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学校暮らし5

 なんとか"五十"のメンテナンスを完了した。


 さすがにそれいっぱいで今日の仕事は終わりだ。既に陽は落ちて、群青色の空には点々と星が見え始めている。


 普段よりも仕事量が多かった分、残業代をしっかりゲットした。昨日は出費が多かったから、この補充はありがたい。


 ヘトヘトになりながらも制服に着替えて夕飯、お風呂を済ませ、なんとか部屋にたどり着いた。


 ひと休みしたい気分だけど、まだ課題が残っている。


 はあ、だっっっるい。明日ユラに答えを見せてもらうか? けど今日見せてもらって「次はないよ?」宣言されたばかりなんだよなあ……。


「ただいま戻りました」


 なんとか楽できないかなーと唸っていると、お嬢様が帰還した。


 私と同じように先にお風呂を済ませてきたのだろう。既に部屋着に着替えていて、白い肌にはほんのり朱色がさしている。


「おつかれぃ。遅かったねぇ」


 残業して帰ってきた私よりも遅い。しかもただ鎧を磨いていた私と違って、騎士科のトレーニングをしているのだから相当な疲労だろう。


「マッサージでもしてあげよっか?」


「やめてください。なにを企んでるんですか?」


 私は悪漢かなにかかな?


「心外だなぁ! 遅い時間まで稽古を頑張ったルームメイトを労って、ちょっと揉み揉みしようとしただけだよ!」


「ちゃんと邪なことを企んでるじゃないですか!」


「いいじゃん、減るもんじゃないし。私はお嬢様の体を堪能して、お嬢様は疲れが取れる。これぞwin-winな関係!」


「モンテール家令嬢の品位が減るので遠慮します」


 私がマッサージすると減るのか? 品位が。


 ハンガーに制服をかけると、お嬢様が椅子に座る。私よりよほど疲れてるだろうに、私より勉強してるのだからたいしたものだ。


 そんな姿を見せられたら、私もサボってはいられない。


 課題を進める。うん、この問題は分からないから明日ユラに聞こう。この問題も分からないな。この問題はさっぱり分からない。この問題は私の知ってる言語体系で書かれてないな。むしろ問題の方が悪いまである。


 よし。完璧に終わりましたよこれは。


「終わったぁ~~~」


 終わってないけど終わったことにする。ノートを閉じて、ぐっと背を伸ばすと、キッチンに向かう。


 やかんに水を入れて火にかける。少しして湯が湧いたらガラスポットに茶葉と湯を入れて、ポット全体に茶の味が広がるのを蒸らして待つ。てきとうに時間が経ったら茶越しで茶葉を除きながら、ティーポットに茶を移し変え、それをカップに注ぐ。


 一度お嬢様チェックが入ったときはカップの温度がどうの、紅茶の注ぎ入れ方がどうのと指摘を受けたが、そんな面倒はやってられない。前世の記憶がある私からすれば、茶葉からいれてるだけで努力している方なのだ。紅茶なんて午後ティーで十分。


 ザッツテキトー紅茶、プレゼンバイレイア。カップをソーサーに乗せて、「ほい」とお嬢様に差し出すと、「ありがとうございます」と言ってそれを受け取る。


 私も椅子に座って、紅茶をごくごくと飲んだ。


 んめぇ~。


 さっさと一杯目を飲み干してしまい、ティーポットでカップに紅茶のおかわりを注ぐ。


「お嬢様もおかわり必要?」


「はぁー」


 「おかわり必要?」の返事を溜息で返されることもそうあるまい。


 お嬢様がカップを一度ソーサーに戻して机に置き、「いいですか」と前置いて言ってくる。


「レディはそんな、休憩中の土方さんみたいに、がばがば紅茶を飲んだりしません」


 バカだの猿だの幼児だのと言われたことはあったけど、休憩中の土方さんって地味に傷つくな……。


「紅茶とはまず香りを楽しみ、そっと一口飲んで舌で味わい、最後に飲み込んで体を温めるものです。それをあなたは味わいもせず一口でがぶ飲み……茶の楽しみ方は人それぞれですが、せっかく淹れたのですから、もう少し味わって飲みなさい」


「それも淑女の嗜みってやつ?」


「最低限のマナーの話です」


 どうも、最低限のマナーがない女子です。


 お嬢様が紅茶をくっと飲んで、ふうっと息を吐いたところで、そういえばと切り出してみる。


「今日仕事中にヤリカス先輩と話したんだけどさぁ」


「……誰ですか、それ?」


「ん? あー、名前はたしか。あ、そうだ。スターレーン先輩のこと」


 イケメンとかヤリチンとかチ〇カスとか、あだ名が多くて間違えるんだよね。


「スターレーン先輩が、『アルセーヌはエキシビションマッチでボコしてやるから楽しみにしておけ』って伝えろってさ」


「絶対に伝言の内容が違いますよね、それ」


「そうだっけ? でもまあそんなニュアンスのことを言ってたのはたしかだよ」


 たしかだよね?


