学校暮らし2
「分からないけど、とりあえず分かった。でも同級生なんだからエステート様呼びはやめてほしい」
「ではお姉様はどうでしょうか!」
「……ごめん、それも却下。ユラでお願い」
「分かりました、ユラ様!」
何も分かってねえなこいつ。
さすがにユラもはあっと小さく息を吐いていた。ファンにかわいいあだ名をつけられるアイドルの心境みたいなものだろうか。
ま、見てる方は楽しいけどね。あとで絶対いじり倒そう。
「と、ところでそちらの御方のお名前を伺ってもよいでしょうか!?」
「ん、私?」
ユラが聞いた子とは別の子に名前を聞かれた。
脈絡が無さ過ぎたので一応確かめると、うんうんと頷いてくる。
まあ、名前を答えたらノートに書かれて殺されるわけでもあるまい。特に困らないのでそのまま答える。
「レイア・クォーター。ユラと同じ村の出身の幼馴染だよ」
「幼馴染……どおりで! ユラ様と並んで麗しいお姿だと思っていたのです! よろしければレイア様とお呼びしても?」
「ああ……うん。好きにして」
まさか飛び火するとは思わなかった。これはユラをからかえないな。
「そうだ、せっかくだからあなたの名前も教えてよ」
少し話を聞くつもりだけだったのが、いつのまにか自己紹介までしてしまったわけだし、それならついでだ。そのまま顔見知りになっておこうと聞くと、「喜んで」と笑って答えてくれる。
「私はセラス・ミリアム。ミリアム男爵家の三女でございますわ。以後お見知りおきいただければと思います」
「だ、男爵家……」
まさかの貴族である。ただのオタクとしか思っていなかったのに……。
どうしよう、様付けとかして頭を下げたほうがいいのかな?
「公爵令嬢にセクハラしといて今更なに緊張してるのさ」
ユラに脇を突かれる。いやまあ確かにそれはごもっとも。
「じゃ、セラスさんって呼んでいい?」
「もちろんです! むしろセラスと呼んでください!」
「お、オッケー。よろしく、セラス」
手を差し出して握手する。今日一日で二人の貴族様と話しているけど、貴族ってこんな軽いノリなんだろうか。
そのうち「不敬な! 処刑!」とか言われそう。って、もうお嬢様には頬を叩かれたか。
「それで、セラスはあの人のこと分かる?」
セラスの隣に腰を下ろして、ユラが聞く。
「あの人というのは……ああ、今入られた方はジーク・スターレーン様です」
「ジーク・スターレーン? って、あの"王国十二騎士"の?」
「はい! 一度式典でお顔を拝見したことがあるので間違いありません」
さすがユラ先生、名前はちゃんと知っている様子だ。
「ユラ先生、その王国十二騎士の解説よろしく」
「はいはい。って言ってもそんなに説明するほど難しくはないよ。王家直属の騎士で構成される王国最強の精鋭隊。つまりモンテールさんと戦ってる彼は王国最強の一人ってこと」
「へえ」
見た目だけで言えばぜんぜんそうは見えない。細身のイケメン、なにより若い。学生である以上、私たちより二歳年上かそこらだ。
それで王国最強と言われるのだから、よっぽどすごいことなんだろう。
その実力を示すように、組手はさっきと一転。お嬢様が受ける側に回っている。剣筋は速く、鋭い。たぶん本気のパパに匹敵するレベルだ。それを余裕の爽やかイケメンフェイスでやっているのだから、軽くドラゴンスレイヤーを超えていそうである。
お嬢様が剣位二冠、騎士隊長クラスって言ってたっけ? たしかに私と同い年でそれはすごいことだけど、さすがに王国最強を比べてしまえば相手が悪いと言わざるを得ない。
しばらく打ち合いは続いたが、最後はお嬢様が剣を落として終わる。それからお嬢様とイケメンが一言二言会話して、イケメンがその場を離れた。
「あの細身でパパより強いのかー。強化魔術なのか、ギフトなのか。どっちにしても、才能の違いを見た気がするよ」
「それロキさんが聞いたら泣くよ」
メンタルブレイクまではセーフ。
「お二人はアルセーヌ様をご存じなのですか?」
セラスが聞いてくる。王国最強の顔を知らないくせに、お嬢様のことを知っているのは違和感があるか。
「私のルームメイトなんだよね、あのお嬢様」
「アルセーヌ様とレイア様がルームメイト! あの強くお美しい貴族令嬢のアルセーヌ様と、田舎からふらりと現れた麗しきレイア様……とても"あり"だと私は思います!」
