ヘンゼルとグレーテル IF
皆も「ヘンゼルとグレーテル」を知っていることだろう。これは彼女らが森をさ迷い歩き、お菓子の家を見つけたところからの物語である。
「みてくれ、グレーテル!こんな家があるぞ。これは幻か?いや、幻でもいい。休ませて貰おう」
彼女らは2晩通して歩き回っていたせいで疲れきっていた。まともな思考力なんて残っていなかった。
「......ええ、本当に凄い家ね。どうやって作られているのかしら」
「そんなのはなんでもいい。現にこうやって、食べ放題のお菓子があるんだ。とりあえず食べて体力を回復してからこれからのことを考えよう」
ヘンゼルは夢中でお菓子の家を食べ始めた。
「ほらグレーテル、こっちに来て食べるんだ。美味しいぞ」
「分かりましたわお兄様。......確かに甘い、凄い甘いですね。こんなものを食べたのは初めてです」
「だろう!こんな機会、2度とないかもしれない。満足するまで食べておこう」
二人は夢中になって食べていたので、家の奥にいた老婆の存在に気がついていなかった。
「おやおや、小さな子供たち。私の家に何か御用かね?」
「あら素敵なおばあ様。この素敵な家はあなたのかしら?」
「ああ、そうさ。君たち、ずいぶんとおなかが空いているようだね」
「そうなんだ。三日三晩、何も食べていなくてな。こんな美味しいものを食べさせてもらったよ」
「そうかそうか。ならこの家でゆっくりしていくといい」
老婆は満面の笑みで二人を招き入れた。
――――――
その日の夜、老婆はテーブルいっぱいに御馳走を用意し、二人をもてなした。
一羽丸々の七面鳥、ステーキ、チキンライスやオムライス。食後には甘いホールケーキまで用意してくれた。
「おばあさんありがとう。こんな豪華な食事、初めて食べたよ。甘いケーキ、すごくおいしかったぞ」
「本当にありがとうございました。このままだと路頭に迷うところでしたの」
「そうかそうか元気になったのならば幸いだよ。このまま寝てしまっても構わないのだよ」
老婆は家の奥にある部屋へ二人を誘う。
「ありがとう、そうさせてもらうよ。行こうかグレーテル」
「わかりましたわお兄様」
二人は、老婆の親切心に素直にうなずいた。
「さぁ、ゆっくりとお休み。朝までゆっくりとな……」
老婆は歩いていく二人を不敵な笑みで見送った。
――――――
「ここはどこだ、出口がないじゃないか!?」
二人が目覚めたら、そこは見知らぬ場所だった。周りは壁に囲まれていて、扉や窓は一切なかった。ヘンゼルは慌てて叫んだ。
「昨日は老婆の家で寝かせてもらったんじゃなかったのか?あれは本当に夢だったのか?」
「ふっふっふ、お前たちは騙されたのさ。そこは昨日の家のままだよ。周りを壁で囲わせてもらったけどね」
老婆の声がどこからか響く。
「残念だったね。わたしゃ魔女だったのさ。お前さんたちを食べるために家に招きこんだんだよ」
「出してくれ。ここから俺たちを出してくれ!!」「……」
「そんなことをするわけがないだろう??お前たちはここで私の食事の準備が終わるのを待っているんだよ」
ヘンゼルは絶望し、弱弱しくつぶやいた。
「やはり楽園なんてなかったのか。俺たちは不幸な運命しかなかったんだな……魔女め、俺らのことをだましやがって」
「わたしゃ準備をしてくるよ」
魔女は踵を返し、キッチンへと向かう。
「……ちょっと待って、おばあ様」
今まで一言も話していなかったグレーテルが声を上げる。
「なんだい、娘よ。遺言なら聞いてやろう」
「いくつか聞きたいことがあるのだけど……。そうね、この家はどうやって作ったのかしら?」
「おいグレーテル、今はそんな話をしている場合じゃないだろ!」
ヘンゼルは声を荒げてグレーテルに言う。
「お兄様は黙ってて。ねえ、おばあ様、教えてもらえるかしら」
「そりゃあ、魔法でつくったさ。材料を出して、お菓子を作って、それを魔術で固めたたのさ。ついでに劣化しないようにもしたね」
老婆は軽快に答える。
「……それで確信したわ。あなた、お菓子を作るのが大好きなのね。そうでなければこんな労力のかかる家、作るわけがないもの」
「そ、それが悪いかい!お前も魔女がお菓子づくりなんて趣味を持っていちゃ悪いというのかい!?」
魔女は激昂する。過去にも魔女界で仲間たちにバカにされた過去があったのだ。
「いいえ、そんなこと思わないわ。すごく素敵なことよ」
「じゃあ何だっていうんだい!?」
「一度だけでいいの。私に一つ、お菓子を作らせてもらえないかしら?」
魔女は少し迷いを見せた後、条件付きで許可を出した。
「それくらいならやらせてやるさ。ただし、逃げようとしたり、美味しくないお菓子を作ったりしたらすぐに食ってやるからね!」
「ありがとうおばあ様。絶対に満足させて見せるわ」
魔女は壁を壊し、グレーテルだけを呼ぶ。
「お、おいグレーテル!俺のことを置いていかないでくれよ!」
