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異説・東方永夜抄  作者: 小湊拓也
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第84話 幽冥の住人

この作品は「東方Project」の二次創作です。


原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 まるでガス状星雲のような、花霞であった。

 桜吹雪が静かに宇宙を満たし、蝶の群れがキラキラと星々を渡って行く。

 荘厳なる、春の光景。

 全宇宙、あらゆる生命体が屍となり、この樹の根元に埋まる。

 あらゆる生命を養分として、八分咲きから満開へと至る。

 そんな桜の巨木が、宇宙空間にそびえ立っていた。

 破損した可能性空間移動船の甲板上から、岡崎夢美は見上げている。見入っている。

 見入る、以外の何が出来るだろう。

「非統一……魔法世界論の……まさしく極み……」

 夢美は座り込み、膝の上に北白河ちゆりを抱き上げている。

 思わず、愛おしげに、ちゆりの頭を撫でていた。

「愚かしき統一原理主義者ども……貴様たちに、この美しさを……説明、出来るのか……?」

 夢美の全身にも、ちゆりの全身にも、無数の蝶々が止まっている。

 生命を、吸い取られてゆく。

 それを体感しながら、夢美は笑った。いや、怒り狂ったのか。

「この至福、至上の美……統一理論で、解明出来るとでも言うのか……愚か者どもが……っ!」

「もう……やめましょうよ、教授……」

 夢美の膝の上で、ちゆりが弱々しく笑う。

「……私たち、死ぬんスから……最後の時くらい、あいつらの事は忘れましょう……」

「……そう……だな……」

 夢美は、ちゆりを抱き締めた。

「……私なんかと一緒で……本当に、ごめん……」

 ちゆりは何も言わず、微かな抱擁を返してくる。

 2人で、このまま死ぬ。

 桜の根元で、2人で眠る。

 人は、死に様を選ぶ事は出来ない。ましな方なのではないか、と夢美は思う。

 それにしても。何という、美しい光景であろうか。

 宇宙空間に静々と吹き荒れる、春の嵐。

 その中央に、優美にして荘厳なる姿があった。

 夢幻遺跡が木の葉に見えてしまうほど巨大な、桜の大樹を背景に、優しく佇んでいる。

 微笑みが、夢美に、ちゆりに、向けられる。

 この宇宙で最も美しい死だ、と夢美は思った。



 十六夜咲夜が、レミリア・スカーレットの小さな身体を抱き締めている。細腕で懸命に、主を守ろうとしている、ように見える。

 抱かれながらレミリアは、背中の翼を大きく広げ、咲夜の細身を包み込んでいる。忠実なメイドを、やはり守ろうとしている。

 互いに守り、庇い合う紅魔館の主従に、煌めく蝶々が群がっていた。

 レミリアも、咲夜も、蝶の群れに生命を吸い取られている。

 両名とも、眠っていた。眠りながら、弱々しく微笑んでいる。

 もはや死んでいる、のではないかと八雲紫は思った。

 霧雨魔理沙とアリス・マーガトロイドも、同じような様を晒している。

 流れ漂う桜吹雪の中で、2人は手を繋いでいた。

 蝶々に囲まれ、群がられ、微笑んでいる。幸せそうな寝顔、あるいは死に顔か。

 紫のたおやかな全身にも、生命を吸う蝶の群れが止まっていた。

 追い払う力も、紫には残っていない。

 出来る事は、ただ1つ。

 全宇宙に死をもたらす、春の光景。その中心にいるものと、会話を試みる事だけだ。

「幽々子…………」

「なぁに? 紫。私、今とても幸せよ」

 応じてくれた。

 紫は、弱々しく苦笑した。

「……誰も、そんな事は訊いていないわ」

 西行寺幽々子は今、確かに、幸せそうである。

 弾幕使いたちの生命力が今、蝶々を通じて、彼女に流れ込んでいるのだ。

