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テニスのお嬢様1

 レストランを出た後もお嬢様のご機嫌は斜めだった。


 それもこれもすべてあのクソリプ野郎のせいだ。まったく、せっかくいい調子だったのにデートが台無である。


「もとはと言えば機嫌が悪い原因はあなたにあることをお忘れなく」


 ルームメイトの当たりが一向に強い件について。


 歩いて着いたのは二等区画の中央にあり、この王都で最も広い場所だ。


「公園ですか」


 到着した場所をそのままお嬢様が口にする。


 自然公園。セントラル学校をひとつ建ててもあまりあるどでかさだ。


 王都のど真ん中になんでこんな自然があるのかというと、この場にいる人の量がそれを証明している。


 村ほどではないにしても、王都にある娯楽は少ない。もっともそれは前世の記憶がある私だから言えることだ。ゲームもなければ映画もなく、カラオケがなければ遊園地もないとなると、娯楽の種類は限られてくる。


 その娯楽としてこの世界で最もメジャーなのが、体を動かすことだ。


 金がかからず誰にでもできて、健康に良く、しかも楽しい。デメリットがあるとすれば場所を取るということだが、広さの面で言えばこの自然公園は最も適している。


「お嬢様は公園なんかで遊んだりするの?」


「甘く見ないでください。この公園は私のランニングコースです。昨日今日王都にやってきたあなたより、断然この公園のことは知っています」


 何気なく聞いてみると、ドヤ顔でマウントを取って来るお嬢様。違うそうじゃない。


「ランニングって、それトレーニングじゃん……。私はお嬢様でもこういう場所で遊ぶのかが気になったの」


「うっ……しかし剣術の稽古と比べてしまえばランニングなどトレーニングとしては遊びも同然ですよ……?」


「だからトレーニングって言ってるじゃん!!」


「それでは、あそこで縄を飛んでいる少年少女たちはなんですか! 縄跳びは騎士科でも取り入れているトレーニングです。もしあれを遊びというなら、私のランニングだって遊びでしょう!」


