表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異説・東方永夜抄  作者: 小湊拓也
8/90

第8話 禁呪の詠唱

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 偽りの月が放つ、偽りの月光。

 それ以外の光が今、地上を照らしていた。

 炎、である。

 魔法の森の上空で、霧雨魔理沙が炎に包まれている。

 明々と燃える魔法の炎の下で、魔理沙は無傷だった。黒い衣服も、白い肌も、金色の髪も、炎の中で焼けてもいない。焦げてもいない。

 大魔法使いのローブかマントの如く炎をまとい、夜空に佇む魔理沙の姿。

 魔法の森を明々と照らす、真夜中の太陽。

 一瞬そんな事を、矢田寺成美は思った。

「やれやれ助かったぜ。ありがとうよ、成子」

 薄れ消えゆく炎の中で、魔理沙は言った。

「おかしな植物は、私の身体の中で灰も残らず燃え尽きた。しかしお前、意外と荒っぽい奴だったんだなあ。いや、おかげで助かったんだけどさ」

「貴女が魔法人間で、本当に良かったわ」

 成美の炎に、魔理沙は己の魔力で耐え抜いたのだ。

「で……どうするの? 逃げるなら今のうちだと思うんだけど」

「そうよ、魔理沙……」

 お姫様の如く魔理沙に抱き上げられたまま、人形使いの少女は言った。

 吹っ飛んで宙を舞った彼女を、魔理沙が抱き止めたところである。

「貴女は、私を助けてくれた……もう、あの化け物と戦う理由は無いはずよ。逃げましょう、このまま」

「違うぜ、アリス。私を助けてくれたのは、成子とお前だ」

 アリス。アリス・マーガトロイド。

 ようやくにして、彼女は己の名前を取り戻したのだ。

 強靱な細腕でアリスを抱き上げたまま、魔理沙は微笑んだ。

「……本当に、ありがとうな」

「魔理沙……」

「……逃げてくれ、成子と一緒に。私は、あいつと戦わなきゃいけない」

 アリスが『化け物』と呼んだ女。

 魔理沙といくらか距離を隔てて空中に佇み、美貌を歪めている。笑顔か、怒りの形相か。

「全員、逃がしはしないわ。3人がかりで、いらっしゃい」

 その顔が、緑色の髪が、鮮血に染まっていた。

「特に……ねえ? アリス・マーガトロイド。貴女のその勇気には、全力で応えてあげないと」

 左胸、鎖骨に近い辺りに刺創が深々と生じており、そこから血が噴出している。人間であれば失血死しかねない量である。

 アリスの攻撃魔法を至近距離からまともに食らった全身で、衣服がボロボロに破損しながら血に染まっていた。

 白い肌は血にまみれながら偽物の月光を浴び、禍々しい色艶を帯びている。深く柔らかな胸の谷間に、鮮血がとめどなく流れ込んでゆく。

 いくらかでも傷を負っているのなら、ここで攻撃の手を休めるべきではなかった。

 合掌したまま、成美は念じた。

 魔理沙の体内の悪しき植物を焼き払ったように、この風見幽香という怪物を焼き滅ぼす。地蔵の業火をもって。

 生じた炎が、しかし一瞬にして消え失せた。

 幽香の、左鎖骨の近く。鮮血を噴く傷口から、血ではないものが飛び出し、うねり暴れ、成美の炎を粉砕し蹴散らしていた。

 何匹もの蛇……否、大量の植物の根であった。

 傷口から生えたそれらが、血まみれの幽香の全身を包み隠す。

 人間大の、根の塊が、そこに出現していた。

 そのあちこちで発芽が起こり、色とりどりの花が咲いた。

 大量の花弁が、花粉が、飛び散った。全て、光弾だった。

「くっ!」

 押し寄せる弾幕に向かって、魔理沙が魔力を解放・展開する。

 展開した魔力が、大型の魔法陣となった。防壁。魔理沙とアリスを、まとめて防護している。

 そこへ、幽香の弾幕が激突する。

 魔法陣が、砕け散った。

 飛散する結界の破片を、光弾の嵐を、魔理沙はかわした。流星のような高速離脱。アリスを抱いたまま、いつの間にか魔法の箒にまたがっていた。

 その箒に、成美はしがみついていた。

「お、おいこら! いくら何でも3人は定員オーバーだって」

「そ、そんなこと言わないで、ひいいいいいいい」

 光弾が、成美の尻をかすめた。

