クソ村1
夢を見ていた。
それは一人の少女の物語。いいや、田原瑠夏の物語。
つまり、前世の私の記憶だ。
そして今の私、レイア・クォーターとしての記憶もちゃんとある。
っていうか、私って異世界転生してたんだ。
ここが剣と魔法のファンタジー! ザッツ異世界! 写真撮ってインスタにアップしよー!
そんな感動は微塵もない。生まれた直後ならいざ知らず、おぎゃあとこの世に生をうけてもう十年だ。前世の記憶を取り戻したとは言え、今見る景色に新鮮さはない。
しかし発見ならある。そう、私は颯爽と鏡の前に立つ。
流れる長い黒髪と透き通るような白い肌。深い海のような瞳がガラス玉のように輝く。十歳の少女にしては背が高い方で、スタイルもいい。
強いて言えば胸の方は今後に期待だろうか。ふん、まだ十歳だ、全然焦る歳じゃないさ。
たしかに美形で背が高い。クォーター家は平民の家系ではあるが、両親は昔は名を馳せた冒険者とかで、それなりに裕福。
なるほど。言われてみれば、たしかにここまではアルマロスに注文した通りだ。
それなら最後にもうひとつ。アルマロスに選んでもらった〈頑丈な体〉だけど、これはどうなんだろう?
大きな怪我をしたことはない。けど、それは大きな事故にあってないからだ。
どうしよう……とても気になる。
なんだろう。デリバリーで最低金額満たすために買うおまけほど時間をかけて選んじゃう感じ?
なくてもいいけど、選ぶのに時間をかけたせいで、いざそれがないってなるととても気になる。
せっかくチートを付与してもらったんだ。本当に〈頑丈な体〉になってるのか確かめなくては!
けど急に体の頑丈さを確かめるといっても、どうすればいいんだろう?
まさか馬車の下敷きになるわけにもいかない。それで死んだら目も当てられないからね。
じゃあ手頃なところで、階段から落ちるとか、手にトンカチを振り下ろすとか?
怖い怖い怖い怖い! 普通の女子には荷が重すぎるよそれは。
じゃあ……鞭で叩いてもらうとか!
「どこのSMだよ!?」
セルフツッコミしてしまった。
そうだなぁ。棒で叩くとか、それくらいから始めたい。
いや、SM入門編とかじゃないからね? これも全てチートを確認するためだから。
そうと決まれば実行あるのみ! 部屋を飛び出してリビングに向かう。
「あれ、パパ? なんでいるの?」
「我が家の大黒柱にその言い方は酷くないか!?」
「めんどくさい食いつき方しないで」
「すみません……」
パパがしょぼんとする。
このやりとり、もう何度もした気がするのに、毎回めんどくさいノリでボケてくるのがうざいと感じる今日この頃だ。
この体格が良くて快活な人が私のパパ、ロキ・クォーターである。
屈強なのは見た目だけではない。今でこそ現役を退いてるが、私が生まれる前は名の知れた冒険者だったそうだ。どんな敵を前にしても倒れない不屈の剣士だとか、ドラゴンを倒したことがあるだとか、いくつか武勇伝を聞かされたことがある。
ちなみに私はその武勇伝を信じていない。
仕事が終わったら酒を飲んで屁をこいて寝る、どこにでもいる普通のおっさんにしか見えないからだ。
「畑の仕事は? ……っていうか、あれ? 今日私畑仕事手伝ってなくない?」
「レイア、風邪でも引いたか? 芋は昨日収穫し終えただろ。夏までは畑作なくて父さん暇だから、警備の仕事。早番だから、今日からしばらくはこの時間に上がりだ」
そうだった。
いかんいかん。頭がぼーっとしてる。前世の記憶を思い出したせいでちょっと記憶が混乱しているかもしれない。
パパは帰ってきたばかりのようで、まだ帯剣している。これは都合がいいんじゃなかろうか。
