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ショートショート6月~2回目

てんこ盛り

作者: たかさば

私には、食べたくてたまらないものがあった。


いつ見てもホカホカと湯気を携える、実に魅力的な食べ物。

いつ見ても凛々しく盛り上がっている、実に神々しい食べ物。


……てんこ盛りのごはんである!!!


いわゆる、昔話盛りという奴だ。

盛りすぎている、白いご飯だ。


毎日会社へと向かう道中、大変にうまそうな、てんこ盛りのごはんを見た。

毎日会社から帰る道中、空腹感を倍増させる、てんこ盛りのごはんを見た。


定食屋の看板にくっついている、少々変色したてんこ盛りご飯の立体オブジェである。

決して食べることはできない、ただの作りものである。


だがしかし!!!


実に食欲をそそるデザインのこのごはん、湯気が出るギミックを装備しており、営業時には実に勢いよく白い煙をもくもくと……これ見よがしに噴出していたのである!

朝食もやっていたので、出勤時もはでに美味しそうな雰囲気をぶちまけていたのである!

夕方はスポットライトを浴びて、さらにきらびやかに魅力を振り撒いていたのである!

初めて見かけた3年前から、ずっと変わらぬ過剰演出を続けていたのである!


一度でいいから食べてみたい、アニメの中で見た、てんこ盛りの白いご飯。


通りかかると、いつもガタイのいいおじさんたちが、若者が、こぞって入店していくのを見かけた。


この人たちは今からてんこ盛りを喰らうのだな、そんなことを思いつつ、定食屋の横を通り過ぎる毎日。

自分も食べてみようかな、そう思いつつ、暖簾をくぐる勇気が出ないまま、定食屋の横を通り過ぎる毎日。


定食屋のてんこ盛りご飯を見るたびに、腹がけたたましく鳴り空腹を訴えた。

定食屋のてんこ盛りご飯を見るたびに、家に帰ったら白いご飯を炊く事を心に誓った。


この店に入れば、てんこ盛りのごはんが食べられる、そう思い続けて数年が過ぎた。

この店に入らずとも、自分の家で茶碗にご飯をてんこ盛ればいいじゃないか、そう思い続けて数年が過ぎたのだ。

この店を横目に見つつ、家に帰って炊飯器を開けて、てんこ盛るのはやめておこうと思いとどまって……数年が過ぎたのだった。


てんこ盛りに憧れた私は、てんこ盛りに手を出すことなく、普通盛りをもそもそと食べ続けていたのだ。


そんなある日、仕事帰りにいつもの様に定食屋の前を通りかかった私は、入り口に大きく張り出された張り紙を見て思わず立ち止まった。


「え!!嘘!!閉店するの?!」


なんと、長きにわたり私が思いを募らせてきたあの定食屋が、閉店することになったのである。

「5年にわたるご愛顧ありがとうございました」と書いてあるのを見てしまった、私。


……これは閉店前に何としてもてんこ盛りを食べておかねばなるまい!!!


かくして私は、初の入店を決めた。

翌日、私は昼ご飯を少なめに取り、万全の超空腹で定食屋の暖簾をくぐった。


「いらっしゃいませー!お一人様です?」

「はい。」


カウンター席に陣取り、日替わり定食を注文する。


「ご飯は何盛にしますか?」

「て、てんこ盛りでお願いします!」


「はーい、日替わりてんこいっちょ―!」


すんなり注文が通ってしまい、少々驚いた。

ガタイがいいとはいえ、私は女子なのだ、一言くらい確認してくれると思っていたのだな。

もしかして私、そんなに食べそうな人に見えるのだろうか……。


「牛好き定食、てんこ盛りで。」

「カツとじ定食てんこ盛りダブルね。」

「生姜焼き定食てんこ盛り。」


注文した後、ボチボチ入店してくるお客さんの言葉を拾うと、実にみんなてんこ盛りを注文している。

……大食いの人ばかり来るお店なのかも?


やばいな、残したりしたら怒られそうだ。

いざとなったら、ラップの一枚でも貰って家に持ち帰ることを心に決めた。


「はーい、日替わりてんこ盛りでーす!」


トレイを持ってやってきたお姉さんから、注文の品を受け取ると。


目玉焼きハンバーグに、せんキャベツ、トマトがひと切れにキュウリが三枚乗った皿。

お味噌汁に漬物の小鉢、そしててんこ盛りの、ごはんが……。


……ごはん、ちっさ!!!


確かにてんこ盛りだ、だがしかし、ごはん茶碗が実にこう、子ども茶碗?!

左手にちょこんと乗るサイズのなんとももにょるてんこ盛り―――!!!


「はーい、てんこ盛りダブルのお客さんねー!」


後ろのテーブルのおじさんのトレイをのぞき込むと、普通サイズの茶碗にてんこ盛りのごはんが。

なるほど、この店はてんこ盛りが普通サイズらしい……。


そうだな、確かに表のてんこ盛りご飯は大きかった、だけど実物大とはどこにも書いてなかった。

よくよくメニュー表を見てみれば、下の方にちっちゃく「当店のてんこ盛りは普通サイズのごはんです」と書いてある。

……へえ、ごはんはおかわり自由なのか、サービスいいな。

……なに、みそ汁も漬物もおかわりできるとな!


