第73話 魔女達の舞踏会
原作 上海アリス幻樂団
改変、独自設定その他諸々 小湊拓也
暴力的な色彩の嵐が、宇宙空間に吹き荒れた。
無数の魔法陣から噴出する、光弾とレーザー。小さな太陽の如き火球。
人形たちが放ち撒く、色とりどりの弾幕。
スターダストミサイルの豪雨。流星群にも似た、攻撃魔力の塊。
その全てが、白色の閃光に斬り砕かれていた。
斬撃の、閃光。
両刃の長剣が、光の破片を蹴散らして乱舞する。
幻想郷の魔法使い3名が手加減なく放つ弾幕の嵐を、星幽剣士コンガラは、左手に持つ剣1本でことごとく粉砕していた。
そうしながら、右手で印を切る。
美しく鋭利な指先が、光を撒く。
真珠を思わせる、白色の光弾が無数。コンガラの右手から溢れ出し、魔法使い3人を襲った。
「くっ……!」
霧雨魔理沙は、魔法の箒にまたがったまま懸命に、速度と進行角度を調整し続けた。時折、箒の上で身体を傾ける。
回避。
真珠のような光弾たちが、全身各所を激しくかすめる。
アリス・マーガトロイドもパチュリー・ノーレッジも、自力で身を守ってくれていると信じるしかなかった。
自分以外の誰かを気遣いながら、戦える相手ではない。
回避に忙殺されながら、魔理沙はいつしか、敵の姿を見失っていた。
大量の真珠をぶちまけたような白色の弾幕は、様々な方向から押し寄せて来る。
懸命にかわしながら魔理沙は、それらの発生源たる星幽剣士の姿を探した。
傍らに、いた。
「なるほど、よくかわすもの……優れた弾幕使いである事は認めよう」
白刃の閃きを、魔理沙は肌で感じた。
次の瞬間には、自分は首を刎ねられている。そう思った。
恐くはない。恐怖など、感じている暇もない。
箒もろとも、魔理沙は真横に引っ張られた。
何体もの人形たちが、魔理沙の服を掴み、引きずりながら飛翔していた。
斬撃の風が、魔理沙の首筋を撫でた。金色の髪が、何本か切られて舞った。
人形たちを使って魔理沙を引きずり寄せたアリスが、そのまま魔理沙を背後に庇い、前へ出る。
コンガラが、空振りした長剣を構え直し、こちらを見据える。
「魔界の姫君に、魅魔の弟子……それに」
いくつもの魔法陣が、コンガラを取り囲んだ。
光弾が、レーザーが、爆炎の塊が、様々な方向から星幽剣士を直撃する。
直撃、に見えた。
爆炎もレーザー光も、切り刻まれていた。光弾は全て、粉砕されていた。
炎の飛沫と光の破片をキラキラと散らしまといながら、コンガラは宇宙空間に佇んでいる。
「邪悪な……とてつもなく邪悪で穢れた、地上の魔法使い……か」
両刃の長剣が、ゆらりと動きを止める。
斬撃の弧が複数、コンガラの細身を螺旋状に取り巻いたところである。
魔法陣も、全て真っ二つに叩き斬られ、消滅した。
「……誉め言葉、と受け取っておくわね」
魔理沙の近くに、いつの間にかパチュリーがいた。
住吉ロケットを防衛する魔法使い3人を、コンガラは興味深げに観察している。
「魔法使い……ふむ。あの御方の偉大なる力、なかなかに上手く模倣しているようではある。誉めてやろう」
「模倣か」
魔理沙は苦笑した。
自分の魔法は、確かに魅魔の模倣から始まった。
「お前、魅魔様を知ってるんだな。どこにいるのか教えてくれないか」
「さあ……その辺りに、いるのではないかな。弟子の死に様を見届けるために」
左手で構えた長剣の刃に、コンガラは右手を触れた。
綺麗な指先が、白い刀身に、光の文字を刻み込んでゆく。
「あやつの力もな、私に言わせれば……あの方の、不遜なる物真似よ。この宇宙で、真に魔法と呼べるもの。それはな、偉大なる地獄の女神の御力のみ」
コンガラの剣が、光をまとう。
激しく宇宙を照らす、光の刃が、そこに出現していた。
「貴様らなど、あの方の紛い物に過ぎぬ! 身の程知らずの模倣者ども、滅びよ!」