 その間。弾幕を撃ち尽くした花々が枯れ、根の塊が萎びて干からび、崩れてゆく。

 枯れ果てた植物の破片を周囲の漂わせながら、無傷の風見幽香が姿を現していた。

 刺創も血の汚れも消え失せている。純白のカッターシャツもチェック柄のベストとスカートも、恐らくはランジェリーも、一瞬にして新調されていた。

「ねえ魔理沙。私が知っている程度の事なら、アリスも知っている……貴女の目的は、私を倒さなくても達せられるわ」

 汚れの消えた美貌が、ニコリと微笑む。

「……でも駄目よ。私は、貴女たちを逃がすつもりはない」

「上等だ。私だってな、お前の口からしか聞く気はないぜ」

 魔理沙はそっと、アリスを抱擁から解放した。

「成子、アリス……逃げろ。こいつの相手は、私だけだ」

「…………寝言は、寝て言いなさい……魔理沙……」

 空中に立ちながら、アリスは言った。声が震えている。

「貴女、今……私たちに、助けられたでしょう? 私たちの助力を……拒む資格が、あると思っているの……」

 先程までアリスと呼ばれていた人形が、本物のアリスの眼前にふわりと浮かぶ。

「……1対1で、風見幽香に勝てるわけがないでしょう!?」

「アリス……」

「そ……そういう事ね、魔法人間の魔理沙」

 成美も言った。

「私たち3人で戦えば……ちょっと怯ませる、くらいの事は出来ると思うわ。その隙に逃げ出せば」

「言ったでしょう? 逃がさない、ってね」

 夜空に、大輪の花が咲いた。

 幽香の全身から、色彩豊かな弾幕が広がっていた。

 色とりどりの光弾の嵐が、押し寄せて来る。

「ああもう、私ひっそり暮らしたい派なのに! こんな凶悪妖怪がいたんじゃ好戦的にならざるを得ない!」

 嘆きつつ、成美も魔力を解放し、ばら撒いた。

 炎で出来た呪符が大量に発生し、成美を取り巻いて渦を巻き、幽香の弾幕とぶつかり合う。そして砕け散った。

 花吹雪のような光弾の嵐が、炎の飛沫を蹴散らしながら成美を猛襲する。上下左右、東西南北、あらゆる方向からだ。

 成美は、逃げ惑うしかなかった。

 魔理沙とアリスがどうなっているのか、見て確認する余裕などない。

 今は、各々が自力で身を守らねばならない時であった。

「大丈夫よね、アリス・マーガトロイド……」

 弾幕を避ける、と言うより弾幕から逃げ回りつつ、成美は呟いた。

「貴女、億劫がらずに戦いさえすれば……私なんかより全然、強い魔法使いなんだから……」



 弾幕戦が、1対1の戦いになるとは限らない。

 実戦なのである。仲間がいるなら、力を合わせるのは当然であった。現に魔理沙も先の異変では、十六夜咲夜に協力を求めた。魂魄妖夢と共闘する場面もあった。

 だが今、風見幽香を相手に行っているのは、異変解決のための戦いではない。

 自分・霧雨魔理沙の、完全なる私闘である。

 矢田寺成美にもアリス・マーガトロイドにも、この怪物と戦わなければならない理由など何もないのだ。

 なのに今、怪物に殺されかけている。

「どう考えたって、私のせいだよな……」

 魔法の箒の、速度と進行方向を小刻みに制御しながら、魔理沙は呻いた。

 花吹雪を思わせる弾幕が、様々な方向から押し寄せて来て魔理沙の全身各所をかすめて行く。

 今は、自分1人で回避に専念するしかない。他の2人を気遣う余裕など、与えてくれる相手ではない。

「ひっ……ひぃ……ひぃいいい……」

 アリスが、空中でおたおたと頭を抱えている。

 人形が、大きな盾を掲げてふわふわと飛翔し、アリスを防護していた。その盾が、幽香の光弾をことごとく防ぎ弾く。

「アリス……お前の魔力、かなりの部分が人形の方に移っちゃってるぜ」

 臓物を揺さぶる高速回避行動を強いられつつ、魔理沙は辛うじて声を発した。

「随分と長いこと……その人形がアリスで、お前はアリスじゃなかった。アリスである事を、やめていた……アリスである事を、今からでもやり直すしかないんだけどな」

「危ないところだったわね、アリス・マーガトロイド」

 夜空に弾幕を咲かせながら、幽香が笑う。

「もう少し長く、あんな状態が続いていたら……本当に、そのお人形がアリスになっていたところよ。そして貴女の方がお人形。それはそれで幸せな事だったのかも知れないけれど」