 幽玄そのものの美貌が、白い肌が、色艶を増し、まるで発光しているかのようである。

 亡霊であるはずの姫君が今、禍々しいほどに生命力を漲らせ、宇宙に光をもたらしている。

 星雲の如き花霞の中、仄かに妖しく輝く、死の光であった。

 その輝きを見つめ、紫は問う。

「幽々子……貴女は、思い出してしまったの? 全てを……」

「さあ、どうなのかしら。確かな記憶だと私が思っているものも、果たして……真実か、夢か幻か」

 幽々子が、微笑みを向けてくる。

 自分が、もう少し格下の妖怪であれば死んでいた、と紫は思った。

「真実も、夢幻も……貴女たちの生命と魂の前では、意味をなさない。どろどろした生命、ぎらぎらとした魂……みんな、私にちょうだい?」

「……貴女、進んでしまったのね幽々子。亡霊として……新たな、段階へと……」

 亡霊は、己の死を認識した瞬間、消滅する。

 だが。

 己の死を受け入れた上で、その先へ進む事が出来たとしたら。

「それを私は……貴女に、期待していなかった……わけでは、ないけれど……」

 可能性空間移動船の方に、紫は視線を投げた。

 巨大な夢幻遺跡を包み込んで漂う、花霞。

 その中で、八雲藍と橙が、蝶々の群れをまといながら幸せそうに死にかけている。

「ねえ幽々子……あの2人だけは、助けて……逃がしてあげて、くれないかしら? 私がいなくなった後の、幻想郷を……藍と橙に、任せなければ……」

「どうして……そんな、ひどい事を言うの? 紫……」

 幽々子は、本当に悲しんでいた。

「あの子たちと……一緒に、死んであげなければ駄目でしょう? ねえ……」

「…………どうすんの、紫」

 後ろから、肩を掴まれた。

「あんたね。幻想郷の賢者面して、いろんな奴に試練を与えた……つもりなんでしょうけど。結果とんでもなくタチの悪いバケモノが生まれちゃったわけだけど」

 全身にヒラヒラと蝶の群れをまとわりつかせながら、博麗霊夢が紫を睨む。幽々子を睨む。

「どうして、くれるのよ紫……ねえちょっと……ッ!」

 博麗の巫女の一見たおやかな全身から、霊力が迸り、燃え上がった。

 まとわりついていた蝶の群れが、灼き払われて消滅した。

「あら……あらあら、いいわねえ。それでこそ、よ」

 幽々子が、嬉しそうにしている。

 霊力の揺らめきを身に帯びたまま霊夢は、お祓い棒を振るい構えた。

 長大な紙垂が、ふわりと弧を描いて宇宙空間を泳ぐ。

「今回の異変……最後の最後で、悪霊退治なんていう巫女らしいお仕事をやる事になったわねえ」

 海亀の甲羅の上に、霊夢は力強く立っている。

 玄翁が、博麗の巫女を乗せていた。

「気をつけて玄爺。私たちが戦ってきた連中の、誰よりも悪質な相手よ」

「これほど……これほどまでに、逃げ場のない戦い。初めてでございますな」

「そういう事。ねえ紫、わかってる?」

 いくつもの陰陽玉を周囲に旋回させつつ、霊夢は言った。

「逃げ場なんて、ないのよ。あんたがいなくなった後の幻想郷なんて、ないの。今ここで、この悪霊をきっちり退治しないと……幻想郷だって、消えてなくなる」

「霊夢……貴女は……」

 同じだ、と紫は思った。

 西行寺幽々子が、亡霊として新たな段階へと達したように。

 博麗霊夢もまた、今まで居た場所から先へと進んでしまったのだ。間違いなく、何かを克服した。

 桜吹雪が、銀河の如く渦を巻いた。幽々子の笑みに合わせてだ。

「……素敵よ、霊夢」

 亡霊の姫君の背後で、巨大な扇が開いている。

「貴女、今ここにいる弾幕使いの中では……2番目に、どろどろギラギラしているわ」

 煌めく蝶々が、無数。光の鱗粉を宇宙空間に散布しながら、押し寄せて来る。

 霊夢を、玄翁を、呑み込もうとしている。

 星雲が流れ寄って来るかのような、蝶々の嵐。

 それが、断ち切られた。

 斬撃が、蝶の群れを粉砕していた。煌めく翅の破片が無数、閃光に蹴散らされ、消えてゆく。

