学校暮らし1
「アルセーヌ・ルイ・モンテール、ね。あんたが普通に生きるんだとすれば、これまた普通じゃない子がルームメイトになったんじゃない?」
ユラと学校を回りながらルームメイトの話をすると、なにやら訳知りのようだった。
「ちょっと待って、なんでユラがあいつのこと知ってるわけ? 同じ村で育ったのになんでこんな知識格差が?」
「王都から村に行商に来てるハウマーさん。ほら、王都に来るときに馬車に乗せてもらったでしょ? あの人が情報通でさ。新聞もらったり王都の面白い話を聞かせてもらったりしてたから、その絡み。旅の間も私たちが王都の学校に入るって知ってたから、いろいろと同級生のことを教えてくれたよ」
「い、いつのまにそんなことを……」
「レイアが寝てるときに」
「なーんで除け者にするかなぁー」
「だってレイア、夜になるとすぐ馬車で寝ちゃってたし」
「夜に寝るのは普通でしょうがぁ!」
「なら夜更かしした私の特権だね」
「くっ、言ってくれれば私だって夜更かしくらいする……努力はしたかもしれないのに!」
「絶対無理だと思うに一票。まあでも、私が教えられるから大丈夫でしょ」
「それな」
だんだんユラがいないと生きていけない体になっているような気がする。
「ユラが知ってるってことは、お嬢様が有名人ってマジなんだ?」
「公爵令嬢だからね。それにあの人は……あ、だったらこっち。稽古場を見てみない? 放課後は騎士科が訓練してるはずだから」
てきとうにぶらぶら歩いたにも関わらず、迷わず進路を変える。ユラさん、入学初日ですよね? なんで稽古場の場所を把握してらっしゃるんですか?
「レイアがモンテールさんから聞いた"剣位"っていうのは、王国剣術の熟練度を示す階級。昇級試験を合格すれば剣位五冠から始まって順に四冠、三冠、二冠、一冠、剣聖と級位が上がっていく」
前世で言えば剣道の段位みたいなものなのかな?
「剣位二冠の熟練度は騎士隊の隊長クラスだよ。私たちと同い年、しかも女の子が取るとなれば、すごいなんてものじゃない。モンテールさんは才能があって努力ができる人なんだろうね」
「へえー」
「そんな人にセクハラしたんだ?」
「へへっ」
「もしかしてレイアって変人じゃなくて変態なわけ?」
「変態でもなければ変人でもねーよ!?」
ちょっとからかったというか、まあそれをセクハラと言わないでもないけど、変態呼ばわりはさすがにひどい。そして既に変人扱いされているのはなぜ?
「着いた。ここが第一稽古場」
建物の二階、観客席から第一稽古場を見ると、運動着を着た学生が剣を振って組手をしている。
村にいた頃に私もパパとしたことがある。決められた範囲で剣を打ちあうことで剣を振るう行為に慣れ、フィジカルを強化するトレーニングだ。
「ん?」
なんだか見られている気がする。
そちらを向くと、先に観客席にいた女子たちの何人かがこちらを見ていた。私が見ているのに気づいて視線を逸らされたけど、なにやらこそこそ話してはちらちらとこちらを見てくる。
なんだ、入学式の教師といい、なにか注目されてる? もしかして田舎者特有のポカをやらかしてたりする? 制服を逆に着てるとか。
……とりあえず制服は大丈夫だった。
私一人ならともかく、ユラがいるならそんなポカはしないか。
あまりしつこいなら直接聞いてみるのも手だけど、とりあえずは無視しておこう。
改めて稽古場を見回す。
「あ、いたいた。あれがお嬢様だよ」
整えられたブロンドの髪はよく目立つ。アルセーヌお嬢様のお姿はすぐに見つけられた。
組手の相手は胸板が厚く、丸太みたいな腕の、いかにも屈強といった感じの男だ。剣を横に振っただけでお嬢様の細い体など吹き飛ばされてしまいそうに見える。
けれどお嬢様とゴリラ打ちあいはほぼ五分。むしろお嬢様の涼しげな表情は余力を残しているようにさえ見える。
「へえー、さすが剣位二冠。すごいね、お嬢様は。あれって純粋な筋肉じゃないよね? 私と同じギフト持ちなのかな?」
