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異説・東方永夜抄  作者: 小湊拓也
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第76話 空を飛ぶ不思議な巫女

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 2人の魂魄妖夢が、鈴仙・優曇華院・イナバの盾になっている。

 そう見えた。

 吹き荒れ降り注ぐ光弾の嵐を、各々2本ずつの楼観剣・白楼剣が斬り砕く。

 いくつもの斬撃の弧が、光の飛沫を蹴散らしながら生じては消えた。

 防御の斬撃を繰り出し続ける、2人の妖夢の背後から、鈴仙が真紅の弾幕を放つ。

 形良い左右の指先から、赤く鋭利な光弾が無数、速射される。

 でたらめな乱射に見えて、狙いは恐ろしく正確だ。

 向日葵を持つ妖精たちを、赤き光弾の嵐は容赦なく直撃する。

 宇宙空間に血飛沫を散らせながら、しかし妖精たちは変わらぬ勢いで弾幕をぶちまけ続けた。

「我らの命、幽香様のために……」

「我らの魂……幽香様と、共に」

「我らの信念、我らの誇り……我らの、戦い」

「全ては、幽香様に」

 呪文のような祈りのような言葉に合わせ、色とりどりの光弾だけでなくレーザーが迸る。宇宙空間を切り裂いて、妖夢と鈴仙を襲う。

 無数の光弾とレーザーから成る、その彩り豊かな弾幕が、巨大な魔法陣に激突した。

 本物の魔法陣、ではない。

 魔力とは似て非なるもので組成された、魔法陣の形の障壁である。

 岡崎夢美が、妖夢と鈴仙を背後に庇い、宇宙空間に佇んでいた。

 彼女の眼前で、その疑似的魔法陣が、妖精たちの弾幕をことごとく跳ね返しながら、ひび割れてゆく。

 今にも砕け散りそうな防御と同時に、しかし夢美は攻撃を行っていた。

 向日葵を持つ妖精たちが、片っ端から磔にされてゆく。

 いくつもの、赤い十字架が出現していた。

 宇宙空間を無数、飛び交う妖精たちが、仲間を救うべく弾幕を放つ。

 色彩豊かな光弾とレーザーの豪雨が、赤い十字架をことごとく粉砕する。

 息を呑み、青ざめる夢美の眼前で、魔法陣の形の障壁が砕け散った。

 磔刑から解放された妖精たちが、夢美に向かって一斉射撃の体勢に入った、その時。

 斬撃の閃光が、その妖精たちを薙ぎ払っていた。

 楼観・白楼、二刀の一閃。

 妖夢が、宇宙空間を蹴って踏み込み、向日葵妖精たちを叩き斬ってゆく。

 大型の人魂に戻った半霊が、叩き斬られた妖精たちを光弾速射でさらに細かく粉砕する。

 キラキラと散り消えてゆく妖精たちの向こうで、しかしさらに大量の妖精が軍勢を成している。

 弾幕を、放ってくる。

 放たれた弾幕が、巨大な真紅の光に蹴散らされて消えた。

 鈴仙の眼光。

 赤い瞳から迸る極太の光が、鋭利な指先から放たれる巨大な光の砲弾が、向日葵妖精の軍勢を撃ち砕いてゆく。

 先程まで敵であった岡崎夢美を混じえての、三者の連携。

 悪くはない、と霧雨魔理沙は思う。だが。

「我らの命、我らの魂……」

「……全ては、幽香様と共に」

 向日葵を持つ妖精たちが、キラキラと際限なく出現し続ける。

 妖夢や鈴仙、だけではない。

 この宙域あちこちで幻想郷の弾幕使いと戦い、撃砕された妖精が、再生を繰り返しているのだ。

「……これが……妖精……」

 魔理沙は、呆然と呟いた。

 妖精。

 それは、自然界が有する自浄・再生力の具現。

 自然と呼べるものがある限り、果てる事なく存在し続けるもの。

 魔理沙の視界の中央では今、自然界そのものと呼ぶべき怪物が、優雅に微笑みながら日傘を開き、宇宙空間に佇んでいる。

 風見幽香。

 その周囲で向日葵を掲げる妖精たちは、無尽蔵の兵力であった。幽香が健在である限り、滅ぶ事はない。