 霊夢が何かをした、わけではないようだ。

「何…………」

 博麗の巫女が息を呑んでいる、その間。

 無数の、斬撃の閃光が、宇宙空間のあちこちを薙ぎ払っていた。

 ガス状星雲のような花霞が、ズタズタに切り裂かれる。

 弾幕使いたちの生命を吸っていた蝶々が、ことごとく切り砕かれてゆく。

 魔理沙も、アリスも、紅魔館の主従も、月の関係者その他の者たちも全員、蝶の群れから解放されていた。

 何名かは、うっすらと意識を取り戻している。

 そして。

 西行寺幽々子から見て、最も「どろどろギラギラしている」少女剣士が、そこにいた。

「空観剣……六根清浄斬」

 斬撃を放ったばかりの二刀を、ひとまず休ませている。右手の楼観剣と、左手の白楼剣。

 2つの刃で、霊夢を、紫を、他の者たちを庇いながら、魂魄妖夢は宇宙空間に佇み、幽々子と向かい合っていた。

「幽々子様……私は、貴女様と西行妖との悪しき縁を断ち斬った、つもりでおりました」

 言いつつ妖夢が、いかなる表情をしているのかは見えない。

「幽々子様を……呪われた宿命から、お救い申し上げた。そのような気に、なっておりました……あまりにも、愚か」

「妖夢、貴女は私を救ってくれたわ」

 幽々子は言った。

「貴女がいてくれるだけで、私……本当に、救われていたのよ」

「白玉楼で、暢気に過ごしておられる姫君……には、もう戻って下さらないのですか」

「貴女が断ち斬ってくれたはずのもの……私が、切り捨てたはずのもの。それは、だけど紛れもなく私自身だった。切り捨てる事など、出来はしなかったのよ」

 生前の西行寺幽々子は、まさしく死、そのものであった。

 今の彼女は、生前を遥かに上回る、宇宙規模の厄災と化している。

「妖夢……これが、私よ。受け入れなければ駄目」

 幽々子の口調は、力強い。

「私……欲しいの。どろどろした、ぎらぎらとした、生命と魂が。求めずにはいられない、奪わずにはいられない……そんな私を、許してはいけない」

 たおやかな手で、幽々子は扇子を開き、妖夢に向けた。

「妖夢、これは最後の命令よ。目の前の……私を、斬りなさい」

 煌めく蝶々が、幽々子の周囲を舞う。

「もちろん、ただ斬られてあげるつもりはないわ」

 いつの間にか、宙域を満たしている蝶の群れ。

 妖夢がどれほど切り砕いても、無限に現れる。

 西行寺幽々子という存在が、ある限り。

「……無理ね」

 霊夢が言った。

「妖夢に、あんたと戦うなんて出来るわけないわ。私がやる。さっきも言ったけど、悪霊退治」

「それこそ無理よ、霊夢」

 優雅に笑う口元を、幽々子が扇子で隠す。

「たとえ貴女でも、今の私には勝てない」

「ほう……」

「この宇宙で、私を滅ぼせるもの……それは妖夢の振るう、楼観剣と白楼剣だけ。霊夢、貴女は妖夢の加勢に徹しなさい」

「要らないわ加勢なんて。迷惑な悪霊退治は、私1人で充分!」

 呪符の束を、霊夢は扇状に広げた。

 それが幽々子に向かって投射される……寸前。

 妖夢が、振り向いた。

 楼観剣の切っ先が、霊夢に突き付けられていた。

「…………そう。ま、そうなるわよね」

 さして驚いたふうもなく霊夢は、狙いを即座に変更した。幽々子から、妖夢へと。

「あんたが……幽々子を、裏切れるわけ! ないもんねっ!」

 投射された呪符が全て、砕け散った。

 妖夢の傍らに浮かぶ半霊が、光弾を速射していた。

「……幽々子様は、お手を……お出しに、なりませぬように」

 楼観剣を霊夢に向けたまま、妖夢は言った。

「お望みのもの、全て私が狩り集め……幽々子様に捧げましょう。全宇宙、あらゆる生命を貴女様に」

「妖夢、貴女……」

「聞け、霊夢。それに他の者ども」

 宙域全体を見据え、妖夢は言い放った。

「どろどろと汚らしく、ぎらぎらと厚かましい、貴様たちの生命と魂を、幽々子様が御所望である。捧げよ、それが嫌なら抗え。私が今より、貴様ら全員を狩る」

