幕間─お嬢様の受難
◇
全力を出し切った試合ではあったが、スターレーン先輩には適わなかった。
いや、当然だ。相手は王国最強。
私はと言えば、剣才だの学生騎士王だのと言われても、所詮は剣位二冠。実力に差があるのは分かりきっていた。
分かりきってはいたが、実際に剣を打ち合わせてみると、言葉以上にその差があるものだと気付かされる。
それでも私は勝つつもりでこの試合に挑んだ。それを目標にすれば、私は強くなるために努力できると思ったからだ。
けど、戦ってみて、負けてみて、その感想はといえば……
「良い試合だった、とはいえいな」
スターレーン先輩が感想を、いや、確信を言う。
「盛り上がる試合ではあった。客も満足しただろう。貴様も全力をだしてオレを倒しに来ていたな。だから文句がある訳じゃない。ただ、この試合にはオレが求める強者も、そしておまえを熱くする強者もいなかった」
「私を熱くする強者、ですか?」
「おまえとオレは似ている。力と才能はあるが、ただなんとなくそれを鍛えているだけだ。だがそれではつまらん」
「は? つまらん? 楽しいかどうかの話ですか!?」
「究極のところを言うと、そうだ。強くなることを楽しめなければ、強くなる意味などない!」
滅茶苦茶なことを言いだしたぞ、この人。
私は違う。強くなることに意味はある。民を守るための貴族の義務。
その指標を明確にした方が、より強くなれる。だから私はスターレーン先輩に勝つことを目標にした。
けれど、実際に戦って、負けて、そこになにか変化があったのかは疑問だ。
たしかに勉強にはなった。しかしスターレーン先輩と再戦して、勝つために努力をしたいかと問われると……そんな気にはなっていない。
ただ強いだけではダメなのか。しかし、私を熱くしてくれる、この人には負けたくないと心から思える、そんな強者が本当にいるのだろうか?
「モンテール嬢には悪いが、今日オレはもう一戦予定している。こちらは未知の相手だが、オレの"眼"を信じれば、期待できる相手だ」
「それは私の許可するところではありませんので、なんとも言えませんが……スターレーン先輩に期待させる相手、ですか」
どんな相手だろう。
王国十二騎士か。剣聖か。名の知れた冒険者か。人知れず旅する流浪の民か。
そんな想像を膨らませていると、スターレーン先輩がフッと笑う。
「モンテール嬢も知るやつだ」
私が知る実力者? まさかお父様じゃあないですよね?
気にはなるが、聞くまでもない。スターレーン先輩が今から戦うと言うのだから、見れば分かる。
黙ってその場を退くと、スターレーン先輩が審判からマイクを受け取り、その戦いを宣戦する。
「レイア・クォーター。この場でオレと勝負しろ」
は? レイア?
レイア・クォーターという名前を聞いて、私が知っているとすればただ一人。
「なんで彼女なんですか?」
「分からないか? ルームメイトであれば、どこかのタイミングで感じたことはないのか? あいつの常人とかけ離れたセンスを」
「それは……」
無いとは言えない。
彼女と一度やったテニス。途中でユラが防壁魔術を使って、ラケットやボールの加工をしてはいたけれど、レイアが魔術を使えないのは明らかだった。
魔術を使えないのに、あの怪力。
彼女が〈怪力〉のギフトホルダーだとは聞いていたけれど、強化魔術よりよっぽど強力なものだった。もちろん、テニスと剣の試合を一緒にするつもりはない。ただ、あれだけの怪力を戦いに活かしたならと考えたことはある。
でもそれは意味のない仮定だ。レイアは普通科なのだから。そう思っていたのに。
「私って努力もせず、苦労もせず、本気でもない、普通の女子です。ただ……先輩よりは強いので、ここに立っても問題ないですよね?」
「ああ、なにも問題ない」
立場なんてあっさりと飛び越えて、彼女はそこにいた。
いや、なにしてるんですか。いくらスターレーン先輩が呼んだからと言っても、ダメでしょ。立場を乗り越えちゃあ。
「悪いがレイアくん、きみがその場にいるのは認められない。退いてくれないか。でなければ退去してもらうことになる」
ほら、お父様だって止めに来ているし……ってお父様!?
スタジアムの周りにある十二の柱。十二騎士闘技場の象徴でもあるその柱に、四人の騎士が立っている。
そのうちの一人。私のお父様であり、王国最強の中でも頂点と名高いその人。シルバ・モンテールが退けと言っている。
それもそのはず。王国十二騎士、スターレーン先輩がレイアを呼びつけたのだ。ただの警備兵が追い返せるはずもなし。同じ位であるお父様が出てくるのは分かる。
分かるけど、どうしてお父様が出てくるようなことになるんですか!?