てんこ盛りご飯は、普通においしかった。

日替わりのおかずも、普通においしかった。

全てきれいに平らげて、私は店を後にした。


……ごく普通に、ちょうどいい感じに満腹になった、あの日。


……あの日を、思い出す日が……まさかやってこようとは!!!


たまたま親せきの家に行った帰り道、とある町の商店街に行ったら、見たことのあるてんこ盛りご飯があるじゃありませんか!!!

うわあ、ちゃんと煙出てる、今もこのギミック使ってる店あるのか、これはすごい!ってね?!


……思わず駆け寄り、立ち止まって見物していたら。


「ねーねー!このごはんおいしそうじゃない?!」

「うーん、うまそう、食べてこ!!」

「たべたい。」


エンゲル係数爆上げ家族がですね、実に興味を持ってですね!!

時刻は11時を少し過ぎたころ、ちょうどいいやって言うんで寄っていくことになってですね!!

おかしいぞ、つい二分前までは、ハンバーガーを食べると宣言していたはずなのに!


「いらっしゃいませー!」


「お父さん焼肉定食にしよ!」

「あたしチキン南蛮定食!」

「オムライス下さい。」


「え、えーっとー、日替わり定食を!」


「定食のお客様、ご飯のサイズどうします?」


「てんこ盛りってどれくらいですか?」

「普通盛り二杯分です~。」


「「てんこ盛りで!!!」」

「私は小盛りで……。」


朝早くに出発したため、家族は全員腹を空かせている。

てんこ盛りのごはんを喰らいつくす気満々の人が約二名。


「ちょっと君ら食べられるの?!残さないでよ!!」


「大丈夫大丈夫、いざとなったら別腹開放するから!!」

「あたしビニール持ってるし、やばかったら持って帰ろう!!」

「僕も食べる。」


息子に至っては、オムライスで白いご飯を食べる気満々である。


「お待たせいたしましたー!」


そして運ばれてきたてんこ盛りはと言いますと。


やや大ぶりの茶碗に、ホカホカと湯気の上がる白いご飯。

あの日見たてんこ盛りとは明らかに違うボリューミーなごはん!


……食べきれるのかね。


「わーい!いただきまーす!!!」

「バクバク!!むしゃむしゃ!!このごはんうまい!!」

「おいしい。」


私の心配をよそに、ガツガツと食らいつくしてゆく家族!!!


……この分なら、残さなくて済みそうかな。

安心して、自分の日替わり定食に手をのばす。

へえ、鮭の照り焼きにミックスフライが三つ、味玉にマカロニサラダ、みそ汁に漬物、これで980円はまあまあお得だな、結構うまいぞむぐむぐ……。


「ご飯多い!おかず足りないよー!お母さんの照り焼きちょうだい!!」

「ねえ、メンチカツ一個貰っていい?」


「ちょ!!何勝手に……食うな!!!」


いつの間にかてんこ盛りが普通盛りにまで減ってる奴らが、揃いも揃って人のおかずに手をのばし!!!


「たまごおいしそうだね。」


息子はオムライスを食べつつ、人の味玉に視線を向け!!


「君、ホントたまご好きだね……どうぞ。」

「ありがとう。」


茶わん一杯のごはんとふたすくい程のマカロニサラダ、照り焼き半分にミニコロッケ一個とミニエビフライ一個、みそ汁漬物……。

メインのおかずを持って行かれてしまったので、明らかに食べ足りない、物足りない自分がここに!!


「うーん、ちょうどいい量だった!てんこ盛りいいねえ!!!」

「べふー!満腹だー!!!でもアイス食べたい、コンビニ寄ろ♪」

「おいしかった。」


……私もてんこ盛りにしておけばよかった。

そしたら、白いご飯のぶん、今よりは満たされていたはず……。


「ありがとうございましたー!」


会計を済ませ店の外に出た私は、ホカホカと湯気を携える、実に魅力的なてんこ盛りを見た。


……おなか、空いたな。


……なんで私、ごはん食べたばかりなのに、ひもじいんだろう。


……そういえばこのてんこ盛りオブジェは、空腹感を倍増させるんだったな。


デザートを買うために寄ったコンビニで、私はおにぎりを買う事になりました、そういうお話です……。




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― 新着の感想 ―
[一言] てんこ盛り、素敵ですね。 爆食い家族はいつみても微笑ましいですよね。ガツガツ食べてくれるのはいいことだと思いますよ。 ただ、自分のメインおかずは死守してくださいませ〜。
[一言] 面白かったです。 『てんこ盛りご飯とマンガ肉、味噌汁またはスープは選択可(ご飯と飲み物はお代わり自由)』なんてのがあったら人気メニューになりそうで、私も食べたくなりました。
[良い点] >>>左手にちょこんと乗るサイズのなんとももにょるてんこ盛り―――!!!  もにょ、、、 [気になる点] オチが! なるほどおにぎりを買うのか [一言] リズムがえげつねえ。スラスラ読め…
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