 その美しい笑顔が、不穏な陰影を帯びた。

「……貴女は自ら、その幸せを放棄した。アリスである事を、自らの意志で再開した。逃げ込む場所なんて、もうどこにも無いのよ。さあ、こちらを向きなさい」

「…………人形…………」

 アリスが何かを言った。人形に守られ、頭を抱えたまま。

 俯くアリスの眼光が、しかしギラリと輝いたのを、魔理沙は見逃さなかった。

「私が……あれから、お前を倒すために編み出した秘術よ……魔彩光の上海人形、さあ喰らいなさい風見幽香!」

 人形が、飛翔した。高速で弧を描きながら、煌びやかな光を散布する。

 弾幕だった。様々な色をした、小さな光弾たち。

 それが、幽香の弾幕と激突した。

 相殺が起こった。双方の弾幕が、共に砕け散っていた。

 キラキラと舞い散る光の破片を蹴散らして、青紫色の塊が飛翔する。

 大型の光弾だった。アリスの細い全身から無数、放たれ迸っていた。

「上海……そう、これからは貴女をそう呼ぶ事にするわ。さっきまでのアリス」

 アリスの名を取り戻した少女は、もう身を屈め頭を抱えてなどいなかった。

 たおやかな背筋をピンと伸ばして空中に佇み、まっすぐに幽香を見据え、細腕を舞わせて弾幕を制御している。

「私が憎いのでしょう? 貴女に自我があるのなら……今すぐにでも私を裏切って、あの女に味方しなさい」

 あの女、と呼ばれた幽香に向かって、青紫色の大型光弾たちが一斉に飛んだ。

「あら……ほう、ほうほう。ふふん、なかなか……」

 満更でもない様子で、幽香が回避の舞踏を披露する。

 微笑む美貌の傍を、大型光弾が通過する。

 揺れる緑色の髪を、美脚を取り巻いて翻るロングスカートを、青紫色の光弾たちが高速でかすめて走る。

 アリスが息を呑む。

 その傍らに、いつの間にか幽香はいた。

「いいわよ。そう、それでこそ。けれど、もう少し頑張ってみましょうか」

 美しく不穏な笑顔が、アリスの引きつった美貌を間近から覗き込む。

「貴女は、私と同じ……あの連中を代表して今、この幻想郷にいるのだから」

 アリスの唇が、奪われる……寸前で魔理沙は、魔法の箒を加速・突入させていた。星をばら撒きながらだ。

 アリスの細い身体を横抱きに奪い取り、幽香の眼前から超高速で離脱する。

 大量にばら撒かれた星型の光弾たちを、幽香が軽やかにかわしている間。

 魔理沙はアリスを後ろに乗せて箒を飛翔させ、幽香と距離を隔てた。

「……身体の中で植物が育つって、きついぜ」

 魔理沙は、軽口を叩いて見せた。

「成子の奴は容赦なく焼きに来るし……あいつ、生きてるかな。姿が見えん。上手く逃げたなら、それでいいけど」

「……あの子は、逃げないわ。貴女と同じよ、魔理沙」

 アリスが呻き、歯を食いしばる。

「馬鹿よ。貴女と言い、あの子と言い……本気で、あの化け物と戦うなんて……」

「お前もそうだろ、アリス」

 背後から回されて来るアリスの細腕を、魔理沙はそっと撫でた。

「私の戦いだったのに……まったく、本気で割り込んで来やがって」

「本気のわけ……ないでしょ……」

 後ろから、アリスはしがみ付いて来る。

「どいつもこいつも、わかっていないわ……本気を出して、戦って……負けるっていうのが、どういう事か……」

「お前は1度、本気で戦った。ボロボロに負けるまで、戦ったんだな」

 正面からの抱擁であったら、しっかりと抱き締めて頭を撫でてやるところだ、と魔理沙は思った。

「……偉いぜ、アリス」

「全力で負けたら、後がないのよ……」

 アリスの声が震える。

 自分にはあるのか、と魔理沙は思う。

 後がないところまで負けるほど、全力で、本気で、戦った事が、自分にはあるのか。

 自分には、思い出さなければならない事がある。風見幽香の口から、聞き出さなければならない事が。

 それはもしかしたら自分にとって、無様な敗北の歴史なのかも知れない。

 今の自分は、先程までのアリス・マーガトロイドと同じく、どこかへ逃げ込んでいる真っ最中なのではないのか。

「その先が無いじゃない……本気で戦って、負けてしまったら……」

「アリス……」

 花吹雪が、またしても吹き荒れた。

 幽香の弾幕。春夏秋冬の花々を思わせる、色彩豊かな光弾の荒波が押し寄せて来る。

 とっさに魔理沙は、前方に魔力を広げた。魔法陣が出現し、防壁となった。

 その防壁が、砕け散った。

 弾幕の直撃は免れたが、衝撃は避けられない。魔理沙もアリスも、魔法陣の破片もろとも吹っ飛んでいた。

