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異説・東方永夜抄  作者: 小湊拓也
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第78話 博麗

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 風見幽香の美しい顔面を、魅魔の平手打ちが痛烈に往復した。

「お前……なあ、お前。一体、何してくれてんの? ふざけてる? なあちょっと」

 にこにこと笑う魅魔の、こめかみの辺りに血管が浮かんでいる。

 平手打ちが時折、握り拳に変わる。

 凄惨な殴打音が響き、魅魔の笑顔が点々と返り血で汚れる。

「昔から、そういうとこあったよなお前。女同士なら許されるとか思ってる? 少なくとも私は許さないって、何回か言ってるはずなんだけどなあ。忘れちゃった? ボケちゃった? お前ってもうそんな歳だっけ? もしもーし」

 魅魔は幽香の髪を掴み、笑顔のまま頭突きを叩き込んだ。幾度も、幾度も。

 ぐしゃ、ぐしゃり、と幽香の美貌が歪み、鼻血が飛散する。

「まあ植物だもんな。脳味噌ないもんなあ、このバカは。ったく、じゃあどうやって覚えさせてやればいいんだろうなあ」

 霊体と思えぬほど肉感漲る太股が、スカートを押し退けて何度も跳ね上がる。

 連続の膝蹴りが、幽香の肢体を激しくへし曲げ続けた。

「教育は無意味か? 有害植物を、躾ける事なんて出来ないもんなあ。しょうがない駆除するか!」

 今やボロ雑巾のような様を晒す幽香を掴んだまま、魅魔は一瞬、力を溜めたようである。

 溜まった光が、迸った。

 幾つもの光の刃が、魅魔の両手から様々な方向へと発射されながら、幽香を切り刻んでいた。

 切り刻まれ、飛び散り、風見幽香は跡形も無くなった。そう見える。

 飛び散った肉片は、全て花弁だった。

 渦巻きながら宇宙空間を流れ漂う無数の花弁たちに、魅魔が声を投げる。

「……なあ幽香、冗談抜きで教えてくれ。お前……一体どうやったら、ぶち殺せる?」

『この宇宙から、弾幕戦が消えて失くなったら……私も、存在を続けられなくなるわね』

 風見幽香の、声が聞こえる。姿は見えない。

 いや。

 流れ漂う花弁の渦の中央に、光がある。禍々しく輝きを灯す、光の球。

 それが、言葉を発しているのだ。

『でもね、そんな事態はまず起こらない。何故なら、貴女たちのような弾幕使いがいるからよ。そうでしょう? 魅魔……それに、岡崎教授』

 光球が、こちらに意識を向けてきた。

 幽香の眼差しを、岡崎夢美は確かに感じた。

『私を罠に導いて、粉々に粉砕してくれた……見事だった、と思うわ。でもね、見ての通りよ。私たち妖怪は、肉体ではなく精神の方に本質がある……肉体を粉砕しただけでは、ね』

