学校暮らし3
お嬢様と遊んだ翌日。
雲一つない清々しい朝だというのに、私の気分はたいそう沈んでいた。
ここまで沈むと、もう効果音は「ズーン」を超えて「ねっちょり」くらいまである。大抵の嫌なことは寝れば忘れる私でも、今日ばかりはネトネトとそれを引きずっている。
とはいえ今日からまた忙しい日々が始まる。たとえ気落ちしてようと、私の気分に関係なく授業はやってくるのだ。
眠い目を擦りながら、制服に着替えて顔を洗い、髪を整えて歯を磨く。鞄に今日使う教科書を詰めれば準備完了だ。
後は朝食。鞄を持って食堂に向かい、トレーにシリアルとヨーグルトを乗せて席を探す。
寮の食堂は学校のそれと違って広くない。そのうえ二人か四人で使う個別のテーブル席なので、特に朝の混み合う時間は相席しなければならないことが多い。
できれば二人用の空いたテーブル席を使いたいけど……どうやらちょうど混む時間に来てしまったらしい。席はどこも埋まっていた。
仕方ない、どこかで相席しようと再び席を探す。
「あら、レイアじゃありませんか。朝食の時間に会うのは初めてですね」
と、トレーを持ちながらウロウロしていると 声をかけられた。
その声が誰のものかはすぐに分かったが、振り返ってそちらを見ると思わず顔を顰めてしまう。失礼だって? 仕方ないじゃないか。彼女こそ、私が今一番会いたくないその人なんだから。
「ちょうど混む時間ですから、一緒にどうですか?」
私が顔を顰めたのに気づいているだろうに、その人、アルセーヌ・ルイ・モンテールお嬢様は気にした様子もない。
それどころか、ニッコニッコと微笑みを浮かべながら席を勧めてくる上機嫌っぷりだ。
心情的には断りたいところだが、選んでいられるほど朝の時間に余裕はない。
「おはよう」と挨拶してその前の席に座ると、お嬢様が聞いてくる。
「昨日のテニスの疲れは取れましたか? だいぶ力んでいましたからね。ほとんどのボールがアウトでしたし」
「……ソウデスネ」
「まあ無理もありません。あなたは村では結構な実力があったようですが……昨日初めて"本物のテニス"を知ったのです。経験者の私に"善戦しよう"という気合いはナイスでした。その結果、腕に力が入ってしまう……それは仕方のないことだと思います」
「ぐはぁっ!?」
「試合前にさんざん調子に乗って煽ったあげく、自滅で負けたとしても、恥じることはなにもないじゃないですか。むしろ、初めて本物のテニスをしたあなたにしては、よく頑張った方です。ですが、次やるときは魔術を使えるようにしておいてくださいね?」
「はぅぐっ!?」
「いえ、たしかあなたの言葉を借りるなら、『負けるなんて、大袈裟だな。遊びなんだから、勝敗なんて重要じゃない』でしたっけ?」
「あばばばば……」
「私も反省しているんです。大人気がなかったな、と。安心してください、次やるときはちゃんとハンデをあげますから」
「ドサっ(死体がひとつできた音)」
思い出したくもない黒歴史だ。試合前にイキったあげく、ほぼ自殺の形で試合に負けるなんて……。
あの後私は生きた屍になってしまい、どうしたのかよく憶えていない。気づいたら部屋に戻っていて、一晩したら朝になっていた。
もしかしたらあまりにも辛すぎて、ユラに記憶消去の魔術をかけてもらうように頼んだのかもしれない。あとでお礼を言っておこう。
しかし事実はなかったことにはできず、これでもかというほどお嬢様に煽られながら朝食を済ませる。それはもう、お嬢様は屈伸煽りしてきたガキに三タテ返したかのように喜んでいた。
こんなのが貴族の鑑とか、この世界の貴族民度低すぎない?
