学校暮らし6
お嬢様にお預けを食らってから一週間が過ぎた頃。なんとなく私はソワソワしていた。
学生騎士王杯に興味があるわけじゃない。あるわけじゃないけどさ?
予選リーグはお嬢様勝てたのかなーとか? 決勝リーグはどうするのかなーとか? その辺りのこと、なにも聞かされてないんですけど?
バレンタインに好きな男子にチョコを上げて、ホワイトデーまで待ちきれない乙女みたいな心情で過ごしている。
ルームメイトなんだからさっさと聞いてしまえばいいのだが、そこは見栄だ。待つと言ったのだから私は待つ。
告白の返事待ちで、なかなか返事がないからといって、返事を催促する女ではないのだ。
時間がかかっているのは相手がよく考えてくれている証拠。つまり私を大事にしてくれてるってことなんだから、きっといい返事をくれるはず☆
「うるせえわボケゴラァァァ! さっさと返事しねえのは他にキープしてる女がいるからだろうが、ああん??」
あまりにもヒロインの頭がお花畑すぎて、思わず読んでいた恋愛小説を真っ二つに引き裂いてしまった。
オーマイゴット!! ファ〇キンシィ〇ト!!
ベッドの端に小説の残骸を叩きつける。いやすまん、ちゃんと面白かったって。あとで買いなおすから許して。
はぁーっと溜息を吐く。
しまったな、考え事をしながら小説を読んでいたせいで、私の思考とヒロインの心情がいろいろと混ざってしまった。
まあ混ざったと言っても、私が一方的に影響されただけで、あの恋愛小説のヒロインは間違っても「マザーファ〇カー!!」とか叫ばないだろうけど……。
よし、決めた。今日こそは学生騎士王杯についてお嬢様を問い質す。
だいたい、学生騎士王杯を見に行くか行かないかで今週の休みの予定がまったく変わるのだ。貴重な一日休みなんだぞ? 全力で満喫するためには、誰と遊ぶか、どこに行くのか、なにをするのか、事前に準備しておく必要がある。
だっていうのに、これじゃあ予定が立てられないじゃないか!
問い質すだけじゃなく、文句のひとつでも言ってやろうと思っていると、トントンと扉を叩く音が鳴る。
「ただいま戻りました」
少し間をあけてから、お嬢様が部屋に入る。
自分の部屋に入るのに扉を叩いているのは、入学初日に起きたあの事件を繰り返さないためらしい。
あの時は私が扉を開けた側だったけど、お嬢様は自分が開ける立場でも、人が着替えている場に許可なく入るのは抵抗があるそうだ。
ちなみに私は気にしないで扉を開けている。むしろ着替え中のお嬢様と会えたらラッキーくらいに思っているが?
っと、そんなことは置いといて。今は大事な話がある。
私は催促する女。「学生騎士王杯、どうなったのかしら?」と口を開けようとしたところ。
「遅くなりましたが、これを」
とお嬢様に封筒を渡される。
表裏には何も書いてないから、これをと言われても中を見なければ何か分からない。
となれば中身を見るまでだ。封はしていなかったので、さっさと開けてそれを見る。
中には三枚の紙。その一枚を手に取って、目を丸くした。これは……。
「学生騎士王杯の決勝リーグ。関係者席のチケットです。私の家族にはもう渡してあるので、残りはあなたが使ってください」
なん、だと……。
なにが出てくるかと思っていたが、これがサクチケってやつか。
私は今恐ろしいものを手にしている。学生騎士王杯の関係者席チケット、つまりはフリーパスだ。徹夜組さえでるというイベントに、並ぶことなく、確実に入場できる。
もしこのチケットを転売すれば……一か月は食うのに困らないくらいのパワーがあるかもしれない。
ごくり。
「言っておきますが、参加者の身元は事前に私を通して運営に伝えますので。くれぐれも良からぬことに使おうとは考えないでくださいね?」
「よ、良からぬことに使うなんてマサカソンナー! 好意でもらったものを売ったりするわけナイジャナイ!」
「良からぬこととは言いましたが、誰かに売るとは一言も言ってませんよ?」
「良からぬことと言ったら転売に決まってるじゃん! むしろ転売以外に良からぬことなんてないよ、うん!」
「どれだけあなたは物売りに恨みがあるんですか……」
そりゃもう大罪よ。全部で七つあった気がするけど、そのうちのひとつには入っていたハズ。
……って、ちょっと待った。急すぎてなんかいろいろすっ飛ばしてない?