「心を折らない限り……不死身、とでも言うのか」

 呻きながら夢美は、おぞましい植物園と化した可能性空間移動船を見下ろした。

「……まるで、蓬莱人だな」

「ちょっと、やめなさい! あんなのと一緒にしないで!」

 蓬萊山輝夜が、叫んでいる。

 植物に捕われ意識を失っている、綿月豊姫と藤原妹紅に、小さな手でぺしぺしと平手打ちを喰らわせながらだ。

「そこの妖怪! いいからこの2人を解放しなさい。妹紅も豊姫姉様も弱いんだから! 捕まえて虐めたら、かわいそうでしょう!?」

『弱者も、強者も……皆、私の肥やしになるのよ』

 蔓草の群れが、何匹もの蛇の如く蠢き伸びて、輝夜の小さな身体を絡め取った。

 その近くでは北白河ちゆりが、すでに絡め取られて植物の群れに沈みつつある。

「きっ教授、助けて! じゃなかった来ちゃ駄目っす!」

 ちゆりがそう叫んだ時には、夢美の全身にも植物が巻き付いていた。

 何か考える事もなく夢美は、この悪しき植物園に突入していた。

 大量の根が、夢美の細い四肢と胴体を幾重にも拘束しながら、花を芽吹かせ咲かせてゆく。

「くっ!」

 光波を原料とする弾幕が、夢美の身体から迸り、絡み付く植物をちぎり飛ばす。

 ちぎれ飛んだものと同程度の植物が、すでに夢美の全身を束縛しながら花を咲かせ、葉を広げ、生い茂っている。

 声が聞こえた。

「姫様!」

 鈴仙・優曇華院・イナバだった。

 両手で拳銃を形作り、輝夜を捕える蔓草に狙いを定めている。

 その指先から光弾が速射される、よりも早く。

 夢幻遺跡の甲板上に咲き乱れる花々が、一斉に花粉を噴射した。

 全て、光弾だった。

 荒れ狂う花粉弾幕が、対空迎撃の形に鈴仙を猛襲する。

「姫様……姫さまぁああああ!」

 悲鳴を上げながら鈴仙がどうなったのかは、わからなくなってしまった。

 この禍々しい植物園は今、難攻不落の要塞と化していた。

 可能性空間移動船のエネルギーが、使われている。奪われている。

「……全ては……私の、失態か……」

 植物に呑まれながら、夢美は呆然と呟いた。

「私が、あの怪物を……よりにもよって夢幻遺跡に導き入れ、罠で仕留めた……つもりになって……乗っ取られた……」

「しっかりしろ岡崎夢美! 弱音を吐くな!」

 魅魔が吼え、月牙杖を猛々しく振りかざす。

「私ら全員に喧嘩を売りに来た時の事を、思い出せ!」

「魅魔……」

 花弁の渦をまとう光球に、魅魔は攻撃を仕掛けようとしている。弾幕を放つのか、月牙杖で斬りかかろうとしているのか。

 どちらも出来ない、と魅魔は思った。

「……お前、自分が何をされたのかを思い出せ……そろそろ、だぞ」

 花が、咲いた。

 光球を睨む魅魔の眼球を押し退けて、芽が伸びる。花が、葉が、開いてゆく。吼える口から、様々な植物が溢れ出す。

 魅魔の全身で衣服がちぎれ、露わになった白い肌が、すでに無数の根を縦横無尽に浮かべ走らせている。

 それらが一斉に芽を生やし、花々を咲かせ、葉を広げる。

 魅魔は、植物の塊と化していた。

「魅魔様!」

 向日葵妖精たちの弾幕を回避しながら霧雨魔理沙が、魔法の箒を加速させ、飛んで来た。

 植物の塊と化した恩師の傍らで、しかし何も出来ずにいる。

「魅魔様……くそっ、やりやがったな風見幽香!」

『あの時、貴女で咲かせ損ねた花をね……魅魔は、綺麗に咲かせてくれるわ』

 凄まじい熱を、その時、夢美は感じた。

 炎だった。

 可能性空間移動船の広大な甲板上が、火の海に変わっている。

 悪しき植物園が、荒れ狂う炎に焼き払われていた。

 火の海の中で、しかし夢美もちゆりも無傷であった。幻覚の類ではない火炎の中、火傷ひとつ負っていない。

 絡み付く植物だけが、焦げ崩れてゆく。

 侵略的に繁茂する植物だけが、焼却されてゆく。

「何だ……? 夢幻遺跡の、自浄機能……か? そんなものが備わっていたとは……」

 呟きながら、夢美は感じた。違う、と。

 この炎は、そのような、容易く統一理論にカテゴライズされてしまいそうな力によるものではない。

 非統一魔法世界論で、語るべき力。

