幕間ー試験官の受難
◇
「なんなんだ? あの規格外は」
壁に空いたどでかい穴を見つめながら、隣の教員の目も気にせず呟くように言う。
今日の仕事はセントラル学校の試験官、普通科の生徒の実技試験を評価することになっていた。
お題は受験生の特技披露。そんな大雑把な題目なものだから、動物芸だのマジックだのと、大道芸や宴会と勘違いしたバカが出てくるのだ。
いくら特技だからってなんでもいいわけあるか。これは入試だぞ。十五歳にもなるのだからTPOは弁えろ言いたい。
嘆かわしいことに、そういう思い違いをしたバカの数は少なくない。頭の痛い話だが、裏を返せばそういうバカを排除できるという点では優れた試験だと認めざるを得ない。
しかし私は間違いをしていた。そういった勘違いをする彼等彼女等は確かにバカだが、おそらくそれは普通のバカだ。
真のバカ、あるいはバカとかアホとかそういう言葉では言い表せない次元、イカレているとしか思えないやつがいると知識では理解していた。しかしそれがこれほどとは──
「先生、時間です。次の学生が」
「あ、ああ。しかし壁が……」
「時間がありません。午前の部が終われば休憩がありますから、そこで会場を移しましょう」
「そう、だな。よし」
顔を叩いて気持ちを切り替える。
「入ってください」
「失礼します」
そう言って入ってきた受験生の声は落ち着いている。
持っているものはカバーをかけた本一冊。ペットを連れてもいないし、大掛かりな道具を持ってもいないし、重量のある麻袋も持っていない。
どこにでもいる、と言っては失礼だが、普通の少女だ。だからこそ安心できる。
シャレじゃないが、普通科であればこそ普通の学生が望ましいと思わずにはいられないな。
「どうぞ、そのままかけて結構です」
「ありがとうございます。お願いします」
「初めに説明しておきます。これは普通科の実技試験ですが、簡単な面接、という意味も持っています。まず名前、年齢、出身地を教えてください」
「はい。私はユラ・エステートと申します。歳は──」
ここまでは順調。あいつもそうだった。イカレていても自己紹介はできるらしい。
「では、実技試験に入ります。実技試験の内容は特技。なにをするのかについての説明と、どうしてその特技を取得したのかの説明、そして特技の披露までを五分以内におねがいします」
「はい」
来た。
思わず息を呑む。普通か馬鹿か、はたまた規格外か。
できれば俺の常識をこれ以上壊さないでもらいたいが……。
「披露する特技は朗読です。今日はエリック・パーカーの詩集、「地獄唱」を読みます」
お?
「私が育った村では大人が絵本の読み聞かせをする、朗読会が子どもにとってひとつの娯楽となっていました。私は本が好きなので、特に朗読会を楽しみにしていたと思います。それでいつからか”聞く側”から”読む側”にも興味が湧いて、練習して、最近になって私も朗読をする立場になりました。拙いものではありますが、ご清聴いただければと思います」
おお!
経緯を聞くだけで情景が見えてくる。
ここで慌てて「日課だから」「趣味だから」などと答えるようでは減点だ。逆にここまで細かく自己分析をしている、あるいは想定問題として準備してきたのであれば加点対象となる。
彼女の話では絵本の朗読と言っていたが、試験官に朗読するというのを想定して文学の詩集にしたのだろう。ちゃんと空気が読めて準備ができている。
著者は最近人気が出てきた文学小説家なので、多少は彼女の趣味も入っているだろう。欲を言えば純文学、古文の方が俺好みではあるが、それくらいで減点は取らない。
ここまでは普通だ。どころか実に良い。久しぶりの当たりに喜びが隠しきれず、ニヤケそうになるのをグッと堪える。
落ち着け、まだ特技を見ていない。肝心のそれがダメならバツをつけないといけなくなる。
私情を言えば、できれば彼女のような人材こそ合格になってほしい。頼むぞ……。
「それではお願いします」
「はい」
本を開いて、地獄唱の詩からいくつか読み上げてみせる。
声は明々としていて、一節、一文に強弱やメリハリがある。
俺は朗読に詳しくないから、こいつのなにが凄いのかを正しく説明できない。ただこいつの朗読がたいしたものだというのは根拠がなくても言い張れる。
この試験は特技の完成度を見るものではない。特技を通して受験生の人柄を見るものだ。それで言えばユラ・エステートは合格ラインを余裕で超えている。
「ありがとうございます。なにか質問があればお答えしますが、いかがでしょうか?」
特技が終わり、隣で先生が逆質問を受ける。これは特技が時間内に終わった生徒へのご褒美だ。採点には影響しないため、素直に気になることを聞くのが正解だが、彼女は何を聞くだろうか。
「それでは……その、後ろの壁の穴はこの部屋のデザインなのでしょうか?」
「そんなわけあるか!」
「先生落ち着いてください。ごめんなさい、エステートさん。ちょっとこちらの先生がこの穴のせいで気が立っているのよ」
「す、すまない」
俺としたことが、心外のあまりつい口を突いて出てしまった。
そんな俺の反応に驚くどころか、目の前の受験生はどこか呆れたような口調で問うてくる。
「あの、的外れなことだったら聞き流してほしいのですが……もしかしてレイア・クォーターがやりましたか? それ」
「……そうだ」
「先生! 他の受験生の試験内容を教えるのは禁止されています!」
規則の話で言えば確かにその通りだが、目の前にあるこのどでかい穴をどう隠せと言うのだ。
それよりか、この事情を知っていそうな学生から情報を得られればと思ってしまう。
「きみは彼女についてなにか知っているのか?」
「レイアは私の親友ですからね」
「ああ、そういえばきみが育った村はレイア・クォーターの育った村と同じ領地だったか」
「はい。でもお伝えできることはお二人が見た通りのことしかありません。私が知る限り、レイアは最強だと思います」
「なるほどな」
最強、か。
強いことに驚きはしない。王国十二騎士やAランク冒険者、剣聖。この国には強さに見合う称号がいくつかあり、そのうちの何人かは知り合いだったりする。
その誰もが自分の強さを知っていた。そしてそれを正しく使う良識があった。
けどレイア・クォーターは違う。たかが入試なんぞでその暴力性を見せつけ、壁を壊して見せ、その顔で普通科に入ろうとしている。
これが騎士科なら跳ねっかえりとして指導をできたかもしれない。しかし、あいつが入ろうとしているのは普通科だ。
あれが普通だと? どこにパンチで壁に穴を開ける普通がいるというのか。
「他に質問はありますか?」
「いえ、大丈夫です」
「それでは実技試験を終了します。退室していただいて結構です」
「ありがとうございました。失礼します」
退室まで手本通りに、ユラ・エステートが部屋を出ていく。
それを見届けて、ふうっと息を吐いた。
「先生、気持ちを切り替えてください。おそらく午前の間は同じような質問がありますよ」
「分かってる」
今は試験中だ。切り替えはする。
問題はその後、彼女のレイア・クォーターの査定だ。
あれが普通でないのは確かだ。しかし、間違いなく才能の塊でもある。
捨て置くには惜しいが、あれを入学させることで普通科の秩序が保てるのか。
考えるだけで頭が痛い。とりあえず、あいつを普通科に入れるなら、まず最初に壁を壊すのはやめろと言うことにしよう。
レイア・クォーターの採点用紙に素早くそう書き留めた。
余談であるが、その注意は四年前にツェン・クォーターからされていた。もちろん、試験官の彼がそのことを知るはずも無い。