「パパ、暇ならちょっと付き合って?」
「ん、いいぞー。なにをするんだ?」
「うん。ちょっと気の棒で思いっきり叩いてほしいんだけど」
「たいへんだツェン! レイアが壊れた!」
言っておいて私もどうかと思ったけど、さすがに壊れた呼ばわりは酷いと思う。
「どうしたの、大声出して」
と、台所からママが顔を出す。
「レイアが棒で叩いてほしいとか言いだしたんだ!」
「はあ? それはベッドの上であなたが言ったことでしょうが」
「はぅあひぃっ!?」
うっわ。
「冗談よ」
「よ、よしてくれよ……酔った勢いで言ったのかと思ったぜ……。なあレイア? 頼むからそのごみを見るような目はやめてくれないか? ママが冗談だって言っただろ!?」
「酔った勢いで言ったかも、ってことは言いそうになった心当たりがあるってことじゃないですか?」
「あるかああああああああああ!! あと敬語は止めろおおおおおおお!!」
叫ぶパパに対して、ひんやりとしたママの一言。
「あら、興味ないんですか?」
「そ、それは……」
うっわ。
「なあ、レイアもママもごみを見るような目で俺を見るのはやめてくれないか?」
「「無理」」
「……」
パパが崩れ落ちた。それはもう諦めるしかない。
「パパの性癖はどうでもいいけど、私と剣で勝負してくれない?」
「ち、違う。あれは一種の興味であって、べつにしてみたいってわけじゃ! ……って、しょ、勝負? なんでだ?」
「ほら、パパもママも昔はすごい冒険者だったんでしょ? 私も興味あるなーって」
さすがに棒で叩いてほしいはストレート過ぎた。
パパと違って私のは性癖じゃないけど、意味もなくいきなり叩いてくれなんて言われたら頭がおかしいと思われかねない。
そこで機転を利かせた。試合形式にして剣で叩いてもらえばいいのだ。これなら自然に頑丈な体かどうかを確認できる。
「ほほう。なるほどな」
パパがすくっと立ち上がる。
さっきの落ち込みはどこへやら、顔つきは頼れる男のそれだ。
ベッドの上で「棒で叩かれたい!」とか言う変態親父の雰囲気は欠片もない。
「分かる。俺も親父に稽古をつけてもらって剣を習っていたが、素振りして型を反復練習してなんてお行儀良かぁなかった。「親父を倒せば一流だ!」なんて息巻いて毎日突っかかってたなぁ」
「ちょっと。レイアをあなたみたいな脳筋変態男と一緒にしないでちょうだい」
「の、脳筋変態男……」
ママの一言で再び崩れ落ちるパパ。
「いい、レイア。冒険者への憧れを止めろとは言わない。むしろ私に憧れて冒険者を志望してくれるなら親冥利に尽きるわ」
「俺も! レイアは俺にも憧れてるからな!?」
「ロキは黙ってて。でもね、冒険者は前衛で戦うだけがすべてじゃない。魔術師や斥候、交渉人。後衛で戦ったり、依頼達成をサポートしたりするのも冒険者の立派な仕事よ。だから無理に剣を振るう必要はないの」
おっと、思ったよりガチなアドバイスをされてしまった。
ママ的には私が痛い思いをするのを心配してくれてるんだろう。けど、ごめん。今はその逆、痛い思いをして本当に痛いかどうかを検証したいんだ。
「大丈夫よ、ママ。どんなものなのかなって、ちょっとやってみるだけだから」
「そう。まあ、何事もやってみるのが一番身になるものね」
「応。そうと決まれば、やるぞレイア! 運動できる恰好に着替えたら庭に集合だ!」
「夕飯までには終わるようにね」
よっし。うまくいった。
あまり期待はしてないけど、せめて剣で叩かれても痛くないくらい頑丈だと嬉しいなあ。
いや、ここはあえて期待させてもらうとしよう。頼んだよ、アルマロス?