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学生騎士王杯1

 王都に人が多いのは知っていたけれど、集めるとこれだけの人数になるんだな。


 学生騎士王杯、決勝リーグの会場・"十二騎士闘技場"は、まるで襲い来るゾンビからシェルターへと逃げてきたんじゃないかって勢いで人が溢れ返していた。


 警備員は「最後尾はこちらでーす!」「列通りますので道を開けてくださーい!」と忙しそうに列形勢している。うーん、運営の努力に感謝の言葉が尽きないな。


「なにをグズグズしているんですか? 絶対に離れないでくださいね。特にレイアは自分では戻ってこれなそうですから」


「そんな、幼児に言って聞かせるみたいな風に言わないでも」


 お嬢様、私のことをバカだと思い過ぎてないか?


「でも、圧倒されるのは分かります。こんなの村じゃ絶対に見れない光景ですから」


「毎年なんですよ? この人だかり。私も学生騎士王杯は興味があるのですが、この行列に並ぶ気にはなれず、一度しか見たことはないんです」


 ユラとセラスもあの大群を見て目を丸くしていた。


 お嬢様に先導されて、私とユラ、セラスの三人は関係者席に向かい、警備員にチケットを見せ、闘技場の中に入る。


「おおっ」


 その光景に思わず声がでた。


 さっきの今で、アトラクションにはしゃぐ幼児みたいな反応をしてしまった……。と、恥ずかしさを誤魔化すように横を見ると、隣のユラもぽかんと口を開けて周りを見ている。


 列は闘技場の外に形成されているけれど、闘技場の中にも広い道があった。建物の上には階段状に観客席が並んでいる。そのため、天井は緩やかな曲線の構造をしていて、それを支えるように何本もの鉄のパイプが格子状に並んでいる。