 そんな恐るべき軍勢が、宇宙空間に弾幕の花を咲かせている。

 花弁のように美しく拡散し、花粉の如く容赦なく放散される、光弾の嵐とレーザーの雨。

 魔理沙は、回避以外の行動を取る事が出来なかった。

 魔法の箒を懸命に操縦し、逃げ回る。

「しっかり掴まってろよ、パチュリー!」

「……こういう時、貴女の機動力が頼もしいわね。忌々しいけれど」

 たおやかな両腕が、背後から魔理沙の胴に、しっかりと回されて来る。

 パチュリーをしがみつかせたまま、魔理沙は箒の速度を上げた。

 減速もせず、小刻みに進行方向を変え続ける。

 光弾が、レーザーが、魔理沙とパチュリー両名の全身あちこちを超高速でかすめて走る。

 この過酷な飛行に、パチュリーは耐えられるのか。

「……私なら平気よ、魔理沙」

 パチュリーが、魔理沙の心を読んだ。

「殺しても死なない貴女と違って、脆弱な私の肉体を……魔力で防護する、くらいの事は自力で出来るわ。同乗者に無配慮な、この乱暴運転にも耐えて見せる」

「ふん、か弱いお姫様を乗っけてるわけじゃないからな。荒っぽく行くぜ!」

 荒々しい制動を繰り返して回避飛行をしながら、魔理沙は住吉ロケットの状態をちらりと確認した。

 赤、青、緑、紫。

 4つの魔星が、掘っ建て小屋のようなロケットを正四面体の魔力防壁で覆い包んでいる。

 4つの四角形が、向日葵妖精たちの弾幕を喰らって波紋を浮かべ続ける。

 まだ保つ、と魔理沙は見た。妖精の弾幕で、この防壁が破壊される事はない。

 だが。風見幽香の攻撃には、耐えられるか。

 今のところ住吉ロケットに興味を示す事はなく、幽香は1人の剣士と対峙している。

「おぞましい怪物、消えて失せろ! 私の戦いの邪魔をするな!」

 星幽剣士コンガラが、斬りかかった。

 白い光の剣が、一閃した。コンガラの力そのものが刃と化し、幽香を猛襲する。

 直撃。そう見えた。

 幽香が叩き斬られ、真っ二つになった。

 いや違う。2人の風見幽香が、そこに出現していた。残像か、幻影か、分裂か。

 2人の幽香が、左右からコンガラに語りかける。

「そんな不人情な事を、言うものではないわ」

「弾幕使いに最も必要なもの。それはね、弾幕戦を拒絶しない……友愛の心、よ」

 片方が、植物の鞭を振るう。蔓草と根と荊が絡み合って出来た凶器。

 片方がくるりと日傘を振り回し、光弾を撒いた。

 花開いたような多色の弾幕をかわし続けるコンガラに、植物の鞭が襲いかかり、だが切断された。

 光の剣の一閃。魔理沙には、見えなかった。

「私の戦いに……割り込もうと言うのなら、良かろう相手をしてやる。覚悟を決めるがいい!」

 コンガラの姿が、消えた。

 一応は弾幕使いの端くれたる魔理沙の動体視力で、捕捉可能な速度を超えていた。

 向日葵妖精が何体か、縦横に叩き斬られて真っ二つになり、消滅してゆく。

 彼女らが再生するよりも早く、斬撃の閃光が幽香を強襲していた。

 1人に戻りながら、幽香は回避した。コンガラの振るう光の剣を。

 その回避を、星幽剣士の斬撃が執拗に追う。

 様々な角度から襲い来る光の刃を、幽香は次々とかわす。宇宙空間でステップを踏み、チェック柄のスカートを翻す。

 優雅に日傘をかざしたまま、しかしそれを防御に用いる事なく、軽やかな回避を披露する。

 回避方向へと、コンガラは敏捷に回り込み、光の剣を乱舞させる。

 斬撃が、刺突が、幽香を粉々に切り刻んだ、ように見えた。

 切り刻まれたものが、飛散した。ズタズタの花弁、葉や蔓草の切れ端。

 植物の鞭が、螺旋状に幽香を取り巻きながら、大量の花を咲かせ、葉を広げていた。

 植物の防壁。

 そこへ、コンガラの斬撃・刺突がぶつかったのだ。

 切り刻まれた植物の破片が、全て光弾に変わった。

 至近距離で弾幕の直撃を喰らったコンガラが、宇宙空間に血飛沫をぶちまけ、吹っ飛んで行く。