 やばい憶えてない。いいねしたのは憶えてるけど、なにをいいねしたか忘れたやつだこれ。


「エキシビションマッチですか。まだ予選リーグも始まっていないのに、気の早い話です」


「そういえば、予選とか決勝とか言ってたけど、なにか大会でもやってるの?」


 私が聞くと、お嬢様が目を丸くして「知らないのですか?」と逆質問される。どうやら田舎者でも知っていないとおかしな常識らしい。


「学生の騎士で最も武に長けている者を決める大会、「学生騎士王杯」です。今週はセントラル校の騎士科で予選を行い、決勝リーグに参加するメンバーを選抜。来週の漆の日には他校の選抜メンバーを交えて決勝リーグを行い、そこで学生騎士の頂点を決めるのです」


 テニス大会なら喜んで参加しようと思っていたが、どうやら違うらしい。


 聞いた限りでは、学生で最強の騎士を決めるインターハイとかそんな感じだろう。


 ぜんぜん私と関係なくて草。


 なんでイケメン先輩は私なんかを誘ったんだ?


 まあ実際のところ、私の怪力があればそこそこ勝てはするかもしれない。


 でも、そもそも私は騎士じゃない。


 たとえ参加するにしても、それはもう柔道の戦いにボクサーが参加して柔道家たちを殴り倒すようなものだ。もちろん参加する気なんて元からなかったけど、その気になってもこれは参加できないっすわ。


「へえ。結構すごい大会なんだ」


「そうですね。結果を残せば、平民であろうと将来有望な騎士として世にその名を知らしめることができます。それこそ、決勝リーグは国王陛下や有力な貴族方もご覧になられますから」


 前世で言うなら、インターハイの決勝に総理大臣や議員が来る感じか。


 それはたしかに普通じゃない。っていうかこの世界の政治家暇すぎないか?


「政治家が学生の大会なんか見てはしゃいでんじゃねえ。そんな暇あったらもう少し地方の環境どうにかしろ。おまえらがなにもしないから、私の故郷にいるのはバカな大人ばかりなんじゃねえのか?」


「いきなり真面目なことを言いますね……。ま、まあ、王に御覧になっていただけるのは私たち学生のモチベーションにも繋がります。それに決勝があるのは休日ですし、公務を放ってくるわけではありませんから」


 それっぽいことを言いつつ正当化しているような気がする。


 まあせっかくの休日にオフィシャルな立場でわざわざ学生の大会を見に来るのだから、仕事しているともいえるか。少なくとも親子喧嘩を酒の肴にしてはしゃぐクソジジイどもよりは全然マシだ。


「そかー。お嬢様が決勝に出るなら私も見に行こうかな。っていうか、それって私でも見れるものなの?」


「決勝リーグの会場は一般開放されますから、見ることは可能です。ただ……」


「ただ?」


「学生騎士王杯は王都でも名物なイベントですからね。王都では貴族平民問わず会場を訪れますし、王都外からもこの大会のために遥々やって来る観光客や商人がいるくらいです。噂では早朝に並ぶどころか、前日夜から徹夜で会場前に待機している人もいるようで……会場は毎年満席、立ち見ですら困難な状況になります」


 徹 夜 組。


 どこかの同人イベントかな? 運営仕事しろ。


 まあその印象もあって、おかげでお嬢様が言いたいことはなんとなく想像できた。


「つまり、一般参加は地獄ということでよろしいか?」


「その認識であっています」


 終わりだよこれ。


「……あの、その件ですが。もしよければ、私に預けて頂けませんか? もしかしたら、どうにかできるかもしれません」


「お? なになに。やっぱり貴族御用達の賄賂で買える席みたいなのがある感じ?」


「やっぱりって、あなたは貴族にどんな偏見を持ってるんですか? 賄賂で買える席なんてあるわけないでしょう。この件はまだ私も把握していないので、待っていてください」


 この件というと、学生騎士王杯の観戦のことか。


 ぶっちゃけそこまで興味があるわけじゃない。お嬢様(ともだち)が出るなら応援に行きたいなーくらいの感覚だ。


 徹夜はもちろん、早朝だって無理して並ぶ必要があるなら行くつもりはない。


 そんなわけで、お嬢様がなにかを手配してくれたり、頑張ってくれる必要はないのだ。


 ないのだけれど。


 私のためにお嬢様がなにかを頑張ってくれるのであれば、それは少し嬉しい。


 だから私はこう答えることにする。


「うん。よろしくね、お嬢様!」


「期待はしないでください、と言いたいところですが。期待に応える努力はしましょう」


「それじゃあ超期待しちゃおうかな! 私はお嬢様がなんとかしてくれることに、花京院の魂も賭けよう」


「誰の魂ですか? その、カキョウインさんという人に怒られますよ、それ」


 それはほんと私もそう思う。


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