を開き、握りしめる。あのときの私は完全に念能力が使えていた……じゃないけど、湧き上がる力みたいなものがあった。
パパに腹パンしようとしたとき、泉の水を汲み上げるみたいにどこまでもそれを引き出せた。この感覚、調べておく必要がある。
よーし。試しに壁に向けて……せりゃ!
ズドーン!
っと、こうしてクォーター家の部屋に、人ひとり通れるどでかい穴が開いたのである。
「……レイア」
「はい」
「話を聞いたけど、どうして自分に力があると自覚したうえで、部屋の壁を殴ろうと思ったのかしら? こうなる結果はなんとなく想像できたと思うんだけど?」
「いやその、いけるかなって思って」
「いけたわね」
「はい……」
リビングにてママに正座&お叱りをこってり受けているところ。
たしかによく分からん思考をしていた。「一時のテンションに身を任せると面倒を引き起こすから気を付けようぜうぇーい!」って反省した直後にこれだ。あまりにもマヌケすぎないか、私?
「で、でも壁をぶち抜くとは思ってなかったと言いますか! ここまでのことになるとは想像できないよ!」
「それはあなたの想像力不足……とは言い切れないわね。たしかに、今日のレイアはちょっとおかしいくらい怪力がある。なにか変なものを食べたとか、原因に心当たりはある?」
「ないないないない」
ぶんぶんと首を横に振る。
本当はひとつだけ心当たりがある。すっげー心当たりがある。具体的にはどこかの天使に付与してもらったチートとかが怪しくて仕方ない。
「ロキ、なにか分かる?」
と、ママが聞いたのは腹パンぶりのパパである。
今日一日は気まずいままかなーっと思っていたけど。
壁が吹っ飛ぶ音を聞いて「レイア、大丈夫か!?」と忙しなく私の部屋に飛び込んできたのはパパだった。なんなら今も私の頭をワシャワシャしている。
正直ウザいが、気まずいままでいられるよりはマシなので無視しておく。
「レイアの怪力か? 女でも強いやつはいくらでもいるだろ。っていうか、おまえがそれを言うか?」
「私は……強化魔術を使って身体能力を上げられるけど。レイアも強化魔術を使えるの?」
「強化魔術?」
首をかしげる。
強化魔術、つまり魔術ってことだけど、レイア・クォーターの知識でも魔術については何も知らない。
「レイア、試しに力を入れて空を殴ってみて」
それくらいなら。
空に向けて拳を振り抜く。
「強化魔術は使ってないわね」
「じゃあこの怪力はなんだ? 実はレイアがムキムキだってことか?」
「「そんなわけないでしょ」」
こんな美少女捕まえてなんてこと言うんだこのバカパパは。
「考えられるとすれば”ギフト”だと思うわ」
「ギフト?」
今度は聞いたことすらない単語だ。
私が聞くと、ママがうんと頷く。
「ときどきいるのよ。膨大な魔力を所持している。モノを自由に操る。姿を消す。そういうのを生まれたときからできる、常人ならざる能力の保持者が。その天から授かったとしか思えない能力をギフトと呼ぶわ」
なるほど。私で言うところのチートのことか。
「まさか、レイアがギフトホルダーだとわな……。希少すぎて考えもしなかったが」
「まあ、そうね。厳密にはギフトを見分けるのは難しいわ。膨大な魔力って言っても、魔力が多い人との区別はできないし、モノを操ったり、姿を消したりは魔術でもできる。レイアの怪力も強化魔術があればできることだから、よっぽど親密でなければ気がつかれないでしょうね」
「ほへー」
チートって言っても特別じゃないんだなぁ。まあそちらの方が私には都合が良い。
なにせ……私がしたいのは少女漫画のお姫様みたいな恋でも、ラノベみたいなハーレムでも、熱血系アニメみたいなバトルでもない。
普通に生きれればそれでいいっす。貴族とか無理だし、ハーレムとか疲れるし、バトルとか痛いの無理なんで。
「怪力のギフトか……。よっし、決めた! パパがレイアをとことん鍛えて一流の冒険者にしてやる! 親子揃ってドラゴンスレイヤーだ!」
「人の話聞いてねえな」
いや言ってなかったか。
とりあえず冒険者とかも目指す気ないし、今日みたいになにかとパパがめんどくさい特訓なんてやりたくない。誰がパパのゲロを片付けると思ってるの!
そのままそう言おうとしたところ、意外なところからパパの援護が入った。
「冒険者になるかはまだ決めなくてもいいと思うけど、訓練には賛成ね。レイアはその力を制御できるように学んだ方がいいわ」
もちろんママだ。さすがにパパより言ってることに説得力はある。というか家の壁まで壊してる手前説得力しかない。
「よぅし! じゃあ明日から仕事が終わり次第みっちり特訓だ! ちょうどレイアも暇してただろう! パパが仕事の間のトレーニングメニューを考えておくからな!」
マジっすか……。