 夢美が、渇望してやまぬ力。

 あの時、魅魔や魔理沙やエレンといった本物の魔法使いたちをけしかけ、争わせ、それでも結局は手に入らなかった力。

「魔力……」

 呆然と声を漏らしながら、夢美は見つめた。

 魔理沙の傍らで、植物の塊が、同じく炎に包まれている。

 花々も蔓草も、縦横無尽に走っていた根も、全てが焼き砕かれて灰に変わる。

 サラサラと崩れ舞う灰の中から、魅魔の白く豊麗な裸身が現れた。束の間であろうが、気を失っているようだ。

『……これは…………!』

 幽香が、息を呑んでいる。

 夢幻遺跡の甲板上は、すでに鎮火していた。

 先程まで様々な植物であった大量の灰が漂う中、ちゆりが、輝夜が、呆然としている。

 意識を取り戻した妹紅と豊姫が、互いに弱々しく肩を貸し合っている。

 可能性空間移動船の巨体あちこちで、装甲がズタズタに裂けていた。

 船の機能そのものに大した損傷は無さそうだが、容易ではない修理が必要ではある。

 それでも、夢幻遺跡は救われた。

 今の炎は、妹紅の能力、でもないようである。

 火傷ひとつない魅魔の裸身を、魔法の箒の上でそっと抱き上げながら、魔理沙が名を呟いていた。

「…………成子……」



「ここから出してよう」

 鉢植えが、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら泣き言を発している。

 様々な花を一緒くたに咲かせた、鉢植え。

 よりにもよって風見幽香に刃向かった愚かな小妖怪の、成れの果てである。

 ルーミアは言った。

「お前、くるみって言ったな確か。ちゃんと反省しないと駄目だぞー」

「反省してるもん!」

「それを判断するのは、私じゃなくて幽香なんだなー」

 うるさく跳ね回る鉢を、ルーミアはひょいと抱き捕まえた。

 少し前までは自分が、このような状態であったものだ。

 風見幽香の、自宅前。

 鉢を抱いたままルーミアは、太陽の畑に植えられた、向日葵ではない植物に声をかけていた。

「気分はどうかなー? 元に戻るまで百年かかるって幽香は言ってたけど、多分そんなにはかからなくなったと思う」

「……そうだね。多分もう何日かで、元に戻れる」

「畜生、悔しい……こんな連中に、借りを作るなんて……」

 よくわからぬ、植物の塊である。

 元々は、2体の悪魔であった。

「借りだと思うんなら、元に戻っても大人しくしてなきゃ駄目だぞー」

 ルーミアは言った。

「まず幽香には絶対に逆らわない事、これ最重要事項……それと。あの子にも、ちゃんとお礼を言うように」

「……わかってる。無念だけど、こっちの幻想郷の魔法使い……その力、認めないとね」

 あの子、とルーミアが呼んだ少女は今、宙に浮いている。空中に佇んでいる。

 地上から見上げて、どうにか姿形が判別出来る高度だ。

「生命操作……私たちの生命力を、増大させる魔法。おかげで、すぐ元に戻る事が出来る……」

 悪魔たちも認めざるを得ない魔法使いが、空中に佇んだまま合掌をしている。

 そして、さらなる高空を見上げている。

「……完成したわ。究極の、業火救済。悪しき異物だけを焼き滅ぼし、それ以外の何かをうっかり燃やしてしまう事もない……」

 遥か高空で暴れている何者かに、矢田寺成美は語りかけていた。

「さあ、もう帰って来なさい外道破廉恥妖怪。破廉恥な振る舞いを晒すのは、そこまでよ」



「ふ……ふふっ、うふふふふふ、あっはははははははは」

 宇宙空間に、笑い声が高らかに響き渡る。

 無数の花びらをまとう光の球が、球形から人型に変化しながら笑っているのだ。

「まさか! まさか貴女に、してやられるとはねえ! 予想外の伏兵……これだから、弾幕戦はやめられないわ」

 優美な人型だった。

 若草にも似た緑色の髪。しなやかな細腕、スラリと伸びていながら凶暴なまでに肉感的な両の美脚。たわわな果実を思わせる胸の膨らみに、美しくくびれた胴。

 明らかになりつつある裸の肢体に、舞う花びらがまとわりついてゆく。