 私たちが入ってきた入口ゲートとは反対、スタジアム側にはいくつもの部屋やトイレがあり、外見ほど古さを感じさせない。


「意外と近代的なんですね」


 十分にその景色を楽しんで、ユラも同じようなことを思ったらしい。その言葉にお嬢様が頷いて答える。


「王国の中でも歴史ある建物ですが、改築は何度もされています。見かけよりも快適に過ごせますよ」


 それはありがたい。てっきりこれから何時間も炎天下で試合観戦かと思ったけれど、この様子なら適宜休憩ができそうだ。


 道並みに沿って進んでいくと、通路で人を見かけ始める。おそらく私たち以外の関係者か、学生騎士王杯の選手だ。


 その中には当然警備員もいた。その一人を捕まえてチケットを見せれば、控室に案内してくれる。


 通された控室には既に二人の先客がいた。


 一人はふわりと優しい笑みを浮かべた美人。長いブロンドの髪と碧い瞳はお嬢様と全く同じだ。一目見てお嬢様のお母さんだと分かった。


 もう一人は制服を着た中年の男性。細身でスラリと背が高く、隣の美女と比べて表情が乏しい。その制服も相まって、警備に見えなくもないが、立ち姿にどこか品がある。


 この部屋が関係者席である以上、関係者以外がいるわけがない。そしてひとりがお嬢様のお母さんである。ということはこの人は……


「アルの誕生日に顔を合わせて以来ですな、ミリアム嬢。そして初めまして、アルのご友人方。私はシルバ・モンテール。アルセーヌの父親だ。以後お見知りおきを」


 やっぱりか。


 こちらはお嬢様とあまり似ていない。けど隙の無い立ち姿は間違いなく武人のそれ。風格のあるナイスミドルだ。


「お二人とも初めまして。同じくアルセーヌの母、シャール・モンテールです。セラスちゃんは久しぶりね。前見たときよりも一段とレディになったんじゃないかしら?」


「あ、ありがとうございます! お二人ともご無沙汰しております! セラス・ミリアムです!」


 セラスは自己紹介しなくて良いはずなのだが、なんだか緊張しているようで、てんてこまいになっていた。


 まあたしかに、この二人はザ・貴族って感じがして緊張するのは分からないでもない。というか、実際シルバさんは公爵だろうし。


 ただ、私の場合は語るところが少ない。挨拶なんて手短だ。


「初めまして、レイア・クォーターです。アルセーヌのルームメイトで友達です。よろしくお願いします」


 パコっと後ろにいるユラに頭を叩かれた。


「……一礼」


「よろしくお願いします!」


 一礼を付け加える。


「お初にお目にかかります。ユラ・エステートと申します。アルセーヌさんとは学友で、いつも親切にしてもらっています。本日はよろしくお願い致します」


 ユラが私とはまるで出来の違う挨拶をかまして、スカートの裾を軽く持ち上げ、片足を後ろに引いて見せる。


 おお、メイドさんがやるアレだ。今度私も教えてもらおう。


 と、ユラが挨拶を済ませると、シルバさんがフッと笑う。


「なかなか愉快なご友人たちだな」


「賑やかな友人であることは認めます」


 お嬢様が私を見てくる。それは褒め言葉と受け取っていいのかしら?


「今日の私たちは君たちと同じく、アルの応援だ。こちらこそ、娘への声援をよろしく頼む」


「お、お父様! そんなことは頼む必要ありません! 皆さんも気にせず楽しんで頂ければ構いませんから!」


 お嬢様が思いっきり照れていた。さすがのお嬢様でも親の前だと淑女から子どもにならざるを得ないらしい。


「案内して早々ですみませんが、私は選手の受付を済ませてそのまま控室に向かいます。お父様、お母様、三人の案内を任せても良いでしょうか」


「ええ、任せて。いってらっしゃい。頑張ってね、アル」


 シャールさんが笑顔でヒラヒラと手を振る。


 私たちも一声かけると、「必ず優勝してみせます」と胸を張って、お嬢様が部屋を出て行く。


 必ず優勝、か。お嬢様にしては謙遜のない言葉だ。


 もっとも、お嬢様にとって優勝することは前提条件。彼女の目標はその先にあるのだから、決勝リーグで躓いてるわけにはいかないか。


「あの、本日はアルセーヌ様のご兄弟方はいらっしゃらないのでしょうか?」


 気になっていたのか、セラスがシャールさんに尋ねる。


 お嬢様からお兄さんや弟、妹がいると聞いたことはあるが、この場にいるのはシルバさんとシャールさんの二人だけだ。


 小学校の運動会じゃないんだから、こういう大会に家族が来るのは気恥ずかしくないか? 正直親がいるだけでも私なら顔面真っ赤ものだ。


 シルバさんやシャールさんはいるのが当然みたいに挨拶していたし、お嬢様もまんざらでもなさそうだったから、この世界ではそうでもないのかもしれないけど。


 私もパパがシルバさんみたいなのだったら、安心して紹介できそうだ。


 いい年こいて娘に泣きついたり、唐突にメンタルブレイクしたりする、どこかの元ドラゴンスレイヤーを紹介する気にはとてもなれないが。


「そうね。都合が合わなかったのもあるけど、関係者席のチケットは例年一人につき五枚までだから、連れてこられなかったのよ」


「え、そんな! い、いいのでしょうか? そんな大切なチケットを使わせていただいて……」


 セラスが手に口をあてて驚く。


 チケットの枚数については私も初耳だ。昔からお嬢様と親しいセラスならまだしも、五枚しかないそれを頭のおかしな田舎娘が使ってよかったのだろうか?


「ぜんぜん気にしなくていいのよ? さっきも言ったけど、都合が合わなかったってこともあったし、一人連れて行くと他の子も行きたがるから。それに何より、アルが『今年は友達を連れていきたい』って言ったんだもの。なら、あなたたちが来るより良い使い方なんてないでしょう?」


「あ、アルセーヌ様……」


 セラスが感激して目をうるうるさせている。


 正確にはお嬢様が私にチケットを渡して「誰か誘ってきてください」だったので、セラスを連れてきたのは私ということになるが……言わぬが花すぎる。


 この人選がベストかは分からないけど、少なくとも間違っていなかった。


 口を開けば失礼の極みな私と違って、貴族を相手に弁えた話し方をできるユラ。そしてシルバさんやシャールさんと顔見知りのセラス。


 この二人が中心となってシルバさんとシャールさんに話を伺い、会話を広げる。会話に品があるのは当然として、この四人は話が上手い。私みたいに会話デッキからネタを振るのではなく、自然と話が繋がって広がり、盛り上がる。


