テニスのお嬢様2
お嬢様から放たれた超高速・超破壊力のサーブリターンに息を呑む。
テニスボールを撃ち返したくらいで地面がここまで凹むとか、なにこれ波動球? 私の必殺・殺人サーブよりよっぽどお手軽殺人じゃん。
どんな"怪力"を使ったらこんなリターンができるんだ? そもそもお嬢様の細い体のいったいどこにこんな力が……。
そこまで思い至ったところで、なにかが引っかかった。そういえば、ちょっと前に似たようなことを言って、ユラに呆れられたような気が……
「ん? あ! ああっ!! 強化魔術!! お嬢様、テニスで魔術使ってる!!」
「なにを驚いているんですか? テニスなんですから、魔術は使うでしょう?」
マジかよ。
もしかして、この世界のテニスって魔術を使うのが前提な感じ?
お嬢様が冗談を言うキャラじゃないのは知ってる。とすると、おかしいのは魔術を使うお嬢様じゃなくて、私の常識か?
「あれだけ威勢のいいことを言っておいて、まさか魔術を使えないなんてことはないでしょう? あなたの本気を早く見せてください」
お嬢様の笑顔が獲物を狩る獣のそれに見える。
なにが本気だふざけんじゃねえぞ。
こんなのマラソンの大会にバイクで参加するようなもの。しかも最悪なのが、そのマラソン大会のルールに「バイク参加OK」と書いてあって、私だけが徒歩出場ってところだ。
どう見てもマヌケは私。極めつけにお嬢様を滅茶苦茶煽ったせいで引き返せないと来ている。
もうメチャクチャだよ。
足掻くつもりでサーブをするも、すべて波動球のリターンエースで終わり一ゲームを落とす。
「退屈を通り越して、これではゲームにすらなっていません。あなたが魔術を使えないなら、私も魔術を使うのをやめましょうか?」
「は? ま、魔術くらい使えますけど!? ちょっと今のは様子見してたっていうか、リターンするときに見えるお嬢様のお腹に意識を取られてただけですけど!? そんな破廉恥な戦法に私は屈しないっ!!」
「あなたが選んだ服でしょう!!」
なにやってんだレイアぁ!
せっかくお嬢様が譲歩してくれたのに、なんか負けた気がして意地を張ってしまった。我ながらおバカすぎないか?
次はお嬢様のサーブ。きっとさっきのリターンより強烈な打球がくる。
だが……やれるはずだ。今はお嬢様の打球が見えず、反応できていないだけ。触ることさえできれば、勝機はある。
テニスの女の名としてのプライドを守るため。そしてなにより私のメンツのために、全身全霊で集中する。それはもう、鬼を殺す勢いでやるしかない。
お嬢様がボールを上げて、美しいフォームで殺人的なサーブをする。
来た。
なぜかその瞬間がスローに見える。さっきまでは残像すら追えなかったのが、今はボールについた細かな傷まではっきりと分かる。
理由は分からない。ただ、いまやるべきことは実にシンプルだ。
お嬢様の殺人サーブを打ち返す!
一歩踏み出せば、サーブが飛んでくる先に追いつく。余裕のあるフォアハンド。
いくぞ、反撃開始だ!
対角線上にいるお嬢様を打ち抜くようにクロスを打つ。そしてスパーンと激しい音が鳴った。
「レイア、あなた……」
お嬢様が驚愕に目を見開く。
言葉も出ないか。フッ、それはそうだろう。私とて、打ってみるまでこんなことになるとは思っていなかった。
まさか……ボールがガットを貫通するなんて。たまげたなぁ。
「どうしてラケットを防壁魔術で覆っていないんですか! こんな安物のラケットで打ったらそうなるに決まっているでしょう!」
防壁魔術ってなに?
もうこれ終わりだよ。
お嬢様の打球が殺人的過ぎて、仮に打ち返してもラケットがそれに耐えられない。結果、私の手には布団叩きの代わりくらいにしかならなそうなオブジェクトが残る。
えぇ……魔術強すぎない? なんならラケットを壊したのはお嬢様が悪いまであると思います!