「……いいでしょう。あの子の頑張りを無にしたくはないから、今回はここまでにしておくわね。魅魔、それに岡崎教授、また会いましょう……引退なんて、させないわよ」

 花びらが、ランジェリーに変わり、白のカッターシャツに変わり、チェック柄のベストとスカートに変わってゆく。

 完全再生を遂げた風見幽香に、向日葵妖精たちが恭しく日傘を運んで行く。

 幽香は受け取り、くるりと担いだ。

「心しておきなさい。次は、私が異変を起こすから」

「待て……」

 裸の魅魔を抱き支えたまま、魔理沙が言った。

「お前、成子を……」

「安心なさい。成美さんは、私の大切なお友達……酷い事なんて、しないわ。ただ誉めてあげるだけよ」

 微笑む幽香の周りに、向日葵妖精たちが集まって行く。

「他人の心配をしている場合ではないわよ魔理沙。まずは、この状況を生き延びてご覧なさい。私の起こす異変を、解決するために……ね」

 宙域を埋め尽くしていた向日葵妖精の軍勢が、全て消え失せた。

 彼女らを引き連れて、幽香も消え失せていた。声だけを、残してだ。

「人妖ことごとくを肥やしにして、花々が咲き乱れる……そんな異変よ、魔理沙。貴女1人で解決出来るものではないから……霊夢を、ちゃんと連れて来なさい」

 花の咲いている場所であれば、どこへでも行ける。幽香は、そう言っていた。

 言葉通り、幻想郷へ帰還したのであろう。

「……ぐ……っ……!」

 魅魔が、魔法の箒の上で目を覚ました。

 裸の全身に、キラキラと光がまとわりついて衣服に変わる。

「……くそっ、逃げたか……幽香の奴……!」

「……逃げてくれた。私の、友達のおかげだぜ」

 魔理沙が言った。

「さて……次は、霊夢だな。あいつ、どこまで吹っ飛んだのやら」

「…………駄目だ、逃げろ魔理沙」

 魅魔が、青ざめている。

「靈夢が、戻って来る……わからないのか魔理沙! 仲間が、お前と爺さんしかいなかった頃の……やさぐれた靈夢がな、戻って来るんだぞ」

 その言葉が終わらぬうちに、爆発音が轟いた。

 弾幕の、爆発。

 人影が2つ、吹っ飛んで来て、夢幻遺跡の甲板に激突した。

 星幽剣士コンガラと、綿月依姫だった。

「依姫……」

 豊姫が、弱々しく呼びかける。

 コンガラと肩を貸し合いながら、依姫はよろよろと立ち上がった。

「駄目……お逃げ下さい、姉上……今の、霊夢は……」

 光が射した。月の光だった。

 月が一層、輝きを増したかのようであった。

「……とても……危険……」

 煌々と宇宙空間を照らす月を背景に、博麗靈夢は、飛行する海亀に騎乗していた。

「…………抹殺」

 亀の周囲に浮かぶ、いくつもの陰陽玉が、そんな言葉に合わせて淡く不吉に発光する。

「妖怪ども、それに……人間だけど、まあ妖怪みたいなの。そんな連中が、こんなにも群れている……私の、視界の中に。私の、行こうとする方向に」

 月よりも陰陽玉よりも禍々しく、爛々と、靈夢の両眼は輝いていた。

 この宙域の弾幕使い全員を、亀の上から睥睨している。

「どいつもこいつも撃ち砕いて先へ進めと……そういう事よね? 玄爺」

「やはり貴女は……そのように、なってしまいますか……」

 亀の玄爺が、悲哀そのものの声を発する。

「貴女は、弾幕戦の化身……進行方向にあるもの、ことごとくを撃滅せずにはいられない……弾幕戦の、精髄。その破壊的性質を封ずるために、博麗の巫女という形を保持しなければ」

「破壊的性質ね、いいじゃない。目の前にあるもの全部、ぶち砕いて先へ進もう。どんどん、ひたすら、進んで行くのよ。私と玄爺、2人だけで」

 靈夢が笑う。

 凶暴で、無邪気な笑顔。

「どこまでも行けるわ、私と玄爺なら!」

「御主人様、貴女は……」

「いや、それでいい」

 魔理沙が、いつの間にか靈夢と対峙していた。

 魔法の箒の上から、玄爺に語りかけている。

「私は今から靈夢をぶちのめすけど……爺さんだけは、靈夢の味方をしてやってくれ。あんたにまで見放されたら靈夢の奴、いよいよ本格的にトチ狂って止まんなくなっちゃうからな」

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