「アリス!」

 吹っ飛びながら魔理沙は、左手で箒を掴み、右手を伸ばした。

 アリスが、別方向へ吹っ飛び流されて行く。

 こちらを見つめる顔は、青ざめている。涙に濡れながら、引きつっている。

 この少女は、無様な敗北を、偽りの自分へ逃げ込まざるを得ないほどの絶望を、知っているのだ。

 何か言葉をかける資格など、他人にはないのかも知れない。

 だが魔理沙は叫んでいた。

「聞けアリス! 本気の戦いにはな、まだその先がある!」

 幽香が、こちらに人差し指を向けていた。

 魔理沙を、アリスを、この偽りの夜空もろとも焼き滅ぼそうとしている。

 赤い、巨大なものが、魔理沙の傍を通過して幽香の方へと向かった。

 とてつもなく巨大な、光弾。それが無数の小さな光弾を吐き出している。幽香に向かってだ。

「貴女……」

 かわしながら、幽香は声を投げた。魔理沙に、ではなくアリスにでもなく。

「……面白いわね。弾幕に、生命を与えるなんて」

「私の魔法の本領は、生命操作。これだけは魔理沙にもアリスさんにも、負けない自信があるわ」

 空中に佇み合掌したまま、矢田寺成美は言った。

「私自身、お地蔵に生命が宿ったものだしね……」

「生命なき存在に、生命を与える。逆も出来るのかしら? 生命あるものから生命を奪う。例えば、私の生命を」

「出来るなら、もうやってるわ。そこいらの人間や妖精ならともかく、あんたみたいな化け物……呪文1つで消滅させるなんて無理、だから弾幕戦で砕く!」

 成美の闘志を宿した巨大弾生命体が、なおも弾幕を吐いて幽香を猛襲する。

 その間、魔理沙はアリスに手を差し伸べ、叫んでいた。

「ある! 本気の先は、絶対にあるんだよアリス!」

「魔理沙……」

 アリスは、漂いながらも空中にとどまっている。

 上海人形が、自力飛行をしながらアリスの背中を支えていた。

 魔理沙は、なおも手を伸ばした。

「本気の戦いの、その先へ……行こうぜ、アリス」

「………………」

 弱々しく、躊躇いがちに、アリスの方からも手を伸ばしてくる。

 その手を、魔理沙は掴んだ。

 華奢に見えて、固い手指。魔法実験や弾幕戦で負傷と治癒を繰り返してきた、それは紛れもなく魔法使いの五指であった。

 しっかりと握りながら、魔理沙は箒にまたがった。

 成美が、幽香に唇を奪われていた。強大なる妖力の塊である細腕にガッチリと捕獲され、じたばたと暴れている。

 その身体が、植物の根に覆われてゆく。

 成美が捕われている。マスタースパークは使えない。

「アリス……派手なやつじゃなくていい。集中、いけるか?」

「……魔理沙と、一緒なら」

「頼むぜ!」

 魔理沙の周囲に、いくつものスターダストミサイルが発生し浮かんだ。

 アリスは左手で魔理沙にしがみついたまま、右手をかざした。掌を、幽香に、向けた。

 その掌から、アリスの魔力が迸っていた。真紅の光の形でだ。

 気付いた幽香が、成美を放り捨ててこちらを睨む。

 そこへ、真紅の魔力光の線条がまっすぐに襲いかかった。

 無数のスターダストミサイルが、真紅の線条と合流そして一体化し、同じく幽香を強襲する。

 アリスの細身をしっかりと抱き寄せながら魔理沙は、己の魔力をさらなるスターダストミサイルに変えて放ち、真紅の魔力光と合流させていった。

 魔理沙とアリスの、魔力が完全に融合を果たしていた。

 そして、幽香を直撃する。

 無数のスターダストミサイルを呑み込んだ真紅の線条が、幽香の肢体を貫通し引き裂いた、ように見えた。

 真っ二つになった、くらいではしかし、この大妖怪は絶命には至らないだろう。

 ともかく幽香が、半ば粉砕されたような状態で、魔法の森のどこかへ墜落して行く。

「……やった……か?」

 魔理沙は呻いた。アリスは息を切らせたまま、声も出せずにいる。

 近くでは成美が、炎に包まれながら泣いていた。

「ひっ……ひっく、うぇええ……わ、私のファーストキスが、あんな外道妖怪に……」

「ちなみに私のファーストキスの相手は霊夢だぜ。ちょっと前の宴会でな。いやあ女同士が泥酔すると本当、恥も外聞もなくなるよな」

 言いつつ魔理沙は、植え付けられた植物を自身で焼却処分している成美を観察した。

「……お前の能力、便利だなあ。その炎、きっと植物じゃないものも浄化出来るよな。うん。便利さでは多分この3人の中でお前が一番だよ成子。潜在能力はアリスの方が凄いけどな」