高々と掲げられた光の剣から、鋭利な輝きが迸る。
白い閃光の雨が、幻想郷の魔法使い3人に降り注いだ。
破裂した。
魔理沙たちの盾となる形に飛び込んで来た、醜悪なものたちがだ。
「お前ら……」
何体もの、罪悪の袋。
降り注ぐ白い閃光に、ことごとく粉砕されてゆく。
魔理沙は、パチュリーを睨んだ。
何かを言う前に、言葉が返って来る。
「私が命じているわけではないわよ。とうの昔に、彼らは私の支配を離れている」
そんな事を言っているパチュリーの周囲に、罪悪の袋たちは護衛の如く浮かんでいる。
かつて魔理沙は紅魔館で、同じ光景を確かに見た。
あの時もパチュリーは、元は生きた人間であったものたちを周囲に従え、使い潰しながら戦っていた。
「確認は、してあげる……」
周囲に浮かぶものたちから、あの時パチュリーは、力を吸収していた。
今は違う。
罪悪の袋たちに、パチュリーは力を注ぎ込もうとしている。
永遠亭での療養により力を取り戻した今ならば、それが出来る。
「無様な者どもよ、己の意志で戦おうという気はあるの? 私たちを、守るためではなく」
「……誰が、お前など守るものか」
痛ましいほどに醜悪な肉塊たちが、白色の閃光に撃ち砕かれながら言葉を遺す。
「紫が……この戦いの、勝利を望んでいる……」
「ならば、俺は」
「俺たちは、そのために……」
罪悪の袋の群れが、ことごとく粉砕されてゆく、その間に。
「……よく言ったわ。私は、貴方たちを死なせはしない」
パチュリーは、術式を完成させていた。
「大いに……活かしてあげる」
まだ生き残っている罪悪の袋たちが、痙攣そして膨張した。
おぞましい肉体が、パチュリーの魔力を注入されて、さらに醜悪に巨大化を遂げてゆく。
異形化した触手が無数、牙を剥く。
まるで、巨大な寄生虫の塊であった。
魔理沙は思わず、叫んでいた。
「パチュリー! お前!」
「勝つわよ、魔理沙。この戦い」
巨大化した罪悪の袋たちが、白い閃光に穿たれ削られ、肉片を飛び散らせる。
削られた部分が、しかし即座に盛り上がり、再生していた。
その様を見据え、パチュリーは言う。
「あるものは全て利用して……霊夢を、守る。貴女そのために、目を覚まして来たのでしょう?」
「霧雨魔理沙! 俺たちの事なら、気遣いは無用だ」
巨大化した触手の群れが、言葉に合わせて牙を剥き、口を開く。
そして、光を吐き出していた。
「外の世界では……どのみち俺など、ろくな死に方をしなかっただろう。ゴミのような生き様だった」
「俺は今、生きている! 戦っている!」
無数の光弾を、レーザーを、爆炎の塊を、罪悪の袋たちは、触手の先端から射出している。
巨大化した寄生虫、のような触手の群れ……否。光を吐き出す、その様は、まさしく龍であった。
何頭もの龍を生やした、肉塊。
そんなものの群れが、コンガラに向かって集中砲火を実行している。
無数の龍が、光弾を吐き、レーザー光を吐き、太陽のような火球を吐く。
「ほう……これは」
光弾の嵐を、レーザーの豪雨を、コンガラは宇宙空間を滑るように回避していった。
回避した先に、しかし火球が撃ち込まれている。
直撃。
爆炎が、星幽剣士の優美な全身を包み灼く。
そこへ、龍たちの一斉砲火が集中した。
罪悪の袋の、1体が言った。
「弾幕は、罠にはめるもの……だったか? 確か」
「……ああ、その通り。見事だぜ」
哀れんではならない。気遣ってはならない。
ここにいるのは、醜く無様な生き物の群れ、ではない。
歴戦の、弾幕使いたちだ。哀れみの対象ではないのだ。
そう思いつつ魔理沙は、眼前に小型八卦炉を浮かべた。
左右に水晶球を浮かべ、周囲に大量のスターダストミサイルを発生させた。
「お前らの罠……無駄には、しないっ!」