「ちょっと、レイア! なにしてるんですか! なぜあなたがこんなところに!?」
「私じゃないでしょ。だってイケメン先輩が呼んだから」
「それでわざわざ来る人がありますか!!」
我慢できず、レイアに飛びつく。
レイアの言うことはもっともで、スターレーン先輩の言葉を無視するのは良くはない。
良くはないですが……それ以前に、常識として、このスタジアムに許可なく入るとが許されないと分かりませんか!?
分からないでしょうね……だってレイアですから……。
「すみません、シルバさん! 悪いのはスターレーン先輩ってことで、ここはひとつ大目に見てくれませんか?」
お父様がここまで出てきておいて、許可するわけないでしょう。
あなたが退かないのであれば、ここにいる王国十二騎士は見世物ではなくなる。そういう示威が分からないんですか!?
分かりませんよね。はぁ。
「やむを得ない、か。オールワイズ、頼む」
お父様の指示に頷いて、オールワイズ様が柱から降りてくる。
セントラル校の伝説のひとつ。その世代で武術、魔術共に最優秀の成績を収めた、異端にして異才の持ち主。
魔術、武術の両方に秀でたオールワイズ様にのみ許された真骨頂・魔術騎士の戦闘スタイルを展開する。
片手で魔術の霧を広げ、相手の動きを制限する。おそらくはスタン効果のある魔術の霧だ。触れるとまずいというのはレイアも感じているようで、そこから距離をとる。
けれどそれはあくまで牽制だ。オールワイズ様がそこからレイアまでの距離を詰めてくる。
速い……っ!!
魔術師の身のこなしじゃない。一息で風のように動くそれは、武術の修練に特化した私でも追いすがれるかどうか。一流の騎士として見劣りしない身のこなしだ。
そのうえで器用に魔術を操り、さらに空いた手にも魔術を付与している。あの手の魔術でレイアを拘束する気でしょう。
距離は瞬く間に詰まっていき……そして、
オールワイズ様が吹っ飛んでいた。
あれ、ちょっとごめんなさい。よく見てませんでした。
えーっと、オールワイズ様が吹っ飛んでいる? ど、どうして……? と、視線は自然とオールワイズ様が向かっていた方に向けられる。
レイアが拳を振り抜いていた。位置も移動している。傍から見た予想は、「レイアがオールワイズ様を殴って吹っ飛ばした」ということになるけど、その瞬間を私は見ていない。
「シルバさん。私、退く気はないので。これ以上やるとなるとこうなります」
「ハッ! たいしたものだ。王国十二騎士のひとりを軽々とノックダウンとはな! モンテール殿、オレがこいつと戦いたい理由を分かっていただけたかな?」
ぽかんとした私を他所に、レイアとスターレーン先輩が話を進める。
レイアがオールワイズ様を倒した? 一瞬で、しかも一撃で?
有り得ない。そんなこと……だって、相手は王国十二騎士、王国最強の一人なのですよ!? それを一撃とか、いろいろおかしいでしょう!!
そのおかしさについて言及したかったが、起きたことに対して私は入っていけないまま、事が進む。
目の前で起きたことが現実であり、スタジアムに立つ誰もがその光景を許容し、観客までもが受け入れどよめき始めたところで、スターレーン先輩が待ったをかけた。
「まさか王国十二騎士がこんな衆人環視の前で、女子供に倒されておいて、ただで退くわけにはいくまい。その力でもって威光を示すのが、名誉挽回には最短だと考えるが、いかがかな?」
白々しく言うスターレーン先輩の言葉に、お父様が頷くように剣の柄を持つ。しかしすぐにそこから手を離して、首を横に振るう。
「貴公の言い分はもっともだ。しかし私のような肩書のある大人が、女子を斬りつけるわけにもいかなくてな」
「心中察しますとも! ですがご安心を! ここに一人、ちょうどスタジアムに立っている王国最強がいるではありませんか!」
茶番だ。誰のせいでこんな面倒なことになっているのか考えてもらいたい。
「……そのようだな。それでは命令せざるを得ない」
息を吐いて抑え込むようにお父様が言う。
その言葉の裏に怒気が含まれているのは誰から見ても明白だ。できればお父様はスターレーン先輩を一番に殴りつけたいことだろう。
「ジーク・スターレーン。そこにいる学生、レイア・クォーターをスタジアムから追い出せ」
「御意である、モンテール殿!」
片や王国最強。片や王国最強の一人を一撃で倒した女子。
そして王国最強の頂点がこの戦いに題目を与えたのであれば、もう余人にこの試合を止めることはできない。
さっきまでこのスタジアムの主役だった私ですら、今この場に立つことが許されないとは……。