 紅魔館の主従が、魔理沙とアリスが、月の関係者その他の弾幕使いたちが、すでに弱々しくも意識を取り戻している。

 全員に向かって妖夢は、なおも言った。

「死にかけの者ども、全員が束になれば私1人と戦う事くらいは出来よう。さあ、皆で霊夢に加勢をしてやれ」

 火花が散った。

 霊夢のお祓い棒を、妖夢は楼観剣で防ぎ止めていた。

「その世迷言……直訳すると、死にたいって事よね?」

 純白の紙垂が、様々な方向で斬撃の如く閃いた。

 お祓い棒が白い閃光を引きずり、立て続けに妖夢を猛襲する。

 楼観・白楼の二刀で、妖夢は全てを弾き返し、受け流した。

 超高速の防戦から、攻撃の一閃が走り出した。

 楼観剣の斬撃。

 それを霊夢は後方にかわした。素早く後退しながら、いくつもの陰陽玉を旋回させる。

 旋回する殴打を、妖夢も後ろへ回避した。

 間合いを広げた両者の間に、魔理沙が割って入る。

「妖夢! お前……ここにいる全員を、敵に回すつもりか。全員の怒りを、恨みを、1人で受けようって言うのか」

 魔法の箒が、幽々子に向けられる。

「そいつを守るために……全部、何もかも! 自分1人でひっ被ろうってんなら無駄な事だぜ。そいつは、西行寺幽々子はな、誰かに守られる事を今、拒絶したんだ。私たち全員の、いや宇宙に生きるもの全ての敵として、独り存在し続ける道を選んだ! お前なんか必要としていない……だから、こっちへ来い妖夢」

「勘違いをするな魔理沙。私はな、幽々子様をお守りしているわけではない。幽々子様に必要とされたい、わけでもない。幽々子様と……ただ、共に往くだけだ」

 妖夢の口調は、静かである。

「全宇宙、生きとし生けるもの全てを敵に回す。全てを脅かし、全てに恐れられ憎まれ……全てを、滅ぼす道」

 静かに、妖夢は微笑んでいる。

「……共に、参ります。幽々子様」

「…………魔理沙の、言う通りよ」

 幽々子は言った。

「妖夢、私はもう……貴女を、必要としていないわ」

「幽々子様の御意思を尊重するつもりは一切ございませんので」

「許さないわよ……」

「お許しをいただこうとも思いません。妖夢は、幽々子様に背きながら……幽々子様と、共に在り続けます」

 無邪気な乙女の笑みを、妖夢は、この場の全員に向けている。

「六道の全てを踏み外し……妖夢は、外道となります。未来永劫、共に魔道を往きましょう。幽々子様」

「……………………馬鹿…………」

 死をもたらす優美な細腕が、背後から妖夢を抱き締めた。

「……ここまで……貴女が、お馬鹿さん……だったなんて……」

「幽々子様を見ていたら、考える事が馬鹿馬鹿しくなりました」

「どろどろしたもの、ぎらぎらしたものはね、私が自分で獲得しなければ……意味は、ないのよ? 貴女に集めさせて、どうするの……」

 妖夢の愛らしい耳元で、幽々子は囁いている。

 紫は見回した。

 桜が、散ってゆく。

 何光年彼方からでも視認が出来そうなほど巨大に咲き誇っていた桜の大樹が、花吹雪を放出しながら、ゆっくりと薄れ、消えてゆく。煌めく蝶の群れと共にだ。

 死をもたらす宇宙の春が、終わりつつある。

 その様を見つめながら霊夢が、魔理沙の肩を軽く叩く。

「……死にかけてたわね、魔理沙」

「面目ないぜ」

 魔理沙は、俯いた。

「こんな様じゃあ……お前のやらかしをを止めるなんて、夢の夢だな」

「まず生きてる事。それが肝心よ」

 霊夢の笑顔は、すぐに険しく引き締まった。

「ねえ紫……今まで、訊くのを忘れてたんだけど。あの西行寺幽々子ってのは一体、何者なわけ?」

「人間よ」

 紫は、即答した。

「外の世界にかつていた、1人の人間の……紛れもない、本質よ」

 薄れゆく桜吹雪の中で、幽々子はいつまでも、妖夢を抱き締めていた。

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