魔理沙の攻撃魔法、全てが一斉に放たれた。
スターダストミサイルが全弾発射され、水晶球がイリュージョンレーザーを迸らせる。
そして八卦炉が、マスタースパークを噴射する。
全てが、コンガラヘと集中して行った。
切り裂かれ、斬り砕かれた。
罪悪の袋たちによる集中砲火も、スターダストミサイルの豪雨とイリュージョンレーザーの嵐も。
宇宙空間を轟音で揺るがす、爆炎の閃光も。
斬撃に粉砕され、光の破片に変わっていた。
「紛い物、模倣者……その言葉、詫びておこう」
キラキラと螺旋を描いて舞い散り、消えてゆく光。
その螺旋の中に、コンガラは佇んでいた。
衣服は半ば、焦げちぎれている。
綺麗な肩の丸みと、すっきりとした鎖骨の窪み、そこから深く柔らかな胸の谷間へと至る造形の美しさに、魔理沙は一瞬だけ見とれた。
魅惑の谷間を作る胸の膨らみには、晒しが巻かれている。
白い肌は、複数の火傷や裂傷に彩られ、鮮血にまみれて、凄惨な美を作り出していた。
額から伸びた鋭利な一本角の周囲では、長い髪が荒々しく乱れ、揺らめいて、まるで炎のようである。
血まみれの美貌が、にこりと微笑んだ。
「……お前たちの魔法は、本物だ」
コンガラの左手では、長剣が折れ砕けていた。刀身が、根元の一部しか残っていない。
そこから白色の光が伸び、鋭利な刃を形作っている。
星幽剣士の力そのものが、光の刀身として可視化を遂げているのだ。
魔理沙は、呆然と息を呑んだ。
「化け物……」
「お前たち全員を地獄へ招待しよう。あの方も、お喜びになる」
コンガラが、ゆらりと踏み込んで来る。
罪悪の袋たちが、その踏み込みを阻んだ。龍の如く異形化した触手で狙いを定め、一斉砲撃を開始する。
何頭もの龍が、光弾やレーザーを吐き出しながら、まるで雑草のように刈り取られていた。
光の剣が、罪悪の袋たちを超高速で叩き斬ってゆく。
コンガラの言葉に、調子を合わせてだ。
「ああ、何とも穢らわしきかな。あの御方の美しき魔法とは、似ても似つかぬ! おぞましい!」
星幽剣士の優美な半裸身が猛々しく躍動し、光の剣舞を披露している。
白色光の刀身が一閃する度、罪悪の袋が2体3体と切り刻まれて肉片となり、再生せんと蠢きながら力尽き、消滅していった。
「ふふっ、だが!」
左手で光の剣を振るいながらコンガラは、右手で、罪悪の袋の1体をグシャリと掴み捕らえていた。
強靭な細腕に、半裸の肢体に、何頭もの龍が絡み付き、喰らい付こうとする。
「これはこれで、真の魔法。穢らわしさを極めた事は誉めてやろう、地上の邪悪なる魔法使いよ!」
鋭利な五指が、醜悪な肉体にめり込んだまま光を発した。
大量の真珠が、罪悪の袋の体内にぶちまけられた、かのようであった。
白色の光弾の嵐。コンガラの右手から放たれ、龍の塊を零距離から粉砕していた。
罪悪の袋が、再生不可能なほど細かく砕け散り、消滅する。
消滅したものを蹴散らすように、コンガラは光の剣を振りかざした。
宇宙空間で立ちすくむパチュリーに、斬りかかる動き。
コンガラを見据えるパチュリーの美貌に、表情はない。血色の乏しい肌が、しかしさらに青ざめている。
「させないぜ……!」
自身の周囲、惑星の如く浮遊旋回する4つの魔法球体を、魔理沙はパチュリーを防護する形に展開した。
赤、青、緑、紫。
4色の魔星が、コンガラに狙いを定めて一斉に光を射出する。宇宙空間を縦横に切り裂く、魔力レーザー。
それらの進行方向に、しかし星幽剣士の姿はすでにない。
光の斬撃が、魔理沙の首筋に迫っていた。
コンガラは、傍らにいる。
魔理沙の首を刎ねる寸前であった光の剣を、しかしコンガラは別方向に動かしていた。
防御の動き、であった。
小さな剣士、としか言いようのないものが超高速で飛来し、コンガラに激突したのだ。
「む…………」
