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幕間─普通な天才の受難


 レイアとアルセーヌさんがテニスしている。


 なぜこんな状況になったんだろう。背景がさっぱり分からない。


 ただ、それを落ち着いて受け入れる。不測の事態に対して、レイア・クォーターが絡むのであれば、その背景を読むのは非常に困難か不可能に近い。


 レイアの"思考回路"に"怪力"が組み合わさることでバグが発生する。このバグこそがレイア・クォーターの行動を予測できない正体だ。


 入学するために村総出で行った親子対決。受験の実技試験で起こった校舎破壊事件。直近ではこのあたりがバグの代表例である。


 私、ユラ・エステートはそのことをよく理解していた。


「は、入ったああぁぁぁぁぁ!! しゅごい気持ちいいのぉぉぉぉ!!」


 十五歳の女子がとんでもない奇声をあげる。もちろんそんな奇天烈な女子は、王都広しといえどレイア・クォーターくらいなものだろう。


 一セットと二ゲームを費やし、三ゲーム目のサーブにしてやっとコートにボールが入り、得点となる。


 アルセーヌさんは反応すらできていない。


 いや、アルセーヌさんは悪くない。レイアの怪力から放たれるサーブは、人間が反応するにはあまりにも速すぎる。


 今のサーブは必殺だ。これを毎回打つことができればレイアは難なくアルセーヌさんに勝てる。


 けれどレイアはもう少し力のコントロールに時間をかけると私は見ている。


 実際、続くレイアのサーブではアウトが重なり、結果レイアは今の一得点のみ。三ゲーム目はアルセーヌさんが制した。


 第二セットの四ゲーム目。このゲームを落とすとほとんどレイアの負けだ。


 アルセーヌさんには温存している手札があるはず。四ゲームを取ってアルセーヌさんがその手札を切り始めたら、もう手の付けようがなくなる。


 ……ということを、なぜかレイアも理解しているように見える。


 レイアがテニスについて素人だというのは、この試合を観ていれば誰でも分かること。


 そもそも、「魔術の(・・・)トレーニング(・・・・・・)であるテニスを、なぜ魔術を使えないレイアがやっているのか」というところから疑問が始まるのだけれど……それはいつものバグということで、後で問い質す。


 奇妙なのは、素人同然のレイアがちゃんとテニスをしている、ということだろう。


 たしかにレイアは魔術が使えないし、まともに打球をコートに入れられない。


 一見すればそこに目がいき見落としがちだが、それ以外の要素はちゃんとしている。サーブやレシーブのフォーム、打球への移動やスイングのタイミング。打球がアウトになるのはパワーのコントロールに原因があることも、自分で気づいて修正を加えている。


 なにより驚くべきことなのが、レイアがテニスのルールを憶えているということ。


 たしかに一度、王都の常識を教えている際にテニスの話をしたことはある。そういえば、魔術のトレーニングについて教えていて、レイアが妙に食いついてきたのだ。


 あのとき簡単にルールを教えたら満足した様子だったけど、何か関係があるのかな。ツェンさんに話を聞いていたとか?


 ……まあ、考えるだけ無駄か。レイアだし、そういうこともある。


 次のゲームが始まる。アルセーヌさんの強烈なサーブだ。にもかかわらず、レイアはこれに余裕をもって反応する。


 アルセーヌさんもレイアの反応速度を警戒しているはずだ。さっきからレイアを挑発したりして余裕な態度を見せているけど、そのほとんどがアウトになっているレイアの打球に対して集中力を欠いた様子は全くない。


 レイアのサーブリターン。このゲーム中初めて、それがアルセーヌさんのコートに入った。


 ただし速度はだいぶ遅い。一度だけ決めた必殺サーブよりは遥かに劣るし、私の目でも追える程度の打球だ。


 そんなものが得点になるはずがない。どころか、アルセーヌさんからしたらチャンスボールと言ってもいい。


 打球が来るのを待って、再びアルセーヌさんの強烈なリターン。私の目では追えてないけれど、レイアは反応してみせる。それもサーブリターンと同様、かなり余裕のある体勢だ。


 けれどそのリターンは緩い。結果、アルセーヌさんのチャンスボールとなり、強烈な打球が返る。レイアが反応し、それをまた緩い打球で返す。


 その繰り返しが続く。傍から見ればアルセーヌさんが一方的に攻めていて、そのくせ必ず返球があるものだから、ラリーというより壁打ちのように見える。


 そしてその速度は徐々に、だが確かに加速していく。


「なるほどね」


 賞賛を口で転がしながら、私はあるひとつの仮説を立てる。


 レイアはその怪力が強すぎるあまり、パワーのコントロールができない。出力は一か百かのふたつにひとつだ。


 たとえばサーブやリターンに必要な出力が二十だとしても、百の威力でボールを打ってしまう。結果、ボールはアウトになった。それは本人も分かっているから、二十の出力で打てるように失点覚悟で調整をしていた。