 これが貴族の嗜みってやつか。一人だけ村出身の幼馴染がいるけど、あれはチートなので対象外ってことで。


 ほどよく時間が経ったところで、頃合いを見計らってシルバさんが、


「いい時間だ。我々も観客席に向かうとしよう」


 と切り出して、私たちを先導する。


 ホールからゲートを通り、スタジアムへ。


 周りには人、人、人。これだけの人数がいて騒がしくないはずがなく、まだ試合が始まってもいないのに、ざわめきが質量になってダイレクトに体に伝わるような圧がある。


 関係者席はいい位置だった。スタジアムを中央から見渡すことができる高所。VIP席と言ってもいい。


 その光景に音ユラとセラスが思い思いに感嘆を言っていたが、間もなくしてステージにスーツを着た男が立つと、会話を止める。


「定刻になりました。それでは今から学生騎士王杯の決勝リーグを始めます。まずは一年の部。セントラル校代表、アルセーヌ・ルイ・モンテール! ウエスト校代表、オルド・シバ!」


 それは開会式も何もなく、急に始まった。


 男に呼ばれた二人が揃いステージに現れて向かう。


 一人は長身の男。体の線が太く、よく鍛えられてるのが分かる。持つ木剣は背丈に合う長剣で、いかにも強キャラ感のあるやつだ。


 そして我らがお嬢様。長いブロンドの髪は後ろでまとめてのご登場だ。女で代表に選ばれたことに加え、抜群に目を引く容姿もあって、女性からの黄色い声援が多い。


 花のある二人に会場がわっと湧いた。私から言わせれば、まるでアイドルのライブ会場だ。


 とても剣の試合には見えない。そう思ったのも一瞬。


 ステージの二人が闘志を放つ。数々の学生を倒し勝ち上がってきた剣士のそれは、武人特有の張り詰めた緊張感がある。


 その緊張感に、自然と声援が静まっていく。誰もが目の前の戦いを見逃さないよう、その瞬間に意識を向けたからだ。


 そんな中で、私は肩を下ろしていた。


「あれならお嬢様、勝ちそうかな」


「ふむ。どういうことかな?」


 うん?


 私としては、左隣のユラに「こっちが勝ちそうだねー」くらいの感覚で言ったつもりだったのに。意外なことに、右隣りに座るお嬢様のパッパが食いついてきた。


 やばい、てきとうに言っただけなのに、てきとうに返事できない相手に絡まれてしまった。どうしよう。いや、どうしようもないんだけど……。


「えっと。その、深い意味はないんですけど。なんとなくアルセーヌの方が強そうに見えたので」


「強そうに見えた、か。具体的に説明できるかな?」


 メチャクチャ掘り下げてくるじゃん。許してちょんまげ~。


「そうですね……。具体的には言えないんですけど、はっきりとは言えます。あの男の方よりもアルセーヌの方が強いって。理由はですねぇ……その、雰囲気とかで」


 お嬢様の方が強そうな雰囲気ある。


 いやマジで。雰囲気? 緊張感? プレッシャー? オーラ? みたいな。


 ほら、ポケモンでも一目見て「こいつ強そうなポケモンやなぁ」みたいなのあるじゃん。ガブリアスとか。それだよそれ。特性プレッシャー持ちってこと。


 ぱっと見てこっちの方が強そうっていうのが分かった。実際はどうかって? 知らないよ。なんとなく言っただけだし。


 パッパは私の言葉を聞いて、「ほう……」と意味ありげな間を作ってから、


「なるほど」


 と言って視線をスタジアムに戻した。


 あ、これ私絶対バカ女だと思われてるわ。


 なんか名誉挽回の一言でも言った方がいいかと検討していると、今度は左のユラが肘で小突いて、小さな声で私にだけ聞こえるように言ってくる。


「今日はもう少しバカに見えないようにして」


 もしかして私、常にバカっぽく見えてる?


 頼むぞ。これでお嬢様が勝ってくれなきゃ私がもう救われない。


 縋るような思いでスタジアムに目を向ける。対面する二人の緊張がぶつかり、火花を散らす。


 その溜まった緊張を、堰を切って解き放つように、スーツの男が手を振り上げて宣言した。


「両者尋常に、試合始め!」


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