強烈な打球に必要なのは強化魔術だけだと思っていた。けどよく考えてみれば、殺人サーブ・殺人レシーブをしてもお嬢様のラケットが粉砕しないのは、魔術でなにか細工をしているからに違いない。お嬢様の口ぶりからして、おそらく"防壁魔術"というのがその役割を果たしているのだろう。
当然私はその防壁魔術とやらを知らない。
だからといって、あれだけ煽った手前、お嬢様に頭を下げて教えてもらうわけにもいかない。いや、仮に教えてもらったところで私に魔術が使えるかどうかは怪しいところだ。
やばい、圧倒的にこの世界のテニスの理解が不足していていろいろと詰んでる。
それなのに「私結構やってたからなぁ。お嬢様勝てるかなぁ?」とか調子に乗って煽った手前、今更テニスのことが全然分かりませんとは言えない状況だ。
なるほど、戦隊もので怪獣が降参しない理由が分かった気がする。彼等にもメンツとプライドがあるのだ。だからヒーローには勝てないと分かっていても、ガハハと不敵に笑ってみせるしかない。
正にその姿は今の私とダブる。頼むから五分前にお嬢様を煽った私を殴らせてほしい。
「えー、ちょっと待ってね。今防壁魔術張るから、ちょっとタイム」
「ラケットが壊れた後で張るものじゃありませんけど!?」
お嬢様が私に不信の目を向けてくるが、怪獣に倣って私も余裕な表情を作るしかない。
しかしラケットがこんな状態では、虚勢を張り続けることすらできない。
せっかく体が追い付いたのに、道具がそれについてこられないから負けるなんてあんまりだ!
まだ勝ちの目はあるのに。この超次元テニス、通称テニヌについてこられるラケットさえあれば……っ!!
「魔術が使えないんだから、使えないって素直に言いなよ」
不意に声をかけられる。
それは福音だ。もしこの絶望的状況を打破するのであれば、私は神様よりも彼女に頼りたい。救いをもたらしてくれる、その名を呼んだ。
「ユラ! お願いなんとかして!」
「突拍子なさすぎない? 私テニスなんて見たこともないんだけど。っていうかレイアもでしょ。なんでテニスなんかやってんの?」
ユラがお嬢様に会釈して、こちらに来る。
私服姿に買い物袋、どうやらユラも休日をエンジョイしていたらしい。なぜここにいるのかと聞けば、王都の散策がてらたまたま公園に寄ったそうだが、これはもう運命と言ってもいいだろう。
「あなたは確か、ユラ・エステートさんでしたよね? 新入生代表の言葉は見事でした。私はアルセーヌ・ルイ・モンテール。レイア・クォーターのルームメイトです」
「ありがとうございます。レイアの友人のユラ・エステートです。モンテール様の御噂はかねがね聞いてます」
「同級生なんですから、様付けはよしてください。アルセーヌで構いません。どこかの田舎娘なんて、バカみたいに「お嬢様ぁ~」などと呼びますし」
そんなにバカっぽくはない。枯れた執事が「お嬢様、ディナーの準備ができております」とか言うときの「お嬢様」をイメージして言ってるつもりだ。
「では、アルセーヌさんとお呼びしてもいいですか?」
「ええ、もちろん。それにしても噂なんて、なんだか恥ずかしいですね。変な噂でないといいんですけれど」
「貴族の手本であり、優れた剣才の持ち主と伺っていました」
「嬉しいことを言ってくれますね。その噂通りの人物となれるように努力はしていますが、私などまだまだです」
お嬢様がこちらに来てユラと握手する。流れるような会話で互いを褒め合うと、お嬢様が私の方を見る。
「同じ村の出身と聞いていましたが、ユラとレイアではだいぶ教養に差を感じます」
それってユラのことを褒めてるだけだよね? まさか私がバカってことじゃないよね?
「私はそんなに大したものじゃないと思いますが……教養に関してはレイアは絶望的ですから」
ユラが諦めたように私を見て鼻で笑う。救いなんてなかった。