ええっと、まず私は学生騎士王杯の決勝リーグに行くのかどうか決めかねていた。それはお嬢様が決勝リーグに選抜されるか分からなかったからだ。
そしていま、お嬢様から決勝リーグのチケットを渡された。っていうことは……
「これをくれるってことは、お嬢様が学生騎士王杯の決勝リーグに選抜されたの?」
「……そういえば言ってませんでした。すみません、特に隠していたつもりはなかったのですが」
たいしたことなさそうに、お嬢様がさらりと言ってのける。
実際、剣位二冠のお嬢様からすれば、予選リーグを勝つくらいたいしたことないのかもしれない。
でも私は知っている。テニスで県ベスト八の私だからこそ知っていることだ。それは単純明快にして、これがなかなか奥が深い。
勝てば嬉し、負ければ悔し。
だから、当然だろうとなんだろうと勝って嬉しくないことはない。なら友人として私が言うべき言葉は決まっている。
「おめでとう! さっすがお嬢様だね!」
「ありがとうございます」
「おお、めずらしく素直にお礼を言ったね?」
「私はいつも素直ですが? あなたがバカなことばかり言うから、感謝することもないんです」
改めてひとつ言いたいんだけど、私はバカなことを言っているつもりはない。これマジです。
「チケットが三枚あるなら、ユラとセラスを誘ってみようと思うけど、いいかな?」
「ええ。二人とは初対面じゃありませんから、問題ありません」
「オーケー。じゃ、二人の予定は聞いておくね」
なんとも素敵なホワイトデーじゃあないか。頬ずりまでしてしまう。
「レイア、少し聞いてもいいでしょうか?」
「ん?」
めずらしくお嬢様の方から尋ねてくる。
私が知っててお嬢様が知らないこと……もしかして恋の相談とか?
「このまえ話していた、ジーク・スターレーン先輩のとなんですが……」
「あれはやめといたほうがいいよ。女をエッチするための都合のいい道具としか思ってないクズ野郎だから」
「スターレーン先輩になにをされたらそんな偏見が持てるんですか?」
あれ、なにされたんだっけかな。なんかとても不愉快なことを言われたのは憶えてるんだけど。
「その話については訂正しておいた方が良さそうですが、今私が聞きたいのはそういう話ではなく……スターレーン先輩の言っていた、エキシビションマッチの話です」
「ああ。そういえば、なにか言ってたね。そもそもそのエキシビションマッチってやつ、私はよく分からないんだけど。見世物試合的な?」
エキシビションというと、フィギアスケートで変わった恰好をして滑ったりするアレのイメージだ。
私が聞くと、そうですね、とお嬢様が頷く。
「学生騎士王杯のエキシビションマッチでは、学年別の優勝者それぞれが王国最強の騎士と試合をします。勝敗などやる前から歴然ですが、胸をお借りして頂の実力を示してもらえるのです。第三者からすれば見世物ではありますが、王国最強と戦える本人たちにとっては良い勉強になることでしょう」
「王国最強の騎士? それって……」
想像したその名を、お嬢様が続けた。
「王国十二騎士。今年のエキシビションマッチで一年生の学生騎士王と戦うのは、ジーク・スターレーン先輩です」
なるほど。そこでイケメン先輩と話が繋がってくるわけか。
「私が優勝するなどと己惚れるつもりはありません。ただ、どうしてもスターレーン先輩のことが気になってしまって」
「まあ、顔はいいからねえ」
ヤリチンとクソリプさえなければなぁ。
「そういうことではありません!! 私が気にしているのは、先日レストランで言われたことです」
「レストラン?」
レストランでイケメン先輩に言われたことといえば、あのクソリプの件に違いない。
「『私には具体的な目標がない』。……あれからその言葉の意味を考え、理解はしたつもりです。「民を守る」は私の責務ではありますが、どのくらい強くなればよいか、という指標がない。たしかに今までの私はただがむしゃらに、強くなる一心で鍛練を積んできました」
「それって悪いことなのかな?」
少なくとも、今お嬢様が取り組んでいることを悪いことだとは思わない。その結果が剣位二冠であり、剣才と呼ばれる実力に繋がっているのだから、無理に何かを変える必要はないんじゃないのか。
私の疑問にお嬢様はうんと頷いて答える。
「悪いことではないでしょう。ただ、これから先私が強くなるのであれば、目標を持つことは持たないことよりもベターである、と考えました」
言いたいことはなんとなくわかる。
ただ漠然と「強くなる!」というよりも「剣位一冠を目指す!」「王国十二騎士を目指す!」と具体的な像があった方が、鍛錬に身が入るということだろう。
「ほう。で、そのお嬢様の目標というのはなんなの?」
「それが、まだ決まっていないんです」
「うん?」
目標を持った方がいいと言ったのに、目標が決まってない?
