休日5
てきとうなレストランに駆けこんでランチを注文する。お嬢様は軽いパスタ、私はハンバーグセットだ。
「はあ、ピアノの稽古より疲れたような気がします」
ダウン状態のお嬢様である。まったく困らせるつもりはなかったんだけど、これもすべておっぱいが悪い。
「でもさ、お嬢様もよくやるよね。休日にピアノの稽古なんて。ピアノ好きなの?」
「嫌いではありませんが、好きでやっているわけでもありません。どちらかといえば剣の稽古をしたいのですが、休みを取らないとオーバーワークになってしいますから。体を休めるときは運動以外の稽古をしているだけです」
「うへぇ。稽古稽古って、それってぜんぜん休めてないじゃん」
「休む必要などありません」
言い切ってから、「いいですか」と教師が子どもに言い聞かせるような口調で語ってみせる。
「私たち貴族は民からの税で生活をしているのですから、それに報いるようにあるべきです。私はまだ子どもなので、たいしたことはできませんが……将来立派な貴族となるための努力は怠るべきではありません」
「その、立派な貴族って?」
「強大なモンスターや敵国から民を守る力を持ち、正義と高貴さを体現する存在。私が尊敬する父様や母様、兄様はそういう人です」
ふっとお嬢様が優しい表情をする。おお、お嬢様がついにデレた……っ!!
まあ今の話の流れでそんなことは当然なく、その笑顔は尊敬する人たちを思い出したからだろう。
民を守るだとか、手本になるだとか、言ってること主人公過ぎるだろ。こんなの聞かされて、危機的状況で助けられたら一発でメスになる自信がある。いや元から女だっつうの。
「たいそうな目標だが、抽象的だな。いいや、見た目ばかりはご立派なハリボテと言うべきかな?」
フンと鼻で笑ってそんなことを言うと、青年が椅子を引いて私の隣に座る。
突然の来訪者に思わず目を丸くする。FF外から失礼しますもなしに、いきなりリプで絡まれた気分だ。
誰だおめぇ?
いや、私はこいつを知っている。
いつぞや稽古場でお嬢様を圧倒してみせた爽やかイケメン。その肩書はたしか、"王国十二騎士"。
ジーク・スターレーン。挨拶もしないまま、店員を呼びつけて「ニルギリをひとつ。ああ、ミルクもつけてくれ」と注文なんかしちゃっている。
「どうしてあなたが?」
面食らっていたのはお嬢様も同じらしい。まさか……ストーカー?
「おい、そこの平民。オレを犯罪者のような目で見るのをやめろ。ここに居合わせたのは本当に偶然だ」
「立ち聞きしておいてよく言うね」
「いつの時代も女の会話はうるさいものだからな。客引きの声がごとく嫌でも耳につくのだよ」
イケメンのイラっとする返しに、お嬢様もたまらず声を上げる。
「彼女だけならまだしも、私の声をうるさいと言うのは聞き捨てなりませんっ!」
そこ私もフォローしてくれてよくない?
仕方ないので自分でフォローするか、とお嬢様の言葉に付け加えようとしたタイミングで、セットメニューのドリンクと前菜がテーブルに並べられる。
会話の流れが切れてしまった。なにか言ってやろうかと私が考えていると、その前にお嬢様が尋ねる。
「先ほどハリボテと言いましたが、あれはどういう意味ですか?」
「言葉ほど華やかではない、という意味さ」
余裕たっぷりにイケメンが紅茶にミルクをいれて、カップを口に運ぶ。
嫌味ったらしい含みのある言い方ではあるけれど、その言葉を語るイケメンはなにかを確信しているように見える。
「モンテール嬢、あなたは単独でドラゴンを倒すことができると思うか? それもそこらのドラゴンではない。ファイアードラゴン種、モドキではない本物のドラゴンだ」
またしてもイケメンが唐突なことを言う。
ドラゴンと聞いて思い出すのは、身内のドラゴンスレイヤーさんだ。
正直パパがドラゴンスレイヤーな時点で、ドラゴンなんて大したことないんじゃないかと思っている。「頑張ればお嬢様でもドラゴン倒せるんじゃね? 知らんけど」くらいの印象だ。
けどお嬢様の反応は違った。
「それは……無理でしょう。単独でファイアードラゴン種を倒すとなれば、それはもう英雄クラス。それこそ、あなたのような王国十二騎士でなければできない偉業のレベルです」
へえ。ドラゴンでも種類によって強さに違いがあるのかな? 今度実家に帰ったときに、パパにどんなドラゴンを倒したのか聞いてみよう。
もちろん、パパがたいしたドラゴンを倒していないという確信に基づいた嫌がらせの意味で。
「だろうな。では次の質問だ」
うんと頷いて、イケメンがいっそう笑みを深める。
「このファイアードラゴン種が今モンテール家の領地で民を殺し回っているとして、きみはどうする?」
