休日2
メイドさんに案内されて部屋に着くと、ポロロンポロロンとお嬢様がピアノを弾いていた。それを傍から眺めている人が一人。白いシャツに黒いスカート姿の、ママと同い年くらいの女性が椅子に座っている。おそらくあれがお嬢様のピアノの稽古の先生だろう。
演奏が終わったところで先生が立ち上がる。これから指導に入るのだろうが、その前に部屋に入ることにする。
「こんにちはー」
「……本当に来たんですか」
おや? てっきり呆れられたかと思ったが、今回の表情はそうじゃない。
整った凛とした顔を変えることなく、ただ無表情のまま、お嬢様が私を見て言い放つ。
「稽古の邪魔です。帰ってください」
「ムリよりのムリ! あ、私レイア・クォーターと言います。アルセーヌとは学校のルームメイトです」
お嬢様をガン無視してとりあえず先生に挨拶だけすると、お嬢様が席から立ってこちらへ歩いてくる。
「いい加減にしてください。邪魔です、と言っています」
と言って、くっと片手で胸倉を掴んでくる。力は入っていない。ただそのポーズはどうしても高圧的になる。
「こうすればビビって帰るだろう」って考えがバレバレだ。たしかにそこらへんの箱入りな嬢ちゃん相手だったら効果はあったかもしれないけどね。
しかし相手が悪かった。田舎育ちの怪力女にとって、そんな脅しは子どものままごとみたいなもの。
「残念ながら、そんなので物怖じする私じゃないよ。お嬢様の顔じゃあ可愛すぎて、全然迫力ないからね」
「っ!!」
ちゃんと力を入れて、私を掴む腕を逆に掴み上げた。
お嬢様が痛みと驚きで表情を歪める。チート検証でリンゴを軽々潰した握力だ。これだけ力を入れたら痛いと思うに違いない。分かってはいるけど、私はあえて力を入れた。
そんな私の態度に苛つくように、お嬢様が叫ぶ。
「あなたのおふざけに付き合っているほど、私は暇じゃありません!! どれだけ私をバカにするのですか、あなたは!!」
その言い分は半分正しい。
でも仕方ないじゃないかと私は言いたい。おふざけって言うけど、真面目に遊びに誘うなんて、それこそバカバカしい。
「ふざけてはいるけれど、バカになんてしてないよ。私だって毎日忙しいし、休日は貴重なんだ。その時間を割いてまでお嬢様に嫌がらせすると思う?」
「……あなたならすると思います」
「お嬢様から見た私ってだいぶクズすぎない?」
「入学式の日にあなたの評価は底辺に落ちていますが?」
根に持つなあ。
「ちょっと、二人とも落ち着きなさい! 淑女が喧嘩なんて、はしたないにも程があります」
と、先生さんが止めに入ったのでお嬢様の腕を離す。
私とお嬢様の間に割って入り、まずは私の方に向かって礼をしてくる。
「お嬢様の教育係を務めている、ブリッシュ・オールスです。いつもお嬢様がお世話になっております」
「いえ、こちらこそお世話になってます」
ぺこりと頭を下げる。いかにも教師役が似合う、真面目そうな女性だ。私の指導をしたら教鞭を持って暴れだすに違いない。
「それで、ルームメイトであるあなたが本日はこの場にどうして訪れたのですか?」
「えーっと、」
教鞭で暴れる想像をした後でこんなことを言うのはちょっと怖い、と思わないでもない。
まあ足りない私の頭で言いくるめられるなら、そもそもこんな苦労はしていないか。
「アルセーヌと遊ぼうと思ったんですけど、ピアノの稽古があるって聞かないので直訴しに来ました」
「直訴と言いますが、今言った通りお嬢様は稽古を所望しています。無理やり稽古をさせられてるわけでも、嫌がるお嬢様を庇うわけでもないのに、いったいなんのために直訴するというのですか?」
そんなの決まってる。
「私がお嬢様と遊びたいからですけど?」
「そ、そうですか。大変結構。分かりました」
なんか先生さんにとてもバカな子を見るような目で見られた気がする。
少なくともお嬢様は隠すことなく呆れていた。
「すみません、ブリッシュ。どうやら私はこの子が本能だけで生きてる猿だと知らなかったようです」
幼児から退行することはないと思っていたら猿になっていた件について。ウッキー!