魔理沙を斬首するはずだった光の剣で、コンガラは、その激突を受け止めていた。
自身よりも大きな剣を持った、上海人形。
懸命な斬撃が、コンガラの剣で受け防がれたところである。
いや。攻撃は、今から始まるのだ。
「……アーティフル・サクリファイス」
アリスの声。
たっぷりと魔力を宿した上海人形が、光り輝いた。
色彩豊かな魔力の光が、人形の小さな身体から激しく迸り、轟音を立て、波紋状に拡散する。
宇宙に広がる色彩の波紋が、コンガラを吹っ飛ばしていた。
「ぐうっ……!」
吹っ飛んだコンガラが、宇宙空間で踏みとどまり、光の剣を構え直す。
そして、微笑む。
「……私を相手に、よくぞ戦うものだ。陰陽玉を扱えぬ者たちが、よくぞ……」
不敵な笑顔を油断なく見つめながら、アリスは言った。
「怯んでは駄目よ、魔理沙もパチュリーも。私たちの攻撃が全く効いていない、なんて事はあり得ないわ」
「アリス……」
強くなったな、などと偉そうな物言いを、魔理沙はしてしまうところだった。
「……本気の戦いの、その先が見えてきたんじゃないか? 少しは」
「見たくもないわ、そんなもの」
一瞬、アリスは苦笑した、のであろうか。
「……思い出して、しまったのね。魔理沙」
「…………ああ。風見幽香を叩きのめして聞き出す、予定だったけどな」
「どういう事、なのかしら?」
パチュリーが訊いてきた。
「ねえ魔理沙。貴女の身に一体、何が起こっていたの?」
「ちょっとバカげた話をするぞパチュリー。バカげているけど、嘘じゃないからな」
コンガラと睨み合ったまま、魔理沙は言った。
「霧雨魔理沙はな、2人いたんだよ。大悪霊・魅魔様の、生意気な弟子である霧雨魔理沙と……ただ漠然と独り立ちに憧れていただけの、おめでたいお嬢様。霧雨店の箱入り娘、何も出来ない霧雨魔理沙だ」
震動が、伝わって来た。
住吉ロケットが被弾した、わけではない。
弾幕使いたちの激戦が、この宙域そのものを揺るがしている。
ぼんやりと、それを感じながら、博麗の巫女は目を覚ました。
ゆっくりと、上体を起こす。
頭が、じんわりと痛む。
耐えられない頭痛ではなかった。
気を失う前までは、弾幕戦で殺された方がましと思えるほどの激痛が、頭蓋骨の中で暴れていたものだ。
その頭痛が、様々な記憶を破壊してしまったのだろうか。
思い出せない事が、いくつかあった。
「…………私…………誰……? 何で、こんな所に……」
『意識は戻っても、目が覚めたわけではない、ようですね』
声を、かけられた。
髪を束ねた女性の、後ろ姿が、そこにあった。
こちらに背を向け、しとやかに正座をしている。
若い娘、に見える。自分より少し年上か、と博麗の巫女は思った。
美しい、と後ろ姿を見ただけで確信出来る少女である。
博麗の巫女は、頭を押さえた。
辛うじて、思い出す事は出来た。
「…………依姫、さん……?」
『そう、綿月依姫くん。さすがは神霊の依り憑く月の姫、素晴らしい巫女です。神降ろしの技量は、はっきり言って君よりもずっと上ですね』
綿月依姫の声であるが、綿月依姫の言葉ではない。
『こうして私を依り憑かせている状態でも、住吉三神への祈祷を続けて滞らせる事がない……上筒男命への礼をいささか欠く事になってしまうが、ここで君と話をしておかなければならないもので』
「……誰よ……あんた……」
『君こそ、自分が何者であるのかを、そろそろ思い出さなければならない』
依姫が、ちらりと顔だけを振り向かせた。
依姫の美貌。依姫の目。
だが、こちらに向けられる眼差しは、依姫のそれではない。
『想定外の事態です。君には、何の落ち度もない』
依姫の口で、声で、何者かが意味不明な事を喋っている。
『それでも君は、目覚めて戦わなければならないのです……陰陽玉の、継承者として』