「違うと思う。あれは強化魔術かな」
「強化魔術?」
どこかで聞いたような気がするけど……。
ダメだ、魔術なんて受験勉強が終わってほとんど忘れた。異世界転生したときは私にも魔術に憧れていた時期がありましたよ、ええ。杖を振って「びゅーんひょい!」とか、ルーンを使ってルールブレイカー! みたいな。
しかし現実はそんな簡単ではない。どの事象を、どの範囲で、どの速度で、どの時間引き起こすか。その計算結果が現象化したものが魔術の正体だ。しかも魔術ひとつ作るにも、構成する言語、計算式、構文の組み立て方法によって多種多様な方法があり……まあ私にはさっぱり分からない。
よって記憶からデリートしました。
ユラがじーっとこっちを見てくるので「へけっ」とウインクして返すと、はあーっと息を吐いた。
「レイアと一緒に受験勉強でツェンさんに教えてもらったことだけど。魔力を体に循環させて、自分の体を強化するように事象を指定して魔術を行使する。これを常時発動していなきゃいけないから、強化魔術には集中力と魔力が必要だけど、それだけ恩恵も大きい。使い方によってはモンテールさんみたいに体格で劣る相手に互角以上で戦えるからね」
「ああ……なんとなく思い出した。私が使えなかったやつね……」
言っていることは理解できても、やってみるとこれが難しい。身体全体に魔力を行き渡らせるのもそうだが、なによりそれをキープしながら戦うと言うのが無理だ。少なくとも私にそこまで器用なことはできない。
「レイアは自力で怪力なんだからいらないでしょ」
「まーね。ユラはできるんだっけ?」
「少しくらいならね。使い方は分かるけど、私魔力が多い方じゃないし」
さすユラ。ここまで万能だと、もうできないと言われた方が驚いていたかもしれない。
その後もお嬢様はゴリラと組手をしていたが、少しして相手が変わる。小休憩の間にゴリラが金髪の青年に声をかけられたかと思うと、ぺこぺこ頭を下げてその場から離れる。
どうやらゴリラの代わりにお嬢様の相手をするらしい。
体格だけで言えばゴリラより遥かに劣る青年だ。背が特別高いわけでも、体が特別鍛えられているわけでもない。
肌は白く、金の長髪をなびかせるイケメンは稽古場には不似合いで、雑誌モデルでもやってる方がよっぽどイメージとあうな。
それを私が確かめるのと同時に、わっと観客席が湧いた。その観客誰もがあのイケメンに視線を向けている。
まあ、あれだけイケメンなら女子がはしゃぐのも分かるけど、有名人なんだろうか?
「ユラ、あのイケメン知ってる?」
「名前を聞けば分かるかもだけど、顔だけだとさすがに分かんない。ちょっと聞いてみるよ」
そう言って、イケメンを見ているひとりの女子に寄っていく。
タイの色からして、同級生だろう。その子の肩を軽く叩く。
「ねえ、ちょっといい?」
「え、あっ! えっと、ユラ・エステート様、ですよね……?」
ユラに肩を叩かれた子が目を見開く。
ユラ・エステート、様?
「なんで様付け?」
私とまったく同じ疑問を抱いたユラが首をかしげる。
「その……エステート様の新入生代表の言葉にて壇上に立たれた姿があまりに凛々しかったので!! あの、私だけじゃなくて、他にもクラスの子でエステート様のお話をされてる方は少なくありませんでした!!」
熱く語ってみせる。つまりこの様付けは……
「もしかして、お姉さまぁ~的なあれ?」
「その通りです!!」
「な、なにそれ……」
妹様の勢いに押されてユラが一歩たじろぐ。
たしかにユラは"可愛い"より"カッコイイ"タイプで、実際ルックスはかなり整ってる。それにあの朗読がきっかけとなって、早くもファンがついたというところか。
「分からないけど、とりあえず分かった。でも同級生なんだからエステート様呼びはやめてほしい」
「ではお姉様はどうでしょうか!」
「……ごめん、それも却下。ユラでお願い」
「分かりました、ユラ様!」
何も分かってねえなこいつ。