 そちらへ幽香は、右の人差し指を向けた。

「……私の戦いでも、あるのよ」

 吹っ飛んだ星幽剣士が、綺麗な歯を食いしばり、宇宙空間で踏みとどまる。

 そちらへ向けて幽香は今、何かを放とうとしている。

「させないぜ……!」

 眼前に浮かぶ小型八卦炉を、魔理沙は幽香に向けた。

 回避飛行に用いていた魔力を、攻撃に注ぎ込まなければならなくなった。

 魔法の箒が、魔理沙とパチュリーを乗せたまま停止してしまう。

 そこへ向日葵妖精たちの弾幕が集中し、だが魔法陣に跳ね返された。

 パチュリーの魔力が、幾つもの防御用魔法陣となって、箒の周囲に展開していた。

 その間。魔理沙は、眼前の八卦炉に己の魔力を流し込んでゆく。

 先程まで敵であった星幽剣士コンガラを今、死なせるわけにはいかなかった。風見幽香という、さらに強大な敵がいるのだ。

 小型八卦炉が、爆炎の閃光を噴射した。

 マスタースパーク。

 暗黒の宇宙が一瞬、光と轟音に満ちる。

 その直撃を、幽香は日傘で防いだ。

 日傘を中心に、防御のための妖力が全方向に広がってゆく。まるで花弁のように。

 巨大な花が、咲いていた。

 そこにマスタースパークが激突している。

 妖力の花弁が、砕け散った。爆炎の閃光も、力尽き消失していた。

「……誰も彼も守ろうとするのね、魔理沙」

 幽香が微笑む。眼差しが、魔理沙に向けられる。

「とても立派だと思うわ。だけど……そろそろ、優先順位を付けるべきではないかしら」

 コンガラに向けて放たれる、はずであったものが今、魔理沙に向けられているのだ。

「貴女が最優先で守らなければならないのは一体、誰なのか。思い出すといいわ」

 魔理沙は逃げた。

 パチュリーを乗せた魔法の箒で、その場を離脱した。

 幽香の眼光から、逃げていた。

 それは、本能的な恐怖だった。

 恐怖心は、命を救ってくれる。逃げなければならない、と教えてくれる。

 幽香の眼光が、細く鋭い可視光線となって一直線に伸びていた。

 そして、太さを増してゆく。

「博麗……霊夢、それとも靈夢? どちらでもいいわ、いい加減に目を覚ましなさい」

 幽香の声に、合わせてだ。

「貴女を守るために……このままでは皆、死んでしまうわよ?」

 マスタースパークなど問題にならない、と魔理沙は思った。

 マスタースパークなど物真似に過ぎない、と思い出した。

 妖力の光が、宇宙空間を白く明るく塗り潰しながら、激しく膨張する。

 極太の白色光。

 その膨張が、住吉ロケットに迫った。

「パチュリー……ごめん……頼む……力、貸してくれ」

 魔理沙は、箒を駆った。

「…………霊夢を、助けたいんだ……」

「ここまで来たら仕方ないわね。魔理沙、付き合うわよ」

 ロケットを守る正四面体の防壁に、膨張する妖力の光が触れた。

 正四面体がひび割れる様を見つめ、パチュリーは言う。

「あの防壁に、私たち2人分の魔力を注ぎ込む……それしか、ないわね」

「恩に着る。生きてたら返す、行くぜ!」

 防壁もろとも破壊される寸前の住吉ロケットに、魔法使い2人を乗せた箒が急接近をしかけた、その時。

「この馬鹿……」

 声がした。魔理沙の耳元で、囁かれた。

 パチュリー、ではない。

 何者かが、魔理沙とパチュリーを、ひとまとめに抱き捕えていた。

 懐かしい柔らかさ、懐かしい匂い、懐かしい温もり。

 懐かしい誰かが、魔理沙とパチュリーを抱き運んでいる。住吉ロケットから、遠ざかって行く。

「向こう見ずの馬鹿っぷりが全然直ってない! 私はね、お前をそんなふうに育てた覚えは……そりゃまあ、大いにあるけど」

「魅魔様!」

 誰であろうと、関係なかった。

「放せ! 放してよ魅魔様、霊夢が! このままじゃ霊夢がああああああっ!」

 正四面体が、発生源である4つの魔星もろとも砕け散った。

 膨張する妖力の白色光が、掘っ建て小屋のようなロケットを粉砕する。