「レイア、仮に私がついていくとして、嫌がる私を連れて楽しいですか? 少なくとも私は楽しくありませんが」
「そこは楽しもうよ!」
「ですから、もし遊ぶのであれば私以外を連れて行けばいいでしょう? セラスでも、村の幼馴染でも、あなたに友達の一人や二人はいるのでしょう?」
「なに言ってんのさ。私はお嬢様との仲を深めたくて誘ってるんだから、それじゃ意味ないじゃん」
「少なくとも今帰ってくれればこれ以上私があなたを嫌うことはありませんが」
「逆に私はアルセーヌに嫌われるのが癖になってきたかも。っていうか貴族の鑑で淑女なアルセーヌたんに罵られると興奮するだろ常考!!」
「二人ともやめなさい! 女子が口喧嘩なんてはしたないにも程があります!」
私とお嬢様に挟まれた先生さんが声を上げる。
「今の話を聞くのであれば、二人のどちらにも非があるかと思います。まずミス・クォーターは自分勝手が過ぎます。淑女とは一歩引いて殿方を立たせるもの。相手の本意を無視して自分の欲望を押し付けるなど論外です」
私の先生でもないのになぜ私が怒られてるんだ?
「お嬢様はレディの胸倉を掴まないこと。そしてそれ以上にいけないのは友人の意志を全く考えていないことです。彼女がなぜここまで訪れたのか。非常識な行いではありますが、それをただバカにするためと切り捨てるのは、彼女の友情に敬意がありません。お嬢様のしていることはミス・クォーターと差がないと理解してください」
なんか私が低い物差しにされてないか?
「お言葉ですが、先生。私はレイア・クォーターとはただのルームメイトであって、友人などではありません!」
「もし本当にそのようにお考えなら、私はあなたを軽蔑しなければなりません。ミス・モンテール」
「っ!」
先生さんからの厳しい言葉にお嬢様が目を見開く。っていうか私とお嬢様って友達じゃなかったのか。私は友達だと思ってたのに……。
「お嬢様、学校とは勉学や運動によって技術や知識を身に着けるだけの場所ではないのです。学友と苦楽を分かつ場でもある、その意味を分からないあなたではありませんね?」
「友情など、貴族には不要ではありませんか! 私はただモンテール家の長女として、家名に恥じぬ自分でありたいのです。そのために遊んでいる暇などないと私は考えます!」
「ではひとつお聞きします。モンテール家の人間は友を蔑ろにするのでしょうか。あなたのお父様やお母様、お兄様はそのようなお人ですか?」
「そのようなことは、ありませんが……」
先生さんが優勢のご様子。いいぞもっとやれ。
「分かりません。先生はただ遊ぶことが大切だとおっしゃりたいのでしょうか?」
「友と過ごす時間を大切にしてほしいと私は言いたいのです」
先ほどまで厳しい口調だった先生さんが、子どもを優しく諭すように言う。
「先ほどの演奏に疲れが見て取れました。お嬢様、根を詰めすぎです。ひとまず本日は休みとしましょう。今後のことはまた後日」
「……分かりました。それでは」
不機嫌を隠そうともしないまま、まるで拗ねた子どものようにお嬢様が部屋を出ていこうとする。
「って、ちょーっと待ったぁ! 休みなら遊べるじゃん! っていうかさっきの先生さんの話の流れで私と遊ばないってことはないよね!?」
「なにを言ってるんですか。疲れがあるから休みを頂いたんです。今日は帰って柔軟運動をしたらさっさと寝ます」
「せ、先生! お嬢様がこんなこと言ってますっ!」
「あなたの先生ではありません! お嬢様も意地を張らないように」
「静養したいのは本心ですが」
はあっと息を吐いて、お嬢様が手を差し出してくる。
「分かりました。レイア、私をエスコートしなさい。せっかくの休日を退屈にしたら許しませんからね?」
なんて面倒なお嬢様だ。いつだったか自分で言った、真逆のタイプだというのを思い出す。ただ友達と遊ぶのに理由が必要なんてお嬢様はバカだなあと、あまりの面倒くささにたまらず笑ってしまう。
「いいよ、私にどーんとまっかせて!」




