入学1
「それじゃあ、いってきます!」
「いってらっしゃい。落ち着いたら手紙寄越しなさい」
「分かってるってー」
ママにひらひらと手を振る。
それともう一人、地面に突っ伏してるその人にも挨拶を。
「パパー、いってきまーす」
「うっううっ、行ってしまうのかレイア! 三年も暮らせないなんて無理だ! 畑仕事なんかしなくていいから一生この村で暮らしてくれ!」
ヘラってて草。
「私が言うのもアレだけど、いい加減に娘離れしなよパパ。ドラゴンスレイヤーの二つ名が泣くよ?」
「子どもが可愛くない親なんていない! それはドラゴンスレイヤーでも変わらない!」
「レイアは度が過ぎるって言ってるのよ」
ママがパパの首根っこを掴んで立たせる。突っ伏して見えなかったその顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。驚くなかれ、これで四十路近くだ。
「どうしても学校に行くのか?」
「行くよ。でももしそんなに止めたいなら……力づくで止めてみる?」
「……それだけはないな」
さすがに娘に腹パンされてゲロしたシーンを村のみんなに見られたパパは、しばらくメンタルブレイクして使い物にならなかった。
あれから二か月。今でこそ回復したが、その傷は残っているのか、パパが若干低いトーンで答えながらお腹を手でおさえる。
「王都では壁を壊したり人を殴ったりしないこと。あなたのパンチは破壊力が高すぎるんだから、気をつけなさい」
「分かってる分かってるぅ」
もう受験で壊したけど。
ママとパパに別れを言って、王都行きの行商の馬車に乗り込む。
既にユラは支度を済ませていて、馬車の中で本を読んでいた。受験の時に王都で購入した魔術学の教材のようだけど、この二か月で既にそのページが擦り切れるほど読み込まれている。
「馬車で本読むと酔うんじゃない?」
「酔い防止の魔術を使ってるから大丈夫」
「なにそれ、ズルじゃん! 私も私も!」
「レイア酔わないじゃん」
「酔うかもしれないじゃん!」
「分かった分かった。ほら、魔術かかったよ」
「よっしゃー! これで心置きなく私も読書ができる!」
「読書って、それ小説? 王都でそんなの買ってたんだ」
「だって馬車の移動中暇だしー」
「まあそうだけど。でも好きで読書するってめずらしいね。ほら、レイアってバカだし」
ストレートすぎでは?
「ふっふっふっ、読書のひとつもするんだよユラさん。なにせ私は……セントラル学校の学生なんだからねっ!」
高らかに言って胸を張る。
そう、私はセントラル学校に入学する。つまりあの受験に受かっていた。
サンキューフォックス、もうダメかと思ったぜ。
けど受かったのは受かったのだ。筆記試験が壊滅的だったのはユラ先生に証明されているので、実技試験で盛り返したと思われる。正直レンガ割りで疑ってきた試験官には腹が立ったが、結果良ければなんとやらだ。壁を殴ったかいがあったというもの。
「レイア、もう学生になるんだから、壁を破壊したりしないようにね?」
「分かってるってー。実技試験は仕方なくやったんだよ、仕方なく」
「仕方なく壁を壊す事態は絶対ないから」
試験の後ユラにはこってり怒られている。
なぜ壁を壊したのが私だと分かったのかと聞いたところ、「レイア以外にそんなことをできるやつも、やろうとするやつもいないから」だそうだ。
そうかもしれない、と思った。
うん。っていうかこれって普通じゃないよね、常識的に考えて。どこに壁をぶっ壊せる普通の女子がいるんだよって話。
村での私は怪力女のイメージがついていた。主にパパやクソガキ、クソジジイが戦いを挑んできたせいだ。
しかし王都ではどうだろう。私は普通の女子で、普通の女子に戦いを挑んでくるやつなんていない。つまり私が怪力を使う必要はなく、怪力女のイメージもなくなる。
これが普通の生活だよ! 決めた、私はこの王都で普通の女子として生まれ変わる……っ!!
「任せてユラ! 私はこれから普通に生きていくから!」
「自分で言っておいてアレだけど、それは無理な気がしてきた」
「なにゆえ!?」
「天然だからかな」
それは違う。私はいつだって自分の意志で怪力を使ってきたし、それはその時の状況に強いられて仕方なくやったものだ。
普通科に通う女子、レイア・クォーターは普通に生きるのです。
私はそう強く決心した。
入学式が長いのはこの世界でも同じだった。
校長先生の話やら、来賓の紹介やら。これを楽しいと思っている生徒は一人もいないと大昔から分かっているのに、それをやめられないのは風習や伝統を尊重し効率を求められない社会の縮図ともいえる。
学校は社会と同じだと言うが、そんなところまでこだわらなくてもいいじゃないか、と私は問いたい。
フフン、私ももう高校生、ちょっと皮肉めきたくなるお年頃だ。意味もなく教師とか年寄りのご高説に茶々を入れたい。
って、そんなどうでもいいことを考えたくなるくらいに長い。長すぎる。もう一時間くらい経つんじゃない? 老人が今を時めく学生に嫌がらせしている図にしかみえないんですけど?
そんな長い話も終わり、進行も残りわずか。生徒会長による歓迎の言葉が終わり、突如そのときがやってきた。
「それでは新入生代表挨拶。新入生代表、ユラ・エステートさん。お願いします」
会場がざわつく中で、その中でも一番驚いたのは私だという自信がある。
え、えぇー? ユラ・エステートさんってあのユラ・エステートさん? すごい偶然ですねー、私の親友にもいるんですよユラ・エステートさんが。
そんな現実逃避をしていると、「はい」と響く声で席を立ち、私の隣に座るユラ・エステートさんが壇上へと向かって歩いていく。
ユラ先生が頭いいのは知ってたけど、新入生で代表取れちゃうレベルなのん?
村の教育環境はお世辞にもいいとは言えない。読み書きや簡単な算術ができる程度で満足しているのが大半だ。
そんな環境で育ったユラが王都の識者や貴族、魔術師や騎士を抜いて代表とか、私よりよっぽどチートでしょうが。
周りの反応もそんな感じで、新入生代表のユラ・エステートとは誰だとその姿に視線が集まる。
それを一身に受けながら堂々と壇に立ち、ユラが代表の言葉を読み上げる。
ユラは本を読むのが上手い。村の朗読会でも一番の人気だ。テクニック云々は私には分からないが、聞き手を引き込む力がある。
それは今この瞬間にも発揮されていた。澄んだ声が講堂に響き、騒ぐ生徒たちを黙らせる。
村の娘だから遠慮する、なんて気遣いは一切しない。ユラの声にはそんな自信があった。
代表の言葉を読み終えて席に戻ってきたユラを肘で小突く。
「新入生代表だってなんで教えてくれなかったのさ」
「驚かせようと思って」
「めっちゃ驚いた」
二人でくすくすと笑う。
入学式の眠気はいつの間にか吹っ飛んでいた。ユラめ、やってくれたな。
「ん?」
なんだろう、視線を感じる。
そちらを見ると、端にいる教師陣の何人かがこちらを見ていた。
私が見ているのに気づいて自然に視線を逸らされてしまったが……たしかに見ていた。まあ私というかユラを見ていたんだろうけど。
お? そいつらをよく見ると、見覚えのある男が一人。実技試験のときの試験官だ。なんかムカつくから中指立てておく。
そうするとたまたま向こうも気づいたのか、親指を下にしてこっちに向けてきた。あいつやっぱ教師向いてないよ。