 己の血の気が引いてゆく音を、魔理沙は確かに聞いた。

「霊夢…………!」

「心配するな、あいつは死なない」

 魔理沙とパチュリーを、強靭な細腕と豊かな胸で容赦なく捕獲したまま、魅魔は言った。

「こう見えてもな、博麗靈夢との付き合いは……お前よりも、私の方が古いんだ。あいつの悪運と化け物ぶりは知っている。心配するな。それはそれとして風見幽香、お前は少し調子に乗り過ぎだな」



『綿月依姫くんの、これまでの長時間に及ぶ祈祷が……住吉三神による加護を、この宙域に安定させました……』

 長い髪を束ねた娘が、謎めいた事を言っている。

『このロケットもろとも、神棚が破壊されても……幻想郷の人妖たちが大気圏内同様に活動出来る、この状態が即座に失われる事はないでしょう。大丈夫、君は死にません! だから己を強く持って!』

 何を言われているのか、わからない。

 わかる事は、ただ1つ。

 どうやらロケットの中であるらしい、この場所が、崩壊しつつある。その現状だけだ。

 圧倒的な光が、ロケットの外から押し寄せて来る。

 壁が、柱が、神棚もろとも砕け散った。

 床も、調度品も、光に砕かれ跡形も無くなった。

 博麗の巫女は、宇宙空間に放り出されていた。

 髪を束ねた娘が、どうなったのかは、わからない。ただ声は聞こえる。

『ああ……これでは、もう……』

 その声も、今や遠い。

『博麗靈夢を、博麗靈夢たらしめた……最初の存在たる、貴方に……おすがりする他ありません。どうか、靈夢を助けて……霊夢を、守って……』

 何を言っているのか、本当に理解不可能であった。

 ともかく博麗の巫女は今、宇宙空間を漂っている。

 戦闘宙域から、遠ざかって行く。

 このまま未来永劫、漂い続けるのか。

 奇跡的に、どこかの天体の重力に捕まって墜落死を遂げるのか。

 飛ばなければ。

 今までいた場所に、仲間たちの戦っている場所に、飛行して戻らなければ。

 ぼんやりと思いつつ、博麗の巫女は微笑んだ。

「……人間が……飛べるわけ、ないじゃない……」

 己自身に対する、嘲笑だった。

 誰かが、話しかけてきた、ような気がした。

 おまえ空飛べるのかよ、すごいぜ!

 心の中、記憶の中で、小さな金髪の女の子が、可愛らしく拳を握っている。

 わたしも空、飛びたいぜ。飛んで、どっか行っちゃいたいぜ。

 そんな事を言っている、ような気がする。

 いや。自分に、こんな記憶が本当にあるのか。

 何かを、捏造してはいないか。

 この幼い金髪の少女は一体、何者なのか。

 自分は一体、何者なのか。

「……そこへ、お戻りなさい」

 語りかけられた。

 宇宙を漂っていた博麗の巫女が、いつの間にか、どこかに座り込んでいる。

 座る事の出来る何かに、拾われていた。

「そこが貴女の居場所です。こんな所に居てはなりません。空を飛んで、お戻りなさい」

 優しい声だった。懐かしい、声だった。

「きちんと、自力で空を飛ばなければいけませんよ」

「…………ひとが……とべるわけ、ない……」

 呆然と声を発しながら博麗靈夢は、手触りで確認した。自分が今、ぺたりと座り込んでいる場所を。

 堅い、頼もしい、懐かしい感触。

 甲羅、であった。

 ぼんやりと、靈夢は思い出していた。

 そう、ここにいれば自分は空を飛べる。

 自力では飛べない自分を、運んでくれる。頼もしい仲間。

 ただ1人の、仲間。

「飛べるのですよ、貴女は」

 そうだ、と靈夢は思い出した。

 ここが、この甲羅の上こそが、自分の居場所だ。

「それを思い出すまでは、仕方ありません。今しばらく、また御一緒いたしましょう。さあ、参りますぞ」

「…………玄…………爺…………」

 宇宙を泳ぐ、巨大な亀の上に、靈夢はいた。

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