それもこれもすべてレイアのせいだ。
スターレーン先輩のせいだと言い訳をしても、結局彼女は自分でこのスタジアムに立つと決めた。
自由奔放。相手の都合など一切無視して我を通す。
いつだって、なんだって、自分のやりたいことをやりたいようにやる。レイア・クォーターとはそういう女子だ。
そんな彼女に誰もが注目する。
スターレーン先輩との一戦は試合ではなく、不法侵入者を排除する対応だ。合図もルールもそこにはない。
しかし、それが戦いである以上、最低限のマナーはある。
「レイア、これを使いなさい」
そう言って私は木剣を投げる。武器がなければ戦いはフェアじゃないと思ったからだ。
けれどレイアはそれを受け取ると、私に投げ返してくる。
「ありがと。でも剣は使わない方が私に合ってるんだよね。剣術なんて分かんないし。ステゴロ最高!」
「そろそろあなたを同じ女子と見るのはやめた方がいいかもしれませんね……」
「言いたいことは分かるけども!! 心はちゃんと女子ですから!!」
むしろ心の方が女子離れしてるんですよ、あなたの場合。
そう言いかけたところで、ピリッとした空気の変化を肌で感じた。
そちらを見ると、スターレーン先輩が剣を構えている。私が最後に見た構え。王国剣術の型の一つだ。
スターレーン先輩が最初から攻めるという意思表示。それを見たレイアも両拳を軽く握り、腕を構えて腰を落とす。
乾いた喉に痰を落とすような、緊張感と、森閑した一泊があった。
王都で今一番人の多いこの場所で、不気味なほどの静けさ。
試合でないこの一戦に応援などは当然ない。しかし、熱がないわけでもない。
むしろ、この静けさが、真剣の冷たさが、肌をひりつかせる。その痛みはじわりと熱を帯びて、剣を握る手に思わず力が入る。
瞬間。
どちらからともなく、剣と拳がぶつかり合って火花を散らす。
その打ち合いは何度と繰り返すが、それを目で追うことが許される人が何人いただろうか。遅れて聞こえてくる、カッカッと乾いた音で、打ち合いが続いているのを理解するのが精一杯。
打ち始めの段階で、既にスターレーン先輩は私の知らない領域から力を出している。
いや、それを出さざるを得ない相手ということか。
これは常人が踏み込む領域の戦いではない。天才同士の戦いとも違う。
人外、化物同士が暴れているのだと誰もが悟る。学生騎士王杯の後だからこそ、その戦いはいっそう異質だった。
けれど、その圧倒的な暴力は人を魅了する劇薬でもある。
なにが起きているかは分からない。ただ、そこから目を離せない。間違いなく、体を震わせるようななにかがそこにあった。
その打ち合いを先に終えたのはスターレーン先輩の方で、バックステップで体を退く。
「モンテール殿、すまないが剣をお借りできないか」
体と視線、剣をレイアに向けたまま、お父様に話しかける。
その体勢も、話す内容も不敬ではあるけれど、スターレーン先輩が気にする様子はない。いや、気にしている余裕がないというのが正しい。
そこに解けない緊張感があるのは、傍目から見ても瞭然だ。
「信じられないが、木剣では彼女の体術に耐えられない。力を入れて打ち込むと、剣身が折れそうだ」
「年端もいかない女子を相手に、真剣を抜くのか?」
「冗談は止して頂きたい。今のを見て、あれを女子扱いするアナタではないだろう?」
化物。スターレーン先輩の目はレイアを見てそう言い切る。
「酷いなぁ。化物扱いしないでくださいよー。イケメン先輩?」
人間みたいにレイアが笑う。
レイアは、なんだ? 私には理解できない。その暴力の正体も、彼女の行動原理も。
普通の女子とのたまいながら、平気な顔でスタジアムの上に立ち、好きなように暴れ回る。
どうしてそこまで自分のしたいことを真っすぐできるのか。私は自分のやりたいことさえ、分からないというのに。
それが境界線なのかもしれない、と直感する。
レイアやスターレーン先輩のような常人離れした存在と、私のような枠にとらわれた者との、決定的な違い。
強者であるには、本能に従い、思うままに生きなければならないのか?
貴族の義務に従い、家の名に恥じぬようにと修練を積んだ私の人生は、劣った生き方だったのか?
──今冷静に、はっきりと、熱を感じている。
ひとつ私がやりたいことを自覚したからだ。
それは今までの私の人生が、絶対にレイアに劣っていなかったという証明。
いえ、もっとシンプルに言いましょう。
努力して、苦労して、本気であり続けた私、アルセーヌ・ルイ・モンテールの誇りと生き様にかけて──
──私はあの化物に勝つ。