「ありって、なにが」
「これはやはりアルセーヌ様が世間知らずのレイア様に手取り足取り教える「アル×レイ」……いや無知とみせかけて天然で強気なレイア様が温室育ちのアルセーヌお嬢様にガンガン攻めていく「レイ×アル」……うーん、どちらも背の高い美形なだけに悩ましい……っ!!」
セラスが自分の世界に入って出てきません。そして本人の前でその世界を作るのはやめてくれませんか、切実に。
「アルセーヌ様って呼んでるのは、セラスもお嬢様と知り合いなの?」
こっちの世界に戻すようにセラスに尋ねると、はっと目を開いてから少し慌ててうんと頷く。
「何度かお茶会で挨拶したことがあります。その際に「同い年なのだから名前で呼んで欲しい」と気遣いくださったので、呼ばせていただいています」
「へぇ。セラスから見てお嬢様ってどんな人?」
話のタネに、ルームメイトのことについて聞いてみると、「そうですねぇ」とセラスが休憩中のお嬢様の方を見る。
「真面目で努力家な方だと思います。さすがモンテール公爵家の長女かと」
「モンテール公爵家の長女だと、真面目で努力家である必要があるわけ?」
「そうですね。公爵家の長女ともなると、貴族ではトップカースト、手本となるべき方ですから。加えてモンテール家は名高い武の家系なので、その家名に恥じぬよう剣の鍛錬を積んだのでしょう。女性にして剣位二冠というのは、武に通じていない私でも尊敬します」
「うへぇ、そりゃすごいね。私とは真逆のタイプだ」
なんだか努力家なお嬢様にセクハラしたようでものすごく悪いことをした気分になってきた。
休憩が終わったのか、稽古場の何人かが外に出ていく。稽古の終わりというより場所を変えるような移動で、外に向かう足は駆け足だ。その中にはお嬢様もいる。
「アルセーヌ様を追われますか?」
「どうする、レイア?」
「うーん。や、いいや。今日は校舎を見て回りたかっただけだし」
さて、それじゃあそろそろ行きますか。と、立ち上がろうとしたところで、視界の端に金髪イケメンが目に入る。
お嬢様と打ちあった後だというのに疲れた様子は一切見えず、次の組手が始まるのを外から眺めているだけだ。
そういえば、あいつはお嬢様と組手をする前も組手をしていなかった気がする。なんだボッチか? ボッチなのか?
「それじゃ、そろそろ行こう。セラスも暇なら一緒にどう?」
と、イケメンを見ていると先にユラが立ち上がってセラスを誘う。
「いいよね?」とユラが視線をこっちに向けてきたので「問題なし」と頷いておく。せっかくの縁だ、友達になれるならこの機会を逃す手はない。
「え、ええっ! えーっと、でもそんな、私ごときがユラ様やレイア様と行動を共にするなんて、その、恐れ多いと言いますか……」
セラスが指をモジモジしながら、なんだか煮え切らない反応をする。三女とはいえ貴族のはずなのに、なんでそんなに腰が低いんだ。
しょうがない。ここはちょっと強引に誘ってみるか。
私はセラスのモジモジしている手を取り立ち上がらせて、もう片手を頬に添えて顔をこちらに向ける。指先がセラスの髪と耳に当たって、それがくすぐったいのか「はぅっ……」と声を零す。
耳が弱いのかな? それなら、と顔を寄せて、空いたもう片方の耳に吹きかけるようにそっと言う。
「セラス、一緒にいかないの? いこうよ一緒に。でないと私、寂しいなぁ」
「は、はうぅぅ……わかりまひた! わかりまひたからぁ……」
「ん? なに? 分かりましたじゃ分かんないよ。ちゃんとどうするのか教えて?」
「ひぅっ! ぁ、いきまふ、れいあさまといきまふぅぅぅ……っ!」
「うん! それはよかった!」
手を放してセラスを解放すると、「はぅぅ……」と顔を真っ赤にして座り込んでしまう。
うーん、もしかしてやりすぎた?
どうしようこれ、とユラ先生に尋ねる前に、頭を殴られた。グーで。
「公共の場でセクハラするな、この変態女!」
「さーせん」
私が百悪いんですけど、しかしいくら痛くないからといって淑女をグーで殴るのはいかがなものなんでしょうか。
なお、今日のこの出来事は観客席にいた女子たちから結構な注目を集めており、セラスをはじめとした"同士の会"でしばらく話題となるのだが、それを私が知るのは当分後のことである。