「少し待っていてお兄様。必ずいい結果を残してくるから」
振り向いたグレーテルの顔には微笑みが浮かんでいた。
グレーテルが出た後には、きっちりと壁が再建設された。
「グレーテル、待ってくれよ……」
ヘンゼルは絶望視うなだれる。
「じゃあおばあさま、卵と、小麦粉と、お砂糖と……オレンジピールをもらえるかしら」
――――――
「完成したわ。どうぞ召し上がれ」
グレーテルが作ったのは、ぱっと見普通の丸クッキーだった。
「ただのクッキーにしか見えないけどねぇ。頂こうじゃないか」
魔女は皿に盛られたクッキーを手に取り、口に含む。
「……。っ!こんなのは食べたことがないよ。どうやって作ったんだい?」
一瞬、魔女の顔に笑顔が写る。
「ふつうにクッキーを作る中に、最後にもらったオレンジピールを入れただけよ。そんな難しいものではないわ」
「そうかいそうかい。確かに美味しいじゃないか。けど、この程度で私を満足させようとは舐められたものだね」
「確かにこれだけでは満足してもらえないかもしれないわね」
「そうだろう?じゃあ約束通りお前さんは食べさせ……」
「そりゃあ今回のは出来るだけ手早く、簡単に作れるものを選んだからね。本当はケーキみたいな豪華なものを作りたかったのだけれど」
グレーテルは魔女の言葉を遮り言い放つ。
「どうかしら、私を生かしておけばもっと美味しいものが食べれるわよ?」
「……いいだろう。しばらくこの家に置いておいてやろうじゃないか」
魔女は迷いながらもグレーテルの提案を受けた。
「ありがとう、おばあ様。まずは手始めに、この家のお菓子をすべて作り直すことにするかしらね。最初に食べた時、ただ甘いだけで飽き飽きしてたのよ。人口着色料だらけだし……」
――――――
魔女との交渉の最中、グレーテルは昔のことを思い返していた。
それはまだ家に余裕があって、家族が皆、仲良く暮らしていた時のこと。
彼女が一人で作ったクッキーは非常に好評だった。それ以来彼女はお菓子作りに興味を持ち、レシピや調理法を一人で調べ続けてきたのだ。残念なことに以降はどんどんと貧しくなり、その努力が身になることはなかったが。将来、また作れる時がきた際、家族の笑顔を見るために勉強を続けていたのだ。
「懐かしいなぁ、あの笑顔。お兄様に『これなら将来はパティシエだな!』なんて言われたんだっけ……」
――――――
彼女たちのお菓子作りはますます規模を大きくした。グレーテルが「街に店を構えたい」と言い出したのだ。
魔女はもちろん反対したが、「街でもっと勉強すれば、もっといろいろなものが作れるわよ?」というグレーテルの言葉に乗せられたのだった。
街に店を構えた後、彼女はどんどんと成長していった。『街一番のパティシエ』から、『世界に名をとどろかせるパティシエ』になり、世界中から客が殺到するようになった。
その中には、彼女らの両親の姿もあった。
「おお、ヘンゼルとグレーテルじゃあないか!!ここで元気にやっていたのか」
「あら、お父様にお母様。いらっしゃいませ」
両親は感動の再開のあまり涙を流すが、グレーテルは淡々と接客をしていく。
「なぁグレーテル、あの時お前を捨てたことを本当に後悔しているんだ。今からでも家に戻ってやり直さないか?」
「?お父様、真面目にそんなこと言ってらっしゃるのかしら?生活が苦しくなったら捨て、出世したと見たら取り戻そうとする。私たちは何一つ不自由なく生活できているのに、そんな家に戻る理由なんてあるとお思いで?それに、一度もお兄様のことを話に出さないなんて。本当に『やり直そう』なんて思っているのかしら」
グレーテルは父親の提案を一蹴する。
「そ、そんなことは……」
「家に戻るつもりはないわ。私のお菓子が食べたいなら、客としてここに来ることね。そうしてくれれば、いくらでも売ってあげるわよ」
「そんな……」
――――――
そのころ、ヘンゼルは何をしているかというと……
何もしていなかった。彼にはお菓子作りの知識なんて持ち合わせていない上、そんなことを覚えなくてもグレーテル一人の力で店は回っていた。すぐに怒りに飲まれやすい彼は接客をするのも向いていなかった。
「ごめんなグレーテル。魔女に捕まった時も、こうして店を出しているときにも何の力にもなれていなくて……」
「いいえ、お兄様。それは違うわ。私がこうしてお菓子を作っているのは、お客さんの笑顔を見たいというのもあるわ。けれども、一番に見たいのはお兄様の笑顔だもの」
「グ、グレーテル……」
「それにね、私がこうしてお菓子作りに興味を持ったのはお兄様に褒められたのがきっかけよ。これからも私の隣にいてくださいな……」
――――――
こうしてグレーテルは魔女から全世界までを虜にしていった。森の中でひっそりと暮らしていた、魔法がちょっと使えるだけの魔女と、お菓子で全世界を魅了したグレーテル。本当の魔女は彼女のほうだったのかもしれない……