「あー……うん。ソウデスネ」


 そうでしょうとも、とお嬢様が満足そうに頷く。なにと戦ってるんだ、こいつは。


 まあとりあえずお嬢様が公園で遊んだことがないのはよく分かったか。


 さすが休日なだけあって、公園には老若男女問わずたくさんの人がいるけれど、それでも広さは余りある。


 それを確認して、私は並んだ仮設テントのひとつに向かう。


 このあたりの仮設テントでは遊び道具を貸している。ボールや飛び縄、ブーメランなどカジュアルなものから、バットやグローブといったスポーツ用品まで多種多様だ。


 この貸出道具こそ、私がこの公園に来た理由のひとつでもある。


 心の中でニヤリとほくそ笑みながらも、まだその表情は見せない。道具のひとつを手に取って、まるで商売人が客に逸品を勧めるような清々しい笑みで聞いてみる。


「お嬢様、これは使ったことある?」


「ボールとラケットですか? テニスであれば、幼いころに嗜んだ経験があります」


「ほう!」


 正直この遊びのあの字も知らないお嬢様に期待はしていなかったけど、返事は極上。


 嗜んだ、ということは遊んだというより習い事かなにかなのだろうけど、全くもって問題ない。


「私の住んでた村ではテニスが盛んでね。よければ一戦どうかな?」


 私が聞いて、お嬢様がうんと頷こうとした。けどその返事のまえに、私はもう一言だけ続ける。


「っていっても、私は結構自信あるし、王都に来るまでやってたからなぁ。昔ちょっとやったくらいのお嬢様とじゃ、ゲームにならないかもしれないけど」


「──私があなたに負ける、とでも?」


 よし、釣れた。


 この半日で分かったことがある。


 このお嬢様、「淑女たるもの~」とか言う口で、その実は結構な負けず嫌いだ。


 その性格上、ここで私が頷けばお嬢様は嬉々として牙を剥いてくれるだろう。けどそれだけじゃあまだ弱い。


 薪をくべれば、より大きく、熱くなる篝火ように、もっと熱量を上げてやる。


「負けるなんて、大袈裟だなあ。遊びなんだから、勝敗なんて重要じゃないよ」


「余裕ですね。それが負けた時の言い訳にならないといいですけど」


「怖いなあ。こんだけ強気なこと言ったんだから、それくらい言い訳にさせてよ。じゃないと……どこぞのお嬢様が可哀そうでしょ?」


「なる、ほど」


 お嬢様が淑女らしく笑みを浮かべる。しかしその後ろには恐ろしい修羅がいた。その表情が「おまえ、覚悟できてるだろうなぁ!」と雄弁に物語っている。


「よく分かりました。それではゲームをしましょうか」


「ハンデはどうする?」


「必要ありません。たとえ幼いころの嗜み程度でも、あなたに劣るほどの腕ではありませんから」


 お嬢様が私の手からラケットを奪い取り、無人の広場へと向かっていく。


 なぜお嬢様を怒らせてまで本気にさせたのか。その理由は至ってシンプルだ。


 私が本気を出すのなら、相手にも本気になってもらわなきゃフェアじゃないからね。


 さすがに自然公園といえど、テニスコートはなかった。代わりと言ってはお粗末だけど、木の棒で土にラインを引いてコートの範囲を分かるようにする。


「実際にネットがあるわけじゃないけど、ネットがあるつもりでやってね。あとはテニスのルールと同じ。六ゲーム先取で一セット獲得。先に二セット獲得した方が勝ち。なにか質問ある?」


「問題ありませんわ」


「それじゃ、最初に少し軽く試し打ちね」


 互いにコートに入ってボールをポーンと打ちあう。


 村でテニスが盛んだと言ったが、もちろんあれは嘘だ。盛んどころかテニスのテの字もないド田舎で、ラケットやボールがないどころかテニスの存在を知らない住人さえいる。


 私とて、この世界にテニスという競技があると知ったのは、入学が決まった後。ユラに王都の常識を教えてもらっている最中だ。


 その時の私の心境を一言で表す。正直言ってこの世界終わってるだろ、常考。


 前世の私と言えばテニスの女! 田原瑠夏はテニスの女! ルカ=タハーライズガールオブテニス!


 県でベスト八の実力を持つ超スーパーエリート因子が、今世では日の目を見ないまま朽ちていくところだった。たいへん遺憾である。


 ぶっちゃけ今世までテニスの女になりたいわけじゃないので然構わないのだが、それはそれとして、久しぶりにテニスやってみたい思いが募っている。


 この思いはあれだ、大学生の女どもが「久しぶりに高校の制服着てみたーい!」とか言いだすのと似ている。似てないか? ちょっとよく分かんない。ただ、実際私大学生どころか精神年齢はそろそろ三十路なのでね……思い出の世界にダイブしたくなる気持ちはちょっと分かる。


「よし、こっちは準備OK! お嬢様はー?」


「いつでも構いません」


「じゃ、私のサーブから始めるよ」


 ボールを高く放り投げる。


 ラケットでそれを思いっきり叩いて、パーンとゲーム開始の合図が鳴った。

 

 ブランクがあっても、私の"必殺・殺人サーブ!"は衰えていない。球速は十分。


 だけどお嬢様は既に落下地点に入り、リターンを取る姿勢に入っている。キレイなフォアハンドだ。


 動き出しが速い! 一点読みしていたかのような速度だ。


 さすがお嬢様、嗜み程度とはいえ伊達じゃない! と思いつつ、返球について考える。


 相手の打球姿勢に余裕がある場合、コースを選ぶ主導権は相手にある。打ち分けの癖や得意不得意、傾向からそれを予測したいところだけど……今私の手元にお嬢様の情報はまったくのノーカードだ。


 だったら打球を見て反応して動く! 私はテニスの申し子と呼ばれた女だ。それくらいやってやる……っ!


 意気込んで、集中する。


 と、ヒュッと矢のようなものが私の横を通り過ぎていった。


 え、なに? ゴミが風で飛んできた? いいところなのになんなのゴミくんさぁ。これだから屋外は。


「なにをぼけーっとしてるんですか。一点、入りましたよ」


「ごめん、ちょっとゴミ見てたわ」


「はぁ!? ちょっと、やる気あるんですか? 私が勝つのは決まってますが、張り合いがないと遊びにもならないじゃないですか」


 お嬢様が口を尖らせるが、それどころじゃない。


 後ろを見ると、坂にぶつかってボールが転がっている。それから視線をコートに戻せば、ヤムチャが吹っ飛ばされた後みたいなボールサイズのクレーターができていた。


 いやちょっと待て。いつからテニスはドラゴンボールになったんだ?


「驚いて声が出ないのも無理はありません。私がテニスをやっていた時期についた異名は"テニスのお嬢様"。正直、久しぶりの試合を少し楽しみにしていたのですが……この程度のリターンに反応できないようでは」


 お嬢様がラケットをこちらに向けて、フッと得意気に笑ってみせる。


「まだまだ、ですわね」


 どこの青学の柱だよ。


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