「それっておかしくない?」
「そんなことは分かってます! 普通は目標が先にあり、その目標に向かって努力するものです。なのに私と言えば、努力するために目標を作ろうとしている。この矛盾は分かっているのですが……」
「お嬢様って実はマゾなの?」
「なぜそんな話になるんですか!?」
「いやだって、努力をするための目標作りって……目標がないなら、それもう努力しなくてよくない?」
「い、いえ。ですから、私は強くなるために目標が必要だと」
「だから、強くなる必要なくない?」
「そんなわけにはいかないでしょう! 民を守るためには強くなる必要がある。それがモンテール家の長女としての、私の責務です!」
責務、か。
まあ、「これをしたい」ではなく、「これをしなければならない」なら、それはもう責務とか義務とか労働とか命令とか、その類のものだよね。
それならそこにノルマを与えることはできる。
「責務なら、どうなればいいのかは、その責務に詳しい人に聞けばいいんじゃないかな。たとえばお嬢様のお父さんとか。それか、手頃なところで"剣位一冠"とか "王国十二騎士"を目標にするのは?」
「それも考えました。ですが、どれもそれは私の目指すべきものではないように見えるのです」
だよねぇ。
お嬢様のいう目標は、ノルマのような誰かに与えられたものじゃない。もっとこう、自分がやりたいことって意味だ。
お嬢様は貴族の責務があるから強くなろうとしている。だというのに、その責務から「自分がやりたいこと」を見つけ出そうとしている。
なんだろう……仕事が辛すぎるあまり、「私が生きる目的は弊社に貢献することです!」とか言いだしたブラック企業の社員みたいでちょっと怖い。
もっとも、仕事をやっているうちに、そこにやりがいや目標ができることもあるだろう。こればっかりは自分でどうにかするっきゃない。
「目標なんてそう簡単には見つからないって。お嬢様がやりたいことをゆっくり探せばいいよ」
「やりたいこと、ですか」
私の言葉を、お嬢様が舌で転がすように吟味する。それから少しして、ぽつりと呟くように言う。
「話を戻すのですが、スターレーン先輩はエキシビションマッチについて何を言っていたのか、もう一度教えてくれませんか?」
「うん。ちょっと待ってて!」
「え、ちょっ、どこに行くのですか!?」
お嬢様の言葉を無視して部屋を飛び出す。
だって一週間前のことだ。もう細かい台詞なんて記憶にないって。
でも大丈夫。あのときあそこには私とスターレーン先輩以外に、もう一人いた。
「ホルム先輩! ちょっとー!」
「な、なんだよレイア。こんな時間に」
どんどんと寮の部屋を叩いてホルム先輩を呼び出し、あのときスターレーン先輩が言っていたことを聞き出す。
さすがホルム先輩だ。当事者じゃないのにばっちり憶えていてくれた。礼を言って、忘れないうちに部屋に戻る。
「お待たせ! さっきのスターレーン先輩からの伝言だけど、『エキシビションマッチに向けてコンディションを整えておけ』だって」
「そ、そうですか。なぜ部屋を出て行ったかは分かりませんが、助かりました」
お嬢様が頷いて、ふうっと息を吐いて目を瞑る。
その一瞬に緊張感があった。
お嬢様が目を開くと、まるで今から試合でもする選手のように、その瞳に集中と覚悟が宿っている。
「これが目標なのか、よく分かりませんが……ひとつ、やってみたいことがあります」
「ほう、なにかな?」
淑女にしては、その瞳はあまりにも鋭く獰猛だ。ふと、お嬢様とやったテニスを思い出す。
そうだった。
剣才とか努力とか目標とか責務とか、そんなものは全部無視して、ひとつだけシンプルな事実がある。
「今度のエキシビションマッチでもしスターレーン先輩と戦えたなら。胸を借りる気などありません。真剣勝負、勝つ気で戦おうと思います」
このお嬢様はとても──負けず嫌いなのだ。