 しかしこれ以上失点ができない状況になって、レイアはその方法を変えた。


 出力を一から二、二から三へと細かくギアを上げていく。これならギアが急に振り切れない限りアウトになることは防げる。


 問題があるとすれば、まず出力の低い状況では相手にチャンスボールを渡し続けること。これはレイアの人間離れしたスピードで強引にカバーができる。


 そして次の問題は──


 しかしこういうプレイスタイルが可能であるなら、いっそ戦略はこうした方が──


 いやその戦略はアルセーヌさんが相手では──


 その場合ルールがどうなのかを確認しないと──


「ねぇパパ、あのお姉ちゃんたちなにしてるのー?」


「そ、そうだな。たぶんあれはテニスという魔術のスポーツだ。パパが知っているのより、だいぶ人間離れしているが……」


 ──ん?


「見てください! 彼のモンテール様がテニスをしてらっしゃいますわ! 対戦されているあの麗しい御方はどなたでしょうか?」


「私は御二人の着てらっしゃる服が気になります! 御二人ともとてもよくお似合いですが……モンテール様の御姿は少し大胆ではないでしょうか……?」


「で、ですがあのような服装であっても、モンテール様の気品は一切失われておりません! それどころか、あのちらりと覗くお腹につい目が惹かれてしまい、いっそう目が離せませんわ……ポ♡」


 あ。


 ガヤガヤと、周りの声に意識が引き戻される。


 思考の海に沈んでいると、いつの間にか辺りに人だかりができていた。老若男女問わず、貴族平民問わず、コートの周りを囲んでいる。


 観客の注目を集めるその試合は、ちゃんとしたコートラインもなければネットすらない。プレイヤーたちは私服姿、プロのそれと比べればただの遊びのテニスでしかなかった。


 にもかかわらず、これだけのギャラリーを集める。そういう魅力が二人にはある。


 この幼馴染には振り回されてばかりだな。


 人を惹きつける魅力を持った幼馴染を見ていると、そう思わざるを得ない。


 もともと私は内向的な人間だ。自分の世界を持っていて、そこに一人でいても苦にはならないし、事実十歳までは家族以外とあまり関わらず生きてきた。


 十歳のある日、レイアと知り合って友達となってから、その日常はいつの間にか壊れていた。


 あの考え無しのバカと付き合うのであれば、とても静かな環境にはいられない。村という狭い世界を連れまわされるうちに、ユラ・エステートは変化した。


 本を一人で読むのではなく、誰かに読んであげたい、自分の世界を共有したいと思うようになった。そこにある知識を得るのではなく、知識を得るために自分から行動したいと思うようになった。


 きっと村で一生静かにのんびりと暮らす、そういう未来もあったはずだ。でも私はいつからか、王都で学び、広い世界を見ようと決めていた。


 その変化の全てがレイアのせいだとは言わない。ただ、バカみたいになにも考えず、予測不可能な行動するようなやつがいなければ、今ここに私はいなかったんじゃないかなぁ。


「マッチポイント。アルセーヌ・ルイ・モンテール」


 たとえば、興が乗ってただの遊びにこんなことを言う人間にはなっていなかったはずだ。


 人に聴かせるために出した声は広場によく響く。観客はどよめきながらも、「いけー!」「頑張れー!」と、徐々にそのどよめきは声援へと変わっていく。


「いいね。熱いね! 燃えてきた!! 崖っぷちでこそ主人公は輝くのだよ!!」


 ブイっとレイアが私にピースサインを向けてくる。


 私は肩を上げて、フッと鼻で笑う。いつかレイアとした会話を思い出したからだ。


『レイアがなりたいものってなに?』


『普通! 私はふっつぅーーーに生きたい!』


 まったく。それは一番無理な気がするよ。ほんと。


「負けるにしても、せめて自殺点(アウト)で負けないようにしなよ」


「今の話の流れで負けること前提のアドバイスする!?」


「散り際は美しくした方がいいと思って」

 

「勝手に散らすなし!!」


 ガルルと吠えて、レイアが試合に意識を戻す。


 レイアのサーブ。真っすぐ宙へとボールを放る。その一瞬に観客全員が、息を呑む。この荒唐無稽な女子から誰もが目を離せない。


 そんな普通じゃない女子の隣に居続けることが、普通な人間の私にできるのか。自信はない。ただ、私がどうしたいかはちゃんと決めている。


 あんまり遠くには行くなよって言っても、聞かないんだから。せめてついていく努力はしないといけない。


 人の苦労も知らないバカ幼馴染に、口のひとつも悪くなるのは仕方ないでしょ。


 そんな私の言い訳に抗議するように、サーブがスパンと軽快な音を立てて、コートに一線を描いた。


 アルセーヌさんが反応し、返すレシーブにレイアが追い付く。その超人的なラリーはさらに観客を惹きこみ、魅了しながら、いつまでも続くんじゃないかと思われた。


 しかし終わりは唐突に訪れる。一瞬の閃きと判断、実行する技術(フィジカル)で、その試合を制したのは──


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