「……民を避難させつつ、国に連絡を取り救援を待ちます。先ほども言いましたが、王国十二騎士であればファイアードラゴン種と対等に戦えるでしょうから」
「そこだよ。きみの愚かしいところは」
イケメンが何を言いたいか、なんとなく分かった。私でも分かったんだから、当の本人はより鮮明に伝わっただろう。お嬢様が拳を握り、目を伏せている。
「民にとってはゴブリンやオーク、リザードマンであっても強大なモンスターだ。そういったモンスターからであれば、きみは民を守ることができ、努力が実ったといえる。だが一方で、ファイアードラゴン種を相手にすればその努力は無価値だ」
何も言えないお嬢様の姿を嘲笑うように、イケメンは言い切る。
「先ほどオレはきみの目標を抽象的だと言った。あの目標をオレ的に解釈して訂正するなら、きみは強大なモンスターや敵国から民を守るんじゃない。勝てる相手に勝つ、それがきみの目標の本質だ」
「それって当たり前じゃない?」
お嬢様の代わりに口を挟む。
裏を返せば「勝てない相手からは民を守れません」なんて台詞、お嬢様には言い難いだろう。
「たしかに当たり前のことではあるが、重要なのはここからだ。モンテール嬢、私は勝てる相手に勝つことが君の目標の本質と見たが、それでは勝てる相手とは具体的になんだ? どこまでの相手に勝てればきみは納得する? きみが努力するのは、「その相手に勝つため」という目標があるはずだ。それはなんだ?」
「そ、それは……」
お嬢様が口を開け、なにかを言おうとする。
けれど言葉にならない。いや、言葉にならないのではなく、答える言葉がないようだった。
お嬢様自身がそれを自覚して俯くと、イケメン先輩が肩を上げる。
「「答えられない」。それが答えだ。勘違いしないでもらいたいが、私はきみを貶めるつもりでは言ったのではない。多くの人間がそのように努力をする。そうして「何物でもないなにか」に勝つ努力をし、いつかどこかでなんとなく満足する。だが、決して勝てるはずのないファイアドラゴン種に勝つ努力など、しようともしないだろうさ」
最初こそ上からな口調だったが、最後はまるで苛立つように強い口調で言う。
よくある話、だな。
前世の記憶。中学時代はテニス部に所属していた。目標は「全国大会優勝」なんて言っていたけど、そんなことができるとは思ってなかったし、優勝するための努力もしなかった。
ただなんとなく部活を続けて、三年最後の大会は県でベスト八。それで満足したし、なんなら「私にしては努力したなー」くらいに思っていた。
イケメンが言いたいのは、そういうことなんだろう。そしてたぶん、こうして思いの丈をぶつけてくるのは、優勝を目指さない人間を許せないからなんだと思う。
「さて、質問に答えよう。きみの目標は「どんな悪からも民を守る英雄」ではなく「勝てる相手に勝って負ける相手に負ける、凡庸な騎士」であること。これがハリボテだと言った理由だ。納得してくれたかな?」
お嬢様は俯いたまま何も言わない。対照的に「満足満足!」といった顔で、イケメンが紅茶を飲み干して立ち上がる。
「私はこれで失礼するよ。また明日、稽古で会おう」
「待ちなよ、クソリプ野郎。一人で気持ちよくなって帰ってんじゃねえよ」
イケメン先輩に声をかけたのは、お嬢様が哀れだからじゃない。ただ一言だけ聞きたいことがあったからだ。
「くそ……? 意味は分からんが、なにかものすごい暴言を言われた気がする」
事実だっつううの。
「そこまで言うなら、あなたの目標はなんなのさ。あなたはなんのために努力してんの?」
人のことを棚に上げて言ってるなら、それこそクソリプの極みだ。
だから聞いてやったのだが、イケメンはなんてことはなさそうに肩を上げた。
「オレは王国最強、王国十二騎士だ。これ以上目指すものはない。故にオレは努力をしない」
それだけ言って、ひらひらと手を振ってレストランを出て行った。
なんだったんだよ、あいつ。
「なんだったんですか、あの人は!」
いつのまにかお嬢様も立ち上がっていた。というかキレていた。その目は若干赤くなっている。
「言いたい放題言ってくれて! ちょーっと自分に才能があるからって上から見下して、腹が立つことこのうえありません! 英雄か王国十二騎士以外は凡人とでも言う気ですか、あの人は!」
「それは本人に言ってあげた方がいいんじゃない?」
「ふん。公爵令嬢たるもの、口喧嘩のような品のないことはしないのです」
ついさっき口喧嘩どころか胸倉掴まれたんですがそれは。
「ちょっと落ち着きなよお嬢様。ほら、パスタでも食べて」
「むがむがむがむが!」
食べながらもお嬢様は怒っていた。その様子はまさに怒髪天を衝く勢いだ。淑女の品性どこいったし。
今日半日過ごして分かったけど、淑女淑女言っているくせに案外このお嬢様キレやすいな。