放課後になると、用務員室に直行する。
学校の雑務諸々をする用務員というのが私の仕事だ。
雑務の内容は日や人によって変わってくるが、掃除や備品の整備、寮生の服の洗濯がメインとなる。
先週は入学して早々ということもあり、新入生で用務員になったのは私一人だけだった。
おかげで深刻な人員不足。新人だというのに容赦なく先輩に仕事を押し付けられ……もとい、任された。
「今週は新入生来ますかねー」
「どうだろうねぇ。用務員って人気ないし、基本誰でもウェルカムだから、他の仕事に就けなかったやつが渋々来るもんだから、もうちょっと先になるかもね」
「うへぇ。今週も大忙しですか」
「大忙しだろうねぇ」
私の教育係をしてくれてるホルム先輩とそんな会話をしながら、運動用の服に着替えて、その上から用務員用のジャンパーを羽織る。
しばらくして用務員全員が集まると、点呼を取って仕事を割り振っていく。
今日の私の仕事は騎士科が使う甲冑と剣の整備だそうだ。
ホルム先輩に案内されて倉庫に着くと、目につくのは大量のカゴ。そのひとつを見てみると、甲冑が雑に収納されていた。
「これを私たちは"五十"って呼んでるんだけどねぇ」
そのカゴを見ながら、先輩が語りだす。
「深い意味はないんだよ。甲冑には五つの部位がある。頭、胴、腕、腰、足。それが十セット。だから合わせて"五十"なんだけどさ」
そこで区切って、ようやく私の方を向いた。その顔はとても清々しい笑顔をしている。
「この"五十"のメンテナンスを私とレイアで今日一でやるんだよね」
「……は?」
え、あれ? ごめん。ちょっと聞き間違えたかも。
「すみませーん、せんぱぁい? いま私ちょっと耳がおかしかったみたいでぇ? 一日でこれの整備を終わらせるとか、ヤバい空耳しちゃったんですけどぉ? もう一回聞いてもいいですかポヤ?」
「この"五十"のメンテナンスを私とレイアで今日一でやるんだよね」
「ポャ……ポ……」
「この"五十"のメンテナンスを私とレイアで今日一でやるんだよね」
この先輩、言ってることおかしいって。
「メンテナンスって、てきとうに数あってるかチェックすればいいとかそんな感じですか?」
「そんなわけないでしょ。磨き掃除。凹みがあればトンカチで叩いて戻す。最後はちゃんとカゴにしまって倉庫に入れる」
「無理です! こんなの終わるわけありませんって!」
さすがに叫ぶ。なんだよ五十って! 呪いのアイテムかよ!
「いいからいいから。手を動かせば終わる終わる」
パンパンと手を叩いて、ホルム先輩が五十の箱のひとつを外に持ち出す。マジっすか……。
仕方ない、か。さいあくだとは思うけど、先輩がやっているのに後輩がやらないわけにはいかない。私もカゴを掴んで、よっこいしょっと持ち上げる。
「って、あんた何個カゴ持ってんの? このカゴ一個でも結構な重さだよ?」
「力仕事が取り柄じゃなきゃ用務員なんてやってなかったと思います」
「ハハ、違いないねえ」
心強いもんだと先輩が笑う。
くっそう。もう少し頭の出来が良ければ、いまごろユラと司書の仕事でもしていただろうに。
先輩に雑巾を渡されて、キュッキュと甲冑を磨いていく。泥みたいな目立つ汚れこそないものの、砂汚れやなにかに擦った跡があるし、匂いを嗅ぐと若干汗臭い。
自分で使った道具くらい自分で片づけてほしいものだ。そう文句を言いながらも、こうして掃除することでおまんまが食えるのだから複雑な心境である。
キュッキュッ。キュッキュッ。キュッキュッ。キュッキュッ。
「先輩、頭がおかしくなりそうです」
「安心しな。もとからあんたの頭はおかしいよ」
「いやズバリと言うなおい。でも真面目な話、炎天下の日に女子にこんなことやらせるの犯罪的じゃないですか?」
「それは私も同意見。でも男子はもっと重労働だよ。なんでも、この前の受験の頃に校舎が一部破壊された? だか爆破された? らしくてさ。その影響で校舎のあちこちが半壊しちゃったみたいで、その修繕作業だって」
「なるほどー、それはたいへんですね!」
「まったく困ったもんだよね。なんで急に校舎が壊れるんだか」
「いやーさっぱり分かりませんねぇ! 怖いなぁ!」
夏だというのに、妙に背筋が冷たくなる話だ。
これ以上言うとなんだか自分の知らないボロがでそうなので、黙って甲冑を磨くことにする。
とはいえ、集中するには単調で暇な作業だ。だから目の前で騎士科の生徒が走り込みをしているのをぼーっと見ている。
「なんだおまえ、雑用なんてやってるのか?」
と、後ろから声を掛けられた。誰? と後ろを見上げて、そして固まる。
イケメンがいた。いや、実際そいつはイケメンだけど、そうじゃない。私が勝手にイケメンのことをイケメンと呼んでるだけだ。
ええっと、名前はたしか。
「スターレーンさん?」