 魔理沙は今度こそ、アリスの頭を撫でてやった。

「ま、総合力では私が一番だけどな!」

「…………どうするの、魔理沙…………」

 アリスが、ようやく声を発した。

「あの風見幽香……間違いなく、まだ生きているわよ。逃げるなら今しかないと思うけど」

「とどめを刺しましょう! あんなの生かしといちゃ駄目、くたばれ破廉恥妖怪!」

「落ち着け成子。自分がお地蔵だって事、少しは考えなきゃだぜ」

 なだめながら魔理沙は、魔法の森を見下ろした。

 偽物の月光を浴びながら鬱蒼と生い茂る、この森のどこかに幽香は墜落した。

 どこかの木陰で今頃、先程のように肉体を再生・回復させている最中であろう。脅して聞き出すならば今しかない。

 魔理沙がそう思った、その時。

「ふうん……空を飛べる知的生命体が、地上にもいたとはね」

 声をかけられた。武器、らしきものも向けられている。

 槍か。いや違う。同じものを、魔理沙は香霖堂で見かけた事がある。

 銃である。素人でも弾幕が撃てる、夢のような道具。

 香霖堂に置いてあったものには、しかし弾が入っていなかった。弾丸を、別に用意しなければならないのだ。

 気合いと魔力で光弾を撃てる魔法使いから見れば、まあ不便ではある。

 そんな不便な道具を構えたまま、その少女は空中に立っていた。

「なるほど豊姫様のおっしゃった通り、地上の弾幕使いは意外に侮れない……と言っても所詮は地上の穢れ生物。私たちに刃向かおうなんて思わないように。いい?」

「……何だ、お前」

 とりあえず会話を試みながら魔理沙は、相手を観察した。

 頭におかしなものを装着した、1人の少女。いや装着物ではなく、生えているのか。

 長い耳、に見えた。

「お前……兎の、妖怪か?」

「失敬な。妖怪ではない、栄光ある玉兎の戦士・レイセンである」

 兎の耳を生やした少女が、何やら偉ぶっている。

「地上にいるはずの、もう1人のレイセンがねえ、何か仕事してないから私が降りて来たわけよ。降りて来たところで、月が……変な感じに、なっちゃって」

 偽物の月を、レイセンは睨んだ。

「帰れなくなっちゃって……月の都と、連絡もつかないし。まあいいわ、こちらとしては任務を果たすまで」

 魔理沙は見回した。

 成美とアリスも見回し、息を飲んでいる。

 いくつもの人影が、空中に佇んでいた。一目では数えきれない人数である。

 いささか不恰好な鎧に身を包んだ、恐らくは兵士たち。魔理沙が同じく香霖堂で見かけた事のある、土偶というものに似ている。

「しばらく。今しばらくお待ち下さい、戦人の皆様。まずは尋問をいたしますゆえ」

 レイセンが言い、魔理沙に銃口を向ける。

「地上の者どもよ。この方々は玉兎よりも栄光ある、月人の皆様であらせられる……逆らうな。お前たちよりも、ずっとずっと強いぞ」

「ああ、そうかい」

 躊躇いもなく魔理沙は、スターダストミサイルを放った。

 いかにも動きの鈍そうな土偶たちに、ミサイルの豪雨が降り注ぐ。

 全て、命中した。

 土偶たちの体表面で、スターダストミサイルがことごとく砕け散って消滅する。

 月の戦人、であるらしい兵士たちは全くの無傷だ。

「な……っ……」

 絶句する魔理沙の眼前に、成美がいきなり割り込んで来た。

 土偶の1体が、片手を掲げたところである。その太い指先が光を放つ。

 放たれた光が、成美を直撃した。

「成子!」

 血飛沫を引きずりながら、成美が魔法の森に墜落して行く。

 呆然とする魔理沙に銃口を向けたまま、レイセンが嘲笑った。

「無駄だ。月の叡知の結晶たるフェムトファイバー装甲に、地上の弾幕など通用しない」

 嘲りの笑顔が、険しく引き締まる。

「我らは何も地上で暴虐を働こうというわけではない。お前たちはただ、私の質問に答えるだけで良いのだ……答えよ。綿月依姫と蓬莱山輝夜は、どこにいる? 月の罪人どもを、貴様ら地上人は一体どこに